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竜巻現場を基点とした神風串呂2(№49)

この記事は、神皇正統家極秘伝神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を分かりやすく解説したものです。

串呂(クシロ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した元伊勢クシロの事です。

元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだといわれていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。

地名(地文ちもん)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂(串呂哲学)です。

ここでは、「昭和31年(1956)1月18日、大王崎東南方で発生した竜巻現場を基点とした神風串呂2」をご紹介し、詳しい解説をしています。

神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!


1、石鏡パワーの第三弾「八尺鏡野」からの神風串呂


三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第四章


これまで、竜巻を起こす秘法による神風串呂を5本ご紹介致しました。

「竜巻現場」-「皇大神宮内宮」-「外宮」-「白鬚神社」
「竜巻現場」-「石鏡」-「秘法厳修地・鳴海駅」-「雨晴」
「竜巻現場」-「大和田」(西淀川区)-「小松町」(西宮市)
「竜巻現場」-「大和田駅」(門真市)-「小松」(東淀川区)
「竜巻現場」-「大和田」(新城市作手)-「小松」(設楽町)

ご覧のように、神業(かみわざ)としか言いようがない、実に神秘的で驚異的な神風串呂です。そこで、この不思議な、竜巻を起こす秘法の源泉を「石鏡パワー」と名付けました。石鏡=神鏡=天照大御神の御魂代です。

今回は、この「石鏡パワー」の第三弾として、「八尺鏡野」と「竜巻現場」とを結ぶ神風串呂をご紹介します。

2、串呂哲学の理解を助ける予備知識

始めての方は、下記の記事を参照してください。

3、八尺鏡野と竜巻現場との神風串呂

三浦芳聖は、「八尺鏡野」(和歌山県那智勝浦町)と「昭和31年1月18日の竜巻現場」(三重県志摩市大王町波切大王崎東南方7キロ海上)とを串呂すると、次の様になると述べています。

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第四章

八尺鏡野」(那智勝浦町)-「竜巻現場」(志摩市)-「小松」(浜松市)-「御正体山」(都留市)-「大和田町」(さいたま市)

     (『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』173頁、現住所に改めた。)

【地文のみ掲載】
「八尺鏡野」-「竜巻現場」-「小松」-「御正体山」-「大和田町」

【地文の解釈】
(1)八尺鏡野(やたがの、和歌山県那智勝浦町)

八咫鏡(やたのかがみ)を表わす地文。

八咫鏡は日本神話に出てくる皇位継承に不可欠の神宝(三種の神器)の一つ。八咫鏡は、三種の神器(鏡、玉、剣)の中で最も重要とされる。

串呂では、「八尺鏡野」は、皇位継承(神皇正統の天皇に登極したこと)を昭示する(鑑定する)地文で、八大串呂起点。

詳細はこちらを参照下さい。

(2)竜巻現場(三重県志摩市大王町波切大王崎東南方7キロ海上)

大王崎
三重県志摩市大王町波切(地図マピオン)

昭和31年(1956)1月18日午後1時30分ごろ、三重県志摩郡大王町の東南方7キロの海上に、幅約1000メートル、高さ約400メートルの大竜巻が起きた。

【参照】昭和31年(1956)1月18日の竜巻現場についての新聞記事。

三重海上に大龍巻 作業船四隻が被害
十八日午後一時三十分ごろ志摩郡大王崎七キロの海上を第八升栄丸(四十一トン―船籍和歌山市)が作業船正博丸(四トン―船籍大阪市)とともに作業船七隻を引航して航行中突然幅約一千メートル、高さ四百メートルの龍巻に遭遇しその余波でロープを切断、最後尾にいた作業船第一信和丸(四トン―船籍大阪市)が沈没、乗組員二名が片田海岸に泳ぎついたのを漁民が発見、救助したほか作業船一隻が大王崎灯台下で大破一隻が波切町米子浜に漂着、二隻が片田沖で座礁、ほかは波切港に無事入港した。
「京都新聞、昭和31年(1956)1月19日朝刊」

昭和31年(1956)1月18日、午後1時35分、三浦芳聖が、名鉄鳴海駅プラットフォームにて、竜巻を起こす秘法を厳修した所、上記のような大竜巻が起きた。

三浦芳聖は、昭和31年1月18日、午後1時35分、勤務先からの帰途、名鉄「鳴海駅」に於て、「小松天皇の符号が大和田であることを昭示する神風串呂の的確なる地点に、出来るだけ被害の無いように竜巻を起こし給え」と祈念して「竜巻を起こす秘法」を厳修した。すると、三重県志摩市大王町波切大王崎東南方7キロ海上に、幅約1000m、高さ約400mの大竜巻が起きた。この日は、三浦芳聖が三河八幡宮で神界より「竜巻を起こす秘法」を伝法された満5周年記念日で、その伝法された「昭和26年1月18日午後1時35分」と同時刻に秘法を厳修した。(『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』170頁)

(3)小松(こまつ、浜松市浜北区)

遠州小松
浜松市浜北区 小松(地図マピオン)

浜松市浜北区小松は、小松天皇(興良)の行宮のあった所で遠州小松といいます。小松天皇の行在所のあった、ゆかりの地ゆえ、この串呂は実証の串呂でもあります。小松天皇の贈名(おくりな・諡号)は、ここから来ています。

この「小松」(静岡県浜北市浜北区)について、加茂喜三氏は次のように述べています。(『富士〝隠れ南朝〟史』富士地方資料調査会307 頁)

小松天皇は、三河より遠江に入って、父の御陵「井伊谷宮」の東約十キロの小松の地に仮宮を設けて行在所とした。小松は古く遠江国佐野郡小松郷と称された土地で、「和名抄」には”古万都”と出ている。興良親王を小松天皇といったのは、この地名による。現に浜北市小松の地名が残っている。

【参照】皇大神宮内宮から藤太夫島を鑑る! (№5)
皇大神宮内宮-高松-小松原町-和田-小松(浜松市浜北区)-小松天皇御陵-藤太夫島-松長-聖岳

歴史上、小松天皇は不在ですが、後小松天皇(1377年8月1日〈天授3年6月27日〉 - 1433年12月1日〈永享5年10月20日〉)が存在する以上、「小松天皇」がいなければならないわけで、いかに官製の歴史がいい加減なものかがここからもお分かりになるかと思います。

(4)御正体山(みしょうたいやま、山梨県都留市大野)
御正体山は、その正体を鑑定する重要串呂起点で、御正体山という名の山は日本で唯一、ここだけです。『ウィキペディア(Wikipedia)』御正体山

正体とは、「隠されているそのもの本来の姿、本体」のことで、「正体を現す」「正体不明の怪人物」などと使用します。御が付くのは「その対象は、やんごとなきお方」ということです。串呂は地文による皇統正史です。

【参照】大宝天皇の御製を昭示する神風串呂 (№8)
大日山-九重-切越-寺野薬師堂-御正体山-卍新井薬師

【参照】御正体山と三浦芳聖晩年の住所との神風串呂(№31)
大和名-神生-大和地区-八王子市-御正体山-天子ヶ岳-勘行峰-京丸-新開-大和地区-三浦芳聖晩年の住所-新田-高甲良山

(5)大和田町(おおわだ、埼玉県さいたま市見沼区)

さいたま市大和田町
埼玉県さいたま市見沼区 大和田町(地図マピオン)

神皇正統第98代小松天皇の串呂哲学上での符号。因みに、小松天皇の皇子「松良天皇」の符号は「和田」である。

【参照】和田四串の神風串呂

4、この串呂の解釈と串呂哲学的考察

「八尺鏡野」-「竜巻現場」-「小松」-「御正体山」-「大和田町」

神皇正統第98代小松天皇(興良)の符号が大和田であることを昭示する神風串呂の的確なる地点に、出来るだけ被害の無いように竜巻を起こし給え」と祈念した通りの、的確なる地点に竜巻が起きたことを昭示する串呂です。

この串呂は、たとえ「竜巻現場」が無くとも下記の地文だけで「大和田町」が小松天皇の符号であることを昭示している串呂です。その串呂線上に、「竜巻現場」が加わったという事になります。

八尺鏡野」-「小松」-「御正体山」-「大和田町」

「八尺鏡野」は、皇位継承(神皇正統の天皇に登極したこと)を昭示する(鑑定する)地文ですから、この串呂は、小松天皇が皇位を継承されたことを立証する神風串呂です。

下記の(5)「皇大神宮内宮」(6)「石鏡」と、上記の「八尺鏡野」とが、この竜巻現場の串呂に存在する点に注目して下さい。竜巻を起こす秘法の源泉です。「石鏡パワー」です。人間業では到底できません!

竜巻現場を基点とした神風串呂 1(№48)
(1)大君-三浦地区-湊川神社-小松(西宮市)-小松(東淀川区)-小松(設楽町)
(2)小松(西宮市)-大和田(西淀川区)-竜巻現場
(3)小松(東淀川区)-大和田駅(門真市)-竜巻現場
(4)小松(設楽町)-大和田(新城市作手)-竜巻現場
(5)内宮・外宮・白鬚神社の神風串呂(№46)
竜巻現場皇大神宮内宮-外宮-白鬚神社     
(6)竜巻現場と名鉄鳴海駅との神風串呂(№47) 
竜巻現場石鏡-名鉄鳴海駅-雨晴

串呂主宰神・天照大御神様は、このように、長年月を掛け、ご苦心の末、誠に神秘的な神風串呂を構築して、私たち日本民族に呼び掛けておられます。「真実に目覚めなさい!」と。

🔴神風串呂を学びましょう!


💟串呂文庫

🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
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🟠情報拡散のお願い

この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

🟡前号(№48)
🟢次号(№50)

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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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