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💟富士聖母像建立の霊因を解明!新串呂解明31-平坂町鈴木家の串呂公開11(№422)

🎀串呂哲学研究ノート 第422号

1、富士聖母像建立の霊因

🌺コーヒーブレイクのつもりで始めた「平坂町鈴木家の串呂公開」にはまってしまって、今号で11本目の新串呂を解明することが出来ました。お蔭でいろんなことが分かったのですが、一番の収穫は、三浦芳聖師の霊統の神子みこについての認識を深めることが出来たことでした。

🔴三浦芳聖師の霊統の神子みこの存在は、三浦芳聖師の八王子(実子)の方々同様、きわめて重要であるという事であります。

🌺三浦芳聖師みずから「五男神、三女神および霊統無数の神生かみうみをした」と述べておられますが、無数に生まれたであろう霊統の神子みこの中でも、初恋の女性・小田垣清子嬢との間に生まれた霊統の神子みこは、格別のような気がします。

たとえば、三浦芳聖師が数えの19才という多感な青春時代であった事に加えて、小田垣清子は婚約者であり、同じ屋根の下で生活し朝夕ともに食卓を囲んでいたとか、著書の出版を手伝って貰ったなど、他の霊統の神子みこの場合に比べると特別であります。

これは、我が母・鈴木富美子ふみこの事なので「依怙贔屓えこひいき」と思われるかも知れませんが、今号で解明された〽御正体山みしょうたいやまを起点にした平坂町鈴木家の串呂をご覧になれば、特別であることに納得して頂けると思います。

🌷ところで、富士山の二合目にある「富士聖母像ふじせいぼぞう」をご存じですか。私は、今号の串呂を解明中に初めてその存在を知ったのですが、1973年(昭和48年)10月8日に建立された聖母マリアとその御子イエスの母子像で現在は二代目だそうです。

近くにある説明書きには『緑の杉木立の間に幼子を抱き、神秘なほほえみを投げるこの美しい聖母像は「富士の聖母像」と呼ばれ、子供たちの福祉と世界平和を熱望する人々の心に応えて建てられました』と記載されているようです!

富士聖母像(山梨県南都留郡鳴沢村/サレジアン・シスターズ日本管区)

🌺読者のみなさん!実は、この聖母像は、三浦芳聖師の初恋の女性・小田垣清子嬢とその霊統の神子みこを記念して建立されたのです!と申し上げたら、読者の皆さんは「そんなバカな!」と一笑に付されるに違いありません!😉😁😃😄😅

🔴今号は、読者の皆さんから「そんなバカな!」と思われるような誠に驚異的な内容です!今号の串呂を研究するまでは、思いもよらなかった記事になってしまいました。

🌺本日7月13日は、奇しくも我が母・鈴木富美子(初名・鈴木はつ)の生誕102年目の誕生日であります。本号を、我が母・鈴木富美子之命すずきふみこのみことのご霊前に捧げます!🌈🎁😊🍀👑🌷


2、〽御正体山みしょうたいやまを起点にして

🎀今号は、調査対象者の正体を鑑定する「御正体山みしょうたいやま」を起点とする平坂町鈴木家の串呂を研究して見ました。

御正体山(山梨県南都留郡道志村)標高1,681m

🌷〽御正体山は山梨県都留つる市と南都留郡道志村どうしむらの境にある標高1,681mの山岳です。

調査対象者の正体を鑑定する重要地文で、八大串呂起点のひとつです。国内唯一の地名(山岳)です。

🟡詳細は「御正体山の神風串呂」を参照下さい!

御正体山みしょうたいやま(地図マピオン)

⭕平坂町鈴木家の正体とは?

✅私も興味津々です!


🌷この記事は、新串呂解明の貴重な実践記録です。🥰🍀👑🌷😊

🌺〽御正体山(山梨県南都留郡道志村)と平坂町鈴木家(愛知県西尾市)とを結んだ線上には、数えきれないほど多くの家屋敷が有り、無数の地名がありますが、串呂を引くケースによって拾う地名は変わってきます。

その理由は、串呂を引くケースによって、その串呂の主旨(テーマや目的など)が異なるからです。

Google.mapで、2地点を結び、直観力を最大限に働かせて、その線上にある串呂の主旨に合うと思われる地名を拾っていきます。地図の縮尺は、およそ20万分の1です。

🌺今号のように、大きな山岳を起点(地文)とする場合、山麓の広がり(面積)が有る事を考慮します。

串呂線は、幾何学きかがくの「線」ではなく、幅のある帯(幹線)であるという事です。山頂を串線するのが理想的ですが、そうでない場合も許容の範囲です。

地文は串団子の団子のような物です。面積もあれば体積もあります。

地震や天変地異、太平洋プレートのもぐりこみによって隆起したり沈降したりする日本列島ですので、串呂を構築された串呂主宰神・天照大御神の御神意をかしこみて解明致します!


3、清子せいご(山梨県南巨摩郡身延町)を串線!

🌷直観力を研ぎ澄ませて、この串呂全体を概観したところ、一番に山梨県南巨摩みなみこま身延町みのぶちょう清子せいごが目に留まりました。🌈🎁💫🎉😊

🔴平坂町鈴木家(愛知県西尾市)-清子せいご-〽御正体山

🌺第408号以降、平坂町鈴木家の串呂を解明して公開しているのですが、その主旋律しゅせんりつは「我が母・鈴木富美子は三浦芳聖師と小田垣清子嬢との間に、気吹之狭霧いぶきのさぎり(いぶき野+佐切さぎり)で出来た霊統の神子みこである!」であります。

ですから、〽御正体山を起点にした平坂町鈴木家との串呂上に小田垣清子嬢を昭示する「清子せいご」が串線していても何の不思議もありません。当然すぎるほど当然な事だと思います。

🌺因に、この「清子せいご」は、三浦芳聖師が解明した下記の串呂の清子です。

下記の串呂では、尊良天皇の皇后・右大臣西園寺公顕さいおんじきんあきむすめ・藤原清子後京極院御匣ごきょうごくいんのみくしげを表わす地文であります。

🟣尊良天皇皇后「清子姫」を 昭示する神風串呂

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第一章
右大臣西園寺公顕の女・藤原清子(後京極院御匣)

藤 原 清 子(丁未年生まれ)・・・尊良天皇皇后
御匣殿みくしげどの (西園寺公顕女さいおんじきんあきのむすめ)- Wikipedia』では、出生時期不明となっていますが、三浦芳聖師からは1307年(丁未年)生まれであると聞いています。(出典不明)

小田垣清子(丁未年生まれ)・・・三浦芳聖師の初恋の女性(元婚約者)
1907年(明治40年)生まれ。

上記の情報が正しければ、小田垣清子は藤原清子の生誕600年(10還暦)後に生まれた同魂同霊ということになります。干支が同じであったかどうかは確かめようがありませんが、名前の「清子」が同じであることは間違いありません!

この件は下記を参照下さい。
💟第15話 芳聖の初恋-御匣殿再現 小田垣清子
🌈三浦芳聖伝 8、京都の学生時代(2)

平坂町鈴木家と〽御正体山の串呂(google.map)

⭕平坂町鈴木家(愛知県西尾市)-💖清子せいご(山梨県南巨摩郡身延町)-⭕〽御正体山(山梨県南都留郡道志村)

上記のように、清子せいご(山梨県南巨摩郡身延町)が串線していたのを見た私は、この串呂は、下記の主旨を昭示する串呂であると直観しました!🌈🎁💫🎉😊

平坂町鈴木家で七十余年の生涯を過ごした我が母・鈴木富美子(初名=鈴木はつ)は、三浦芳聖師とその初恋の女性である小田垣清子嬢との間に出来た霊統の神子みこである。

🌷この記事を初めてお読みになる方は、下記を参考にしてください。
💟米子鬼太郎空港と須々木海岸!-平坂町鈴木家の串呂公開4

4、富士聖母像を串線!

🌺小田垣清子を表わすと思われる清子せいご(身延町)を串線していることに勢いを得て、さらにこの串呂線上の地文を調べて行きました。

その結果、超神秘的かつ超驚異的とでも形容すべき下記の串呂が解明されました!🌈🎁💫🎉😊

⭕平坂町鈴木家(愛知県西尾市)-💖清子せいご(山梨県南巨摩郡身延町)-👑富士聖母像(山梨県南都留郡鳴沢村)-⭕〽御正体山(山梨県南都留郡道志村)

🔴富士聖母像の正体は清子せいご(小田垣清子)である!という串呂です。

💟富士聖母像
1973年10月8日、サレジアン・シスターズによって、山梨県南都留郡鳴沢村(二合目)に建立された聖母マリア母子像。現在の像は二代目。

清子せいご-富士聖母像〽御正体山(google.map)

串呂主宰神・天照大御神は、初恋の女性と結婚できなかった最愛の御子・三浦芳聖師のせつない恋情こいごころおもんぱかり、師の帰幽後2年目の1973年10月8日、この富士聖母像を建立なさったと思われるのです。

💟自分で言うのも何ですが、串呂解明史上、特筆すべき串呂が解明された瞬間であると喜んでいます!🌈🎁🎀🌺😊

富士聖母像(山梨県南都留郡鳴沢村/富士山)
平坂町鈴木家-清子せいご-富士聖母像-〽御正体山(google.map)

🌷これまで鈴木家の串呂公開で何度も取り上げた三浦芳聖師の初恋の女性=小田垣清子を表わす清子せいご(山梨県南巨摩郡身延町)と、

おそらく串呂主宰神によって、小田垣清子を記念するために建立されたと思われる富士聖母像が、この串呂上に存在していたのです!🌈🎁🎀🌺😊

厳密に申し上げますと、この像は聖母子像ですので、聖母は清子、聖子は平坂町鈴木家(鈴木富美子)と言う事になるかと思います。

🔴これが神風串呂です!

🎯👑💟🌈💯

5、霧生きりゅうを串線!

🌷この串呂を西方に延長したところ、霧生きりゅう(三重県伊賀市)を串線していました。

霧生きりゅう(三重県伊賀市)(google.map)

🌷三重県伊賀市の霧生きりゅうは、気吹之狭霧いぶきのさぎりによって生まれたこと(霊統の神子みこ)を表わす地文であります。

✅新発見です!おそらく国内唯一の地名です。

💟霧生きりゅう(三重県伊賀市)-⭕平坂町鈴木家(愛知県西尾市)-💖清子せいご(山梨県南巨摩郡身延町)-👑富士聖母像(山梨県南都留郡鳴沢村)-⭕〽御正体山(山梨県南都留郡道志村)

愛知県西尾市平坂町の鈴木家で七十余年の生涯を過ごした我が母・鈴木富美子(初名=鈴木はつ)は、三浦芳聖師とその初恋の女性である小田垣清子嬢との間に出来た霊統の神子みこであり、富士聖母像は、小田垣清子と無数に生れたであろう霊統の神子みこを記念して出来た記念碑である!(鈴木超世志の仮説)

霊統の神子を表わす地文である「佐切さぎり」「いぶき野」に「霧生きりゅう」が加わったのです。🎌🎯🍀👑🎀💯💖

【参照】佐切(さぎり)=霊統の神子を表わす!
三浦芳聖師が、霊統の神子を神生みしたことを昭示する地文は「いぶき野」「佐切さぎり」「霧生きりゅう」であり、その典拠は「古事記」の「吹きつる気吹之狭霧いぶきのさぎりに成れる神」であります。

🟡気吹之狭霧いぶきのさぎり(いぶき野+佐切霧生きりゅう
吹きつる気吹之狭霧いぶきのさぎりに成れる神の御名は・・・(古事記)
🟣うけひ – 國學院大學 古典文化学事業

🟡天之狭霧神あめのさぎりのかみ国之狭霧神くにのさぎりのかみ
🟣神生み – 國學院大學 古典文化学事業



6、この串呂の要諦

(1)富士聖母像の正体=小田垣清子 説

💟霧生きりゅう(三重県伊賀市)-⭕平坂町鈴木家(愛知県西尾市)-💖清子せいご(山梨県南巨摩郡身延町)-👑富士聖母像(山梨県南都留郡鳴沢村)-⭕〽御正体山(山梨県南都留郡道志村)

サレジアン・シスターズ日本管区

愛知県西尾市平坂町の鈴木家で七十余年の生涯を過ごした我が母・鈴木富美子(初名=鈴木はつ)は、三浦芳聖師とその初恋の女性である小田垣清子嬢との間に出来た霊統の神子みこであり、富士聖母像は、小田垣清子と無数に生れたであろう霊統の神子みこを記念して出来た記念碑である!(鈴木超世志の仮説)

🌷上記の直観に基づき、その主旨に見合う地文があるだろうという想定の下で関連する地文を探しました所、的確なる地文が目白押しでした。

🎯🍀👑🎀💯💖

下記は、その中でも、特別この串呂の主旨に合う、より的確なる地文を拾って列挙したものです。地図の縮尺は、およそ20万分の1です。

(2)重要地文一覧

👸⛩若宮神社(高知県吾川郡いの町上八川丙)-🟢神領じんりょう(徳島県名西郡神山町)-🟢神山かみやま太陽光発電所(仝県名西郡みょうざいぐん神山町)-🟣卍正善寺しょうぜんじ(和歌山市松江東)-🟢神通じんづう(仝県紀の川市)-🟢天見あまみ(大阪府河内長野市)-🟡高天たかま( 奈良県御所市)-🟡高尾たかお(三重県伊賀市)-🎯霧生きりゅう(仝県仝市)-⭕平坂町鈴木家(愛知県西尾市)-🟠神田かだ(仝県北設楽郡設楽町)-🟠(仝県仝楽郡東栄町)-🟣黒法師岳くろほうしだけ(静岡県榛原郡川根本町犬間)-👸🐶犬間いぬま(仝県榛原郡川根本町)-🟠清子せいご(山梨県南巨摩郡身延町)-🟠富士聖母像ふじせいぼぞう(仝県南都留郡鳴沢村/富士山)-⭕御正体山みしょうたいやま(仝県南都留郡道志村)-🟢都立井の頭とりついのかしら恩賜公園おんしこうえん(東京都武蔵野市御殿山)-👸一ノ宮公園(仝都多摩市一ノ宮)-👸若宮わかみや(仝都中野区)-👸かなめ(仝都豊島区)-🟣高松(仝都豊島区)

(3)地文の解説

(あ)霧生きりゅう(三重県伊賀市)
🌷気吹之狭霧いぶきのさぎりによってまれたこと、すなわち霊統の神子みこを表わす地文であります。

気吹之狭霧いぶきのさぎり=霧
霧生きりゅう=霧によって生まれる。=気吹之狭霧いぶきのさぎりで生まれる。=霊統の神子みこ

(い)富士聖母像(山梨県南都留郡鳴沢村/富士山)
🌺「清子せいご=霊統の神子みこの母=聖母」である事を表わす富士聖母像(山梨県南都留郡鳴沢村/富士山)が串線していました。

富士聖母像(山梨県南都留郡鳴沢村/富士山二合目)

🌺母子ともに王冠(👑)をいただく聖母子像は王族(皇族)の権威を表わしています。この聖母子像は、五皇一体の再現・八幡大明神「三浦芳聖師」の大神子おおみことその聖母(小田垣清子)を記念して建立されたに相違ありません!

🌷聖母マリアといえば、処女懐胎しょじよかいたい伝説が直ぐに思い浮かびます!

この聖母処女懐胎伝説は、小田垣清子嬢が霊統の神子みこを霊的に受胎することを表わすための前提として語られたエピソードではないでしょうか。私にはそのように思われます。

🌺このようなことを申し上げると、読者の皆さんは、おそらく一笑に付されるかと思いますが、それは尊貴この上ない天照大御神が主宰神である神風串呂の本質を理解しておられないからであります。

かつて、私は三浦芳聖師の再婚に関する記事で「丙午ひのえうまのジンクス(迷信)は、縁遠い三浦芳聖師の再婚のために天照大御神が流布したものに相違ない!」という内容のことを申し上げました。

💟第33話 野村 鈴と再婚-運命の赤い串呂

この富士聖母子像は、小田垣清子とその霊統の神子を表わす地文として建立されたのに相違ありません。富士王朝(瑞穂の国)統合の象徴である富士山に天照大御神の承諾なくしてキリスト教の聖母像を建立できるはずがないのです。

🌷下記串呂をご覧下さい。富士聖母像を挟んで、両地文がほぼ等距離に位置しています。これは、重要なる串呂地文であることを昭示する技法の一つであります。

🔴清子せいご(25.31km)(等距離)富士聖母像(22.31km)(等距離)〽御正体山

清子せいご-富士聖母像〽御正体山(google.map)

⭕富士聖母子像=大神田・小田垣清子と神子みこの記念碑説については、実証・論証・傍証の串呂を解明して証明して見たいと考えていますので、ご期待ください!🌈👑🌺💖🍀

(う)〽黒法師岳くろほうしだけ(静岡県浜松市天竜区)
墨染すみぞめの僧衣を身にまとった法師(僧侶)を表わす。

この串呂では、僧侶時代の三浦芳聖師を表わす。大正10年(1921年)9月、三浦芳聖師が小田垣家に招かれた時、三浦芳聖師は僧侶であった。

【参照】
🟡三浦芳聖伝 8、京都の学生時代(2)
🟡黒法師岳 - Wikipedia

黒法師岳( Wikipedia)(静岡県浜松市天竜区)

(え)都立井の頭とりついのかしら恩賜公園おんしこうえん(東京都武蔵野市御殿山)

恩賜おんしとは、天皇から賜ったものを表わす言葉です。

串呂主宰神が、三浦芳聖師と小田垣清子嬢との間に出来た霊統の神子の存在を顕彰するために賜わった神秘的な串呂地文を表わします。

具体的には、霧生きりゅうであり、清子せいごであり、富士聖母像であり、〽黒法師岳くろほうしだけであり・・・。

🟢恩賜 - Wikipedia
恩賜(おんし)とは、君主から臣下などに対して、これまでの忠節や功労に感謝するために与える物品やその行為を指す。下賜・賜与ともいう。 現代日本では「恩賜」と単に言えば天皇から賜ったものを指す。

🟡井の頭恩賜公園 Inokashira Park 公式ホームページ

井の頭恩賜公園 - Wikipedia

(お)かなめ町(東京都豊島区)
肝心要かんじんかなめかなめである。

具体的には、肝要の働きをなす人物を表わす。
この串呂では、一ノ宮であり、若宮である。
一人であるとは限らない。

(か)各地文の解説
🍀
多忙の為、地図を掲載することが出来ませんでした!😅😉😁😭

🟡天地神明の御加護を表わす地文
神領じんりょう(神の領域)
神山太陽光発電所(神の無限のエネルギー)
神通じんづう(神に通ずる)
天見あまみ(天が見ている)

🟡皇祖神を表わす地文
高天たかま(尊治または尊良天皇)
高尾たかお(尊治または尊良天皇の子孫)

🟡三浦芳聖師を表わす地文
正善寺しょうぜんじ(正善=善正=よしまさ=芳聖)
黒法師岳くろほうしだけ
(大正10年、三浦芳聖師は僧侶であった)
🟣松良天皇が開基された薬師堂の神風串呂
高松
(三浦芳聖師を表わす串呂哲学上の符号)
🟣高松 (たかまつ)について

🟡小田垣清子嬢を表わす地文
神田かだ(霊統の母を表す)
つき(皇后・妃を表わす。皇夫を表わすこともある)
清子せいご清子せいご清子きよこ
富士聖母像(イエス・キリストを抱いた聖母マリア像であるが、霊統の神田かんだ、霊統の神子みこを表わすかのように権威の象徴である王冠をかぶっている。聖母子像と言うべきであろう。)

🟡鈴木富美子(および後継者)を表わす地文
犬間いぬま(戌年生まれを表わす)
一ノ宮公園(長男または長女を表わす)
若宮神子みこを表わす)
かなめ(肝要の門人を表わす)

🟡霊統の神子みこを表わす地文
霧生きりゅう気吹之狭霧いぶきのさぎりまれたことを表わす。)



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🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
・・・・・
🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志著)
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🟠情報拡散のお願い

この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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