物理量の相関の強さと物理操作の多様性
量子力学の本当の面白みは、演算子の非可換性というよりも、物理量の相関が理論のユニタリー性とも強く結びつき、かつ情報因果律を通じて相対論的な時空構造にまで影響を与えている点です。量子力学自体を作るときには相対論は入っていないのに、因果律についての興味深い性質を既に内在していたのです。また物理量の相関量自体についても、独特の性質が量子力学にはあります。
量子力学を理論として構築するには、ベル不等式の破れを説明するような、古典相関より強い相関がもちろん必要です。しかし『入門現代の量子力学』第5章5.4節を読めばわかりますが、相関が強すぎてもユニタリ性が壊れてしまい、この現実の世界を説明できなくなります。程よい強さの相関が量子力学の量子もつれなのです。そしてこの量子もつれという相関が実現する時に、可能であるユニタリ的な物理操作(つまり物理過程)の多様性が最も強く現れます。原理的に一番多様な種類の物理操作が可能となる世界こそが、量子力学の法則に支配をされたこの世界だと分かるのです。
この量子力学の基礎となっているのが、1回の実験だけで区別ができる識別可能な2つの状態をもつ2準位系です。この2準位系は量子コンピュータの最小要素である量子ビットとみなせます。N個の識別可能な状態をもつN準位系でも、この量子ビットの量子力学がその基礎に成っています。このN個の状態から勝手に2つの状態を選んで作った量子ビットでも、その量子ビットの状態をくるくると回す物理操作が実現可能です。その操作が生み出す部分ベクトル空間に基づいた量子ビット系の量子力学で、その2つの状態の物理を記述できる構造があるのです。勝手に選んだその2つの状態から量子ビットの任意の状態が必ず作れるということが、N準位系の量子状態空間全体にも大きな制限を与え、その複雑な空間構造を生み出しているのです。これについては上記の教科書の第3章を参照してください。
量子もつれ状態の存在も、状態空間の任意の2つの直交状態が張る部分ベクトル空間が量子ビット系の状態空間になるという要請から導かれます。例えば2つの量子ビット系では、|++>と|-->の2つが張る部分状態空間が量子ビット系を記述することから、ベル状態は出てきます。
N個の中から選ばれた2個の状態の間だけを回すユニタリー操作を2準位ユニタリ操作と呼びます。量子力学では、2つの状態を選択する様々な可能性を尽くして得られるそれぞれの2準位ユニタリ操作を、純粋状態にあるN準位系へ次々に行うと、N準位系の任意の純粋状態を用意することができます。すると量子状態トモグラフィで得られる密度行列の固有値は必ず非負となることが証明されます。
このため第5章5.4節でも論じられているように、2体系の相関量の2乗には強い制限が付きます。この制限を超えるような強い相関をもつ確率理論ならば、ある2準位ユニタリ操作は物理的に実現不可能であることが導かれてしまうのです。物理操作の多様性が物理量の間の強い相関の出現によって抑制されてしまうのです。物理量の相関は強すぎても駄目なのです。この世界では、まるで可能な物理操作の種類が最大になるように、相関の強さが調整されているようにも見えます。そして量子力学の自然法則が選ばれたとき、それがきちんと実現をしているという不思議さがあるのです。
この事実を逆の視点で考えると、次のような考察も可能です。我々のような生命を生み出した進化の多様な物理操作(物理過程)の世界が実現するためには、この量子力学の物理法則でなければ駄目だったという面白い可能性が理論的にはあるのです。相関が無駄に強い世界では、進化に必要な多様な時間発展も生まれなかったことでしょう。思わぬところで、生命や人類の進化と量子力学の理論的構造が互いに深く結びついているのかもしれません。
なお量子力学に限定しても、量子相関としての量子もつれが強すぎれば、この世界の状態を記述できなくなる場合があります。たとえば時空は量子もつれ(エンタングルメント)から創発する可能性が真剣に理論物理学で論じられているのですが、場の量子揺らぎの相関が弱すぎても、そして強すぎても、時空はブチブチにちぎれてしまいます。滑らかな時空が現れるには、程よい大きさの量子もつれが必要とされるのです。
物理量の相関と物理操作の多様性の間には、このように深淵で不可思議な関係性があります。今後の研究の発展によって、この関係性に関しても更に多くの事実が発見されていくことが期待をされます。
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