なめらかにスタートアップできる社会へ。新体制のquantumが目指すもの。
2022年4月1日、quantumは新体制となりました。2016年の創業以来代表を務めてきた高松充が退任し、代表取締役社長には前副社長の及部智仁が就任しました。
7年目を迎え、これまでで最も大きな節目を迎えたquantum。新体制に伴い変わるものは、あるいは変わらないものとは。前社長の高松と新社長の及部の対談を通して、この先のquantumがどのような会社を、そして社会を目指していくのかを紐解きます。
創業から6年。quantumの成長を見据えたバトンタッチ。
――このたびの新体制への移行について、まずは高松さんからご説明をお願いします。
高松:quantumはゼロから事業を作り、その事業で稼ぐことを追求するスタートアップ・スタジオとして、2016年4月に誕生しました。この6年間で、事業を生み出すことに関しては、多くの成果を出すことができたと思っています。しかし、その生み出した事業で稼いでいくということについては、まだまだたくさんの課題があります。
例えば、これまで生み出してきた事業にはquantumの自社事業が多いのですが、これらは大きな成長を見据えて始めたというよりも、当事者、つまりファウンダーの思いとアイデアを実現すること、そして0→1をやりきることから実践知を習得することに力点を置いていました。結果、いくつかの自社事業については、事業の継続と成長の為に、外部のパートナーの力を借りた方が良いケースも存在しています。
一方、我々が手掛けるプロジェクトの中心は、外部のパートナー企業と組んで行う共同事業開発です。間もなく発表できる案件も含め、今後の発信にご期待いただければと思いますが、それらは事業グロースまでシナリオを描いています。つまり、創業から6年が経ち、quantumが外部パートナーと共同で立ち上げてきた事業の中から、0→1だけでなく、1→10まで見据えていける事業がようやく生まれてきた。
そういった可能性がある事業をどんどん伸ばしていくために、私はquantumが関わって生まれた事業会社に軸足を移すことにして、quantumの経営はこれまで副社長を務めてきてくれた及部に任せることにしたのです。そもそも近年の私は共同事業を成長させるほうに軸足を置いていて、0→1をいかに生んでいくかということは及部が実際に取り仕切っていましたから、次の代表を彼にお願いするのは自然な流れでした。
及部:高松とは、お互いにTBWA HAKUHODOに在籍していた2009年頃からここまで一緒に歩んできました。
今回の体制変更は、高松のやりたいことを応援する意味もあるのですが、quantumを成長させていくためにも重要だと考えています。いずれ自分も同じ道をたどるのだろうと思っているのですが、ベンチャー企業とは、意志をもって事業を立ち上げた人が自ら経営をやるものだと思うのです。
quantumのようなスタートアップ・スタジオのメリットとは、事業を生み出すだけでなく、事業という船を作った人が、そのまま船長として漕ぎ出していけるところにもある。だから、高松がquantumの手掛けた共同事業の会社に移ってその事業を拡大しようと取り組むことには大きな意味があるし、ほかにもquantumとして準備を進めている同じようなケースがあります。この流れを今後も加速させていきたいと考えています。
高松:社内で新規事業を立ち上げたとしても、その経営を誰が担うのかで悩むことが、実は大企業の新規事業開発ではよくあります。しかし、やはり事業を考案して立ち上げた当事者が経営者をやらないと、事業に魂が入らない、踏ん張り切れないのです。だから、quantumに繋がる新規事業を構想していたTBWA HAKUHODOの経営企画時代に、及部とは「我々はこの事業を持って経営企画を離れるのが健全だよね」とよく話していました。
新規事業を構想した人・チームが、実際に事業開発を主導し、事業化後はその経営を担うべく会社から飛び出していく。そういうサイクルを、quantumから形にしていくことができるようになったということです。
共通の目的は「脱・広告会社」
――新代表を務める及部さんは、高松さんから見てどういう方ですか。
高松:初めて出会ったのは2006年くらいかな。私はTBWA HAKUHODOの人事部長で、及部は外資系の広告会社でストラテジックプランナーをやっていました。ただ、彼の場合はデータを分析してコミュニケーション戦略を立案するだけでなく、企画まで手掛けるようなタイプでした。彼の周辺の人の中には、天才と評する人もいるくらいキレキレの人物というイメージでしたね。
及部:本当ですか?(笑)
高松:そういう評判だったんですよ。でも、その印象は一緒に働くようになってから少し変わって。実はすごい努力家なんですよね。これは想像ですけど、アドリブが効く天才肌というよりは、裏でしっかりと準備をしてるから成果を出せる。そういう努力型の人間なんだなと思うようになりました。
――では、及部さんから見た高松さんの印象は?
及部:高松には、前の会社にいたときから何度か飲みに連れて行ってもらっていたんです。そこで聞いた話に感銘を受けて。高松は当時の代理店では珍しかったフィービジネスのような成果報酬型のビジネスモデルをいち早く導入していたんですね。それで、この人と一緒だったら「脱・広告会社」を実現できるかもしれないと思い、職場を移ることにしました。
――ともに仕事をする中で広告以外のビジネスモデルを模索するようになったというより、すでに及部さんの中に「脱・広告会社」を目指したいという思いがあった?
及部:その意識は強かったですね。その頃から今のquantumにつながるような構想を抱いていて、当時の経営陣に直接メールで送りつけたりしていました。
――そこから2009年にTBWA\HAKUHODOの経営企画部で、お二人が既存の広告会社の枠組みを超えたビジネスモデルを模索する流れになっていくと。
高松:そうですね。博報堂グループの会社は生活者発想を中心にしています。つまり、誰よりも生活者のことを知っているのが強みなのです。ならば、生活者が本当に求めるものを作ることだってできるはずです。生活者発想をコミュニケーションだけに使うのではなく、さまざまな企業と一緒に事業を生み出すためにも使っていく。そんな「Human Centered Open Innovation」の実現を、私たちの課題としました。
quantum誕生につながる理論的バックボーン
及部:「脱・広告会社」を実現するというのは、要するに媒体コミッション取引に変わる儲けの仕組みを考えるということなんです。それはもちろん簡単なことではないんですけど、少なくとも博報堂には、生活者発想をベースに世の中のニーズを探り、人々が求めるコンセプトを作ることのできるクリエイティブ集団がいる。では、それを社会に実装するテクノロジーさえ集めることができたら、イノベーションを連発できるのではないかと妄想したことが始まりでした。
そういったアイデアを具現化できるような言葉を探す旅を3年ほどしたでしょうか。経営学者のヘンリー・チェスブロウが発表した「オープンイノベーション」というコンセプトに出合ったのです。これを日本にも広めるため、2012年には彼の『オープン・サービス・イノベーション』という著作の翻訳もしました。
私は、起業や新規事業を立ち上げる際には自分なりのセオリー、理論的支柱が大切だと思っています。その点、2012年の当時、「オープンイノベーション」は絶対に今後の世の中の主流になるという確信がありました。そして、この理論的支柱をもとに仲間を集めたことが、「ミライニホン」という国内13社が共同で開発したオフグリッドハウスのプロジェクトにつながっていくのです。このときの経験がquantumのコアになっています。
――日産自動車やNEC、JAXA、技術系のベンチャーなどが参画した、電力、ガス、水道といった既存のライフラインに頼らず人が暮らせる住宅を構想したオフグリッドハウスのプロジェクトですね。
及部:まさにオープンイノベーションで実現したプロジェクトです。ラピッド・プロトタイピングでモデルハウスを実際に作り、展示会に出展、最後には実際に販売しました。初めて自分たちの力で広告ではないプロダクトを作り、それを売ることができたわけです。この成功体験をもとに、オープンイノベーションの中心となるチームを組織化していくべきだということになり、quantumは誕生したのです。
普通なら重ならない、あらゆる才能を重ね合わせる
――「Human Centered Open Innovation」、つまり生活者を中心にしたオープンイノベーションの実現を目指して創業したquantumですが、その達成度は、今どのくらいという実感でしょうか。
及部:実は、最近ではオープンイノベーションという言葉を私たち自身はあまり使っていないのです。手垢が付いてしまい、間違った解釈で理解している人も少なくないですからね。
学術的な定義は置いておいて私の理解になりますが、オープンイノベーションとは、ビジョンやコンセプトをもとに、自前主義でなく、いろいろな才能や技術を持った外部と内部の人材が重なり合うことで、結果、新しい経済的な収益を生み出す事業が生まれていくということなんです。非常にビジョナリー、ビジョンドリブンなものです。金儲けありき、ではないんですね。ある意味、社会的な課題を解決するために、組織の内や外から集められた一時的なチームを「理念で縛る」方法論だと思っています。結果として、ある理念で縛られたチームから生まれるアウトカムが個別のアウトカムの和を越えるという創発を意味しています。
腹落ちできる理念がないと良い人材、良い技術は集まりません。理念を掲げることは難しいのですが、オープンイノベーションを実践する上で重要なポイントだと思っています。
単なる要素技術の移転やイベントでのマッチングではないんですよね。
この話とも関連するのですが、quantumの社名は、量子情報の最小単位であるqubitが「0と1の重ね合わせで世界を別次元」へ導くように「あらゆる才能を重ね合わせる存在」になろう、ということで私が提案したんですが、高松は当初反対していたんですよ。
高松:「誰も読めない」とか言っていましたね。でも、あとから考えるとすごく的を得ている社名で、これは及部に負けました。(笑)
及部:quantum=量子とは、複数の状態が重なり合って存在しています。0と1のように絶対に重ならないはずのものが重なっている。私たちはオープンイノベーションで、まさに普通なら重ならないものが重なる空間を作りたいと考えていたので、quantumという言葉はぴったりだったんです。だから、今回の新体制でもこの原点に立ち返ろうと思っています。
高松はquantumのスローガンとして、「be a founder」という言葉を掲げました。これは私たちの活動方針として浸透しています。だから、これからは「be a founder」という言葉を、より社会に向けて開いていくために、ミッション、ビジョン、バリューというように噛み砕いて分解していきました。それがこの新たな活動方針です。
社内だけでなく、社会へも働きかける
及部:新経営陣と何度も話し合い、このミッション、ビジョン、バリューにたどり着きました。quantumは才能を重ね合わせる集団であり、我々がやりたいことの根本は、世界にまだないプロダクトをみんなで作って、よりよい社会へと上書きしていくことです。
quantumの中心にあるのはプロダクトです。
海外で流行っているビジネスの焼き直しやコピーではなく、社会が幸せになる、暮らしがより良くなるような隠れた真実を追究して、世界にまだないプロダクトを生み出すこと。そして、そこに挑戦したい人々が集まっていく。そういうサイクルを生み出していくのが、quantumが目指す姿です。
――ビジョンの「なめらかにスタートアップできる社会」とは、どういうイメージなのでしょうか?
及部:起業にはリソースやノウハウもない中、1人でむりくり起業したり、すべての退路を断ってやるものだという印象があるじゃないですか。そういう社会はあんまり健全じゃないと思っているんですね。サラリーマンでもアイデアがある人がハイブリッド起業のように副業としてスタートアップを始めることができたり、60歳の定年前に起業する還暦スタートアッパーが増えたり、大学の先生が研究とパラレルで起業できたり、起業が特別じゃない社会にしていきたいということです。現在、私個人としても、東京工業大学の特任教授として、そうしたアカデミア起業をなめらかにできるように大学発スタートアップのエコシステムの構築に挑戦しています。
さらに、この動きはquantum単体で行うのではなく、実は様々に動き出していまして、4月中旬にはスタートアップ・スタジオ協会というものを立ち上げます。起業家を支援する団体です。quantumも理事で入ります。日本のスタートアップ・スタジオが集まり、起業家支援のエコシステムを作り、インキュベートがやりやすい社会を作っていく。そのように自社の外でもビジョンを具現化していくための活動をしていきます。
――高松さんの「be a founder」を社内の指針としてだけではなく、社会に向けた働きかけにまで広げていったのですね。
及部:そうですね。みなさまと一緒にインキュベートしやすい社会を創りたいと思っています。
――なぜ、あえてプロダクトが中心であることを強調するのでしょうか?
及部:ずっと声を大にして言っているのですが、今でもたまに言われることがあって。それは、私たちは新規事業コンサルティング会社ではないということです。もちろん、起業や新規事業の壁打ち相手をさせて頂くこともあります。でも、それが中心ではないし、quantumの目的でもない。
繰り返しになりますが、我々が目指すのは、才能を重ね合わせることで、クリエイティブなプロダクトをハードだけでなくてサービスも含めて生み出していくことです。だから、ものづくりが好きな人でないと採用しないし、そもそも長く働き続けられないでしょう。
また、冒頭高松も言っていましたが自社だけで事業をやろうとすると、どうしてもレバレッジは効きにくい。0→1を1→10にしていこうとするなら、外部のパートナー企業と一緒にやっていく必要があります。しかし、そのためには我々自身が優れたプロダクトを作れないと相手にされません。だから、プロダクトファーストのカルチャーをより強化していくため、こうして言葉として強調しているのです。
ついに見せたい未来を見せられるようになってきた
――高松さんは今後のquantumに何を期待したいですか?
高松:最近よく思うのですが、世の中にとって意味のある事業には、当然のことながら、ちゃんと売り上げがついてくるんです。
だから、新規事業の経営者は、まず自分達がつくったプロダクトの売り上げにフォーカスするべきだと思います。
本当の意味で価値を世の中に提供できるプロダクトは、人々がほしいと思い、買って使ってくれるものです。だからこそ、我々は「脱・広告会社」のビジネスとして、売れるプロダクトをつくることにquantumで挑戦している。そこにあらためてしっかりとフォーカスしたミッション、ビジョン、バリューは、とてもわかりやすいと思いました。
及部:でも、こうして言葉にできたのは、高松たちが実際に事業を作ってくれて、社員としても、「スタートアップ・スタジオとして、こういうことがやりたかったのか」と実感できるようになってきたからです。私たち経営陣の頭の中にはイメージはずっとあったのですが、その具体的な姿がこの1、2年で見えてきたなという感覚はあります。
高松:quantumに相談にいらっしゃる企業の中には、新規事業を立ち上げようとしているものの、社内に社長候補がいないというケースがけっこうあります。新規事業開発業務を受託したら、普通はその事業開発を手伝う立場ですよね。でも、それが順調に進んで、事業化しようとなったときに、quantumからも経営メンバーを出して共同事業でやりませんかというありがたいお話がけっこうあるんです。
私がquantumから出るのも、そうした動きのひとつです。これから発表する他の共同事業もそういう流れでquantumから社長が生まれる予定です。つまり、我々がやりたかったことに、ちゃんとニーズがあることが見えてきた。quantumが実現したい、日本で新規事業が次々と生まれる未来の姿を、ようやくはっきりと見せられるようになってきました。
――最後に、及部さんが新体制にかける思いを教えてください。
及部:日本のスタートアップは産業として、欧米だけでなく、インド、中国、東南アジアなどの海外に遅れをとっています。日本の「起業家になりたい指数」は、世界で長年、ダントツで最下位ランクです。起業がしにくい環境だからだと思います。初等中等、高等教育の問題もあるでしょう。
ただ、スタートアップの数を増やすことを海外と同じやり方で進めようとするのは難しい。日本は大企業が強い社会です。しばらくは変わらないでしょう。なので、日本経済が復活するには、トップレベルの大企業から何十ものユニコーンが生まれるぐらいのインパクトが必要です。だからこそ、さまざまな企業と一緒になって世界にまだないプロダクトを生み出すことに挑戦していくことで、日本におけるスタートアップ業界のエコシステムのど真ん中に、quantumを持っていきたいと思っています。
及部 智仁|Tomohito Oyobe
quantum代表取締役社長 共同CEO
東京工業大学 特任教授
世界トップクラスのベンチャービルダーを目指し、quantumを社内起業で創業。数多くの大企業との新規事業開発、アクセラレータープログラム、スタートアップのハンズオン支援、ジョイントベンチャー組成を経験。また、産学連携にて機械学習技術を活用したサッカー×AIの研究を行い、2017年にはスポーツデータ×機械学習を専門とするSPORTS AIを創業。開発したサッカーの戦況予測AI事業の売却を経験。博報堂グループや京都大学などの社内起業/起業家教育プログラムでメンター・審査員を歴任するほか、書籍『スタートアップスタジオ』(日経BP)の翻訳出版・監修など、日本企業から多くの社内ベンチャー、社内起業家を輩出することを目指し活動。また起業を支援するベンチャービルダーを普及させ、起業家支援のネットワークを構築するためにスタートアップ・スタジオ協会の設立理事に就任。「起業をなめからにする社会」を目指し活動している。
自身の母校でもある東京工業大学にて特任教授に就任。東工大を中心に主要研究大学のリソースを組み合わせ、世界に勝負できる大学発ディープテック・ベンチャーを連続的に生み出すためのプラットフォーム作りに挑戦している。
2022年4月、quantum代表取締役社長 共同CEOに就任。
高松 充|Mitsuru Takamatsu
quantum顧問
博報堂にて営業、経営企画、在米日本大使館出向などを経験したのち、TBWA HAKUHODOの創設に携わり、その後同社のCSO、CFOを歴任。2016年4月、TBWA HAKUHODOからスピンオフする形でquantumを創設。以来代表取締役社長兼CEOとして、70社以上の大企業・スタートアップと新規事業開発に取り組んできた。quantumのvisionである”be a founder”の実践に自ら努め、シルクスキンケアブランド「QINUDE」の立ち上げ、世界の水問題に取り組むスタートアップ「WOTA」へのハンズオン投資、Quality of Animal Lifeの向上をビジョンに掲げる「QAL startups」の創業など、0→1(事業開発)と1→10(事業成長)の現場に常に身を置いている。好きな言葉は、“常識とは楽をするための幻想”、“New is better than good”。2022年3月末をもってquantum代表取締役社長兼CEOを退任、4月からは顧問としてquantumの成長を支える。
quantumについて、またこれまで手がけたプロジェクトの詳細、ニュースリリースなどはquantumのウェブサイトやSNSをご覧ください。