地文学への招待-「南元宿」(串呂哲学研究ノート第279号)
💖このオンラインブックは、埼玉県さいたま市桜区の「南元宿」という地名は、伊勢神宮の大神の叡智に基づく神経綸によって、真日本国再建のために用意周到、計画的に構築され命名された串呂地文である事を考証した世界で最初の小論文です。
💫真日本国再建のため、霊戦を開始しよう!
🔴真日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しよう!
私は、朝夕「大祓祝詞、太祝詞(斎鏡斎穂之神勅、十言神呪、神名奉誦、三種祓詞など)」を約40分ほど掛けて奏上し、真日本国の再建を熱禱祈願しています!
🔴残念ながら、今のままでは我が国は、異民族の隷属国(保護国)に甘んじつつ、終には亡国への坂道を転げ落ちる道しか残されていないように思えてなりません(満州国がその前例です)。
🔴この亡国の危機に瀕している日本国再建の大道は、わが国の守護神であり指導神霊である伊勢神宮の大神(天照大御神)に中心帰一して、日々惟神の生活を実践し、日高見国・縄文日本国として蘇えることであると確信しています。
🔴神風串呂(カミカゼクシロ)は、地文(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学で、真日本国再建のため皇祖神(天照大御神)によって構築されました。
🔴主権在民の我が日本国です!良きにつけ悪しきにつけ、現在の我が国については、われわれ国民一人一人に責任がありますし、悪政を放置した結果、痛い目に遭うのも我々一般国民です。真実に目覚め、真日本国再建の為には日々の研鑽・学習・戦いが必要です!
🔴真日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しよう!
著者 鈴木超世志
💫祈り続けると奇跡的現象が起きる!
祝詞奏上を続けていると、奇跡的な現象が起きます。
祝詞奏上を初めて半年くらいが経過したある日の事、バスの中で小銭を出そうとしたら一円玉が手からこぼれ落ち、探したが見つからないので、あきらめてバスから降りました。
降りた瞬間、足の親指の上に違和感があったので、靴を脱いでみたら一円玉でした。
これは奇跡現象で、日々の祝詞奏上が確実に効果が出ていることの顕われで「その調子で続けなさい!」という神様からの激励と受けとめたことでした。
💫串呂哲学の理解を助ける予備知識
初めての方は、下記の記事を参照してください。
💖「南元宿」-地文学への招待 №14
🟡南元宿(みなみもとじゅく)
埼玉県 さいたま市桜区の南元宿は「みなみもとじゅく」と読みます。例によって国内唯一の地名です。
南元宿は、南朝の元の宿を表わす地文です。
それにしても良く出来ている「凝った串呂地文」ですね!感激です!
WEB地図のお蔭で国土地理院の地図では分からなかったことが分かるようになりました。
東北に隣接して鴨川が流れ、埼京線・南与野駅、与野南中学があり、南西には、道場、秋ヶ瀬公園があり、中央に⛩氷川神社が鎮座しています。
(詳細後述)
最後まで、ご一読下さい。
🟡大明見と元町(さいたま市)の神風串呂
それでは、この埼玉県さいたま市桜区の「南元宿」という地名を串呂哲学による「地文学」で考証しましょう!
三浦芳聖が解明した埼玉県さいたま市桜区の「南元宿」を串線する串呂の中で、主な串呂は下記の図のさいたま市「元町」と富士吉田市の「大明見」とを結ぶ右上がりの串呂です。
「吉田」ー「京丸」ー「小室沢」ー「大明見」ー「南元宿」ー「元町」
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地文の解説
🟠吉田(よしだ、愛知県新城市)上吉田、下吉田に分かれている。
💫新城市に注目
新城=南朝の新しい宮城(隠棲地)=大明見
吉田の旧住所は南設楽郡(南朝の楽土を設ける)→新城市に編入
1、富士谷御所の存在した「富士吉田市大明見」の吉田を表わす。
新城は、関東に設けた新宮城(小室城宮下の舘・大明見)を表わす。
2、大明見は安全で水の美味しい良い(吉相の)御所(新城)であった。
3、吉田は「良い母」を表わす。元子内親王の母は「贈太政大臣・花山院大納言師賢の女・藤原茂子」
4、吉は南朝前衛の拠点「吉野山」の吉であり、正統家は皇子の諱に良・永(よし・なが)が付く。
5、新城市吉田と富士吉田市とで吉田二串 -🟠-🟠-の串呂を構成している。
吉田二串 -🟠-🟠- の串呂
「新城市吉田」―「富士吉田町大明見」―「元町」
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🟠京丸(きょうまる、静岡県浜松市天竜区春野町小俣)
みやこ(南朝の隠棲地)を表わす地文。国内唯一の地名。
京には「みやこ」の意味がある。京丸という地名は松良天皇によって命名されたものと思われる。
🟡元中5年(1388年)、足利義満率いる15万の大軍の猛攻に遭い、大明見の富士谷御所が壊滅したため、松良天皇は側近の臣下と共に、いったん安全な場所に逃れた後、遠州京丸(浜松市天竜区春野町小俣)に集結して隠棲していた。住所の小俣(こまた)は不便で困(こま)ったの意味。(komata→omataと変化した。)
京丸についての詳細は下記を参照下さい。
*京丸の神風串呂
💝下記の動画で京丸阿弥陀堂の雅な天井画を拝見させて貰った。京丸に南朝正統家が駐留していた証拠のひとつである。
京丸は、松良天皇の隠棲地のひとつで、この串呂は「大明見」「京丸」の南朝の隠棲地(新城・南元宿)二串 -🟢-🟢- の実証の串呂である。
南朝正統家が延命のため大明見や京丸へ移動したことを表わす。
🟡南朝の隠棲地延命(身延)レイライン(2本)
*新城市ー京丸(隠棲地)ー身延町ー大明見(隠棲地)ー南元宿(南朝の隠棲地)
*吉野山(隠棲地)ー牧平大門(隠棲地)ー身延町ー大明見(隠棲地)
*後醍醐天皇御陵と大明見との神風串呂(3つの隠棲地の串呂)
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🟠小室沢(こもろさわ、山梨県南巨摩郡身延町大島)
小室門院元子内親王の行在所を表わす地文である。国内唯一の地名。
小室門院という名称は三輪義熈著『長慶天皇紀略』に出ています。ここで着目したいのは、「身延町大島」という住所です。
小室門院元子内親王が大明見の富士谷御所(小室城宮下の舘)に隠棲したお蔭で、南朝正統家は延命(身延)出来たことを表わします。
身延町=延命を表わす。
大島=王島=皇族、または皇族の行在所(大明見・京丸)を表わす。
「小室」二串 -🟠-🟠- 、「元」二串 -🟢-🟢- の串呂
小室沢―小室城宮下の舘―南元宿―元町
【参照】
小室門院元子内親王
🔴ここで、付け加えておきたいことは、小室門院元子媛命を支えた南朝忠臣が存在したことです。
「身延町=延命」出来たのは、命懸けで南朝正統家をお守りした「楠木氏」「新田氏」「脇屋氏」「富士大宮司三浦氏」「井伊氏」「千種氏」らの大忠臣がいたからです。
・・・・・
🟠大明見(おおあすみ、山梨県富士吉田市)
富士吉田市大明見は、南朝正統家の隠れ城(富士谷御所)が存在したところです。例によって、国内唯一の地名です。
大きい≒ 王様=天皇・皇室
大・・・天皇・皇室
明(日+月)・・・天皇・皇室
見・・・あらわす。露見、発見、所見。
大明見は、王+日+月+見で、皇室・皇族の行在所を表わす地文。
大明見=京丸=皇居
小室門院元子内親王は、興国2年(1341年)大明見の小室城宮下の舘で降誕し、乙女時代と天授5年(1379年)9月20日の三河御所(豊川市小田渕町)崩壊以降の39歳~48歳までを大明見で過ごされました。
新城市の吉田と、この富士吉田市の吉田とで吉田二串 -🟠-🟠- の串呂になっています。
吉田二串 -🟠-🟠- の串呂
「新城市吉田」―「富士吉田市大明見」―「元町」
「元」三串 -🟣-🟣-🟣-の串呂を構成している
元子内親王行在所・大明見―南元宿―元町
🟢大明見(小室神社・皇后・愛宕レイライン)(第278号)
*御所平ー富士吉田市大明見(⛩小室浅間神社)ー伊東市吉田小室山(⛩小室神社・愛宕大権現)
【参照】
*地文学への招待-小室山(第278号)
*地文学への招待-忍野村忍草(第268号)
*三輪義熈「長慶天皇紀略」
*富士谷御所(大明見)の神風串呂
*南朝正統皇位継承論4(富士谷御所の伝説)
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🟠南元宿(みなみもとじゅく、埼玉県さいたま市桜区)
南元宿は、南朝の元の宿を表わす地文です。
宿=仮寓地=隠棲地=小室城宮下の舘(大明見)と解読します。
元には、元々(元来)という意味と、元子内親王という意味の2つが考えられます。両方の意味を同時採択して「元子内親王の元来の隠棲地」と解読してもいいですね。
*小室城宮下の舘=元来の隠棲地(小室門院元子媛命)
*春野町京丸=新しい隠棲地(小室門院の春宮・正良親王)
南元宿
1、南朝の元子内親王(小室門院)の行在所・隠棲地(大明見)を表わすと解読できる。元=元子。
2、南朝の元(元来)の隠棲地(大明見)を表わすと解読する事も出来る。
3、宿は旅先(臨時)の仮寓地(隠棲地)を表わす。
4、国内唯一の地名。この串呂の為に構築命名された地文と思われる。
5、いずれにしても、南朝の隠棲地を表わす地文と解読できる。
「元」三串 -🟠-🟠-🟠-の串呂を構成している
元子内親王行在所(大明見)―南元宿―元町
🟢下記の資料を見ると、串呂主宰神が「南元宿」の地名を構築するために非常に苦心しておられることが拝察されます。
南元宿となったのは、明治12年(1879年)3月17日のことである。
【参考資料】『南元宿- Wikipedia』
*江戸期より存在した武蔵国足立郡与野領に属する本宿村であった。本宿村は元宿村とも書かれた。
*1879年(明治12年)3月17日、 南元宿村と改称した。
*1889年(明治22年)4月1日 、土合村大字南元宿となる。南本宿とも書かれた。
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🟠元町(もとちょう、埼玉県さいたま市浦和区)
1、小室門院元子内親王を表わす。
小室門院の諱が「元子」であるという史料は無いが、三浦芳聖への霊示や串呂から解明されたものと思う。
2、元来(元の)を表わす。
3、ここでは大明見は、元来の小室門院元子内親王の京丸(みやこ)であるを表わす地文。
4、南元宿とで、南元宿ー元町の元二串 -🟠-🟠- 、
5、大明見が元子内親王の御所だった事を合わせると、「元」三串 -🟠-🟠-🟠- の串呂を構成している。
元子内親王行在所(大明見)―南元宿―元町
*埼玉県さいたま市浦和区元町の地図
🟡まとめ
「新城市吉田」-「京丸」-「身延町大島小室沢」-「富士吉田市大明見小室門院元子媛の小室城」-「南元宿」-「元町」
💖串呂の的確さに驚嘆いたしますね!まことに感激です!
串呂主宰神が、この「南元宿」その他の串呂地文を構築するのに、どんなに苦心されたかは想像を絶する世界です。とうてい人間の力の及ぶところではありません。まさに神風串呂です。
直観力の優れた方なら、もうこの地文を見ただけで、日本の本質は神国であり、この串呂を構築された天照大御神の存在を認識できると思います。ぜひ、国土地理院発行の20万分の1の地勢図をつなぎ合わせて、実際にご確認いただきたいと思います。
🔴串呂地文学で皇祖神の存在を認識したなら、いますぐ行動しなければなりません。
いま我が日本国は亡国、日本民族は滅亡の危機に瀕しているのです。
💫国家民族を救済する光の霊戦士となりましょう!
🔴日本国再建のため、いますぐ光の霊戦士となって霊戦を開始しましょう!
参考資料
三浦芳聖『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(神風串呂講究所/1970年)
三浦芳聖『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版(串呂哲学研究会)
藤原丸山『南朝正統皇位継承論』(南朝史学会/1988年新版)
藤原石山『三河に於ける長慶天皇伝説考』(南朝史学会/1979年)
💖串呂は、実に神秘的に構築されている神道皇霊学であり、地図上ではありますが、視覚により実際に認識できる明確な世界であることが特徴です。
💝信念や想像の世界ではないと言う事です。
串呂(かんろ)とは
串呂(かんろ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した「元伊勢クシロ」の事です。
元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだと言われていますが、その結界とは、神風串呂(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。
神風クシロ(串呂)は、地文(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学で、神国日本再建のために皇祖神によって構築されました。
地名(地文)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂(串呂哲学)です。
神風串呂(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!
串呂主宰神(伊勢神宮の大神)が、長期間掛け苦心惨憺の末に構築された神風串呂に学び、天照大御神の御霊代である神宝(御鏡)を、富士山麓に奉遷して同床共殿にお祭りすれば、いま危機に瀕している「日本国」を救済する道を切り開き、天佑神助により日本民族本来の力を発揮出来ると確信しています。
神風串呂(カミカゼクシロ)を無視もしくは敬遠していると、群雄割拠の戦国時代(120年以上)に無辜の民が味わった塗炭の苦しみを、国際的な規模で再体験することになるのではないかと心配しています。
🟠情報拡散のお願い
この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
🟡前号(№278)
地文学への招待-小室山
🟢次号(№280)
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串呂哲学研究会 鈴木超世志
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