💟天津日嗣について
🎀串呂哲学研究ノート 第455号
はじめに
昨年(2024年)10月、邪馬台国の女王卑弥呼(宗女台与)の祭祀場と思われる「⛩️豊原南島神社 元宮 磐座]」の串呂を研究した所、日御子町(石川県白山市)を発見することが出来ました。
⛰️王頭山ー⛩️豊原南島神社 元宮 磐座-御名-⛩️元伊勢内宮皇大神社-由良-正善-日御子町
ところが、奇しくも上記の串呂は既に半世紀以上前に、三浦芳聖師が解明した下記の串呂と重なったのです。
御名-⛩️元伊勢内宮-由良-正善
上記の串呂の解釈は、由良の御名は正善(由良=正善)で、由良・正善は、共に三浦芳聖師を彰示する地文となります。その詳細は「由良(ゆら)の神風串呂」に詳述してあります。
御名-⛩️元伊勢内宮皇大神社-由良-正善-日御子町
この串呂では、「由良=正善=日御子町」となりますので、
日御子町と三浦芳聖師が眠る⛩️神龍八幡大明神(三浦芳聖師の陵墓)とを結んでみたところ、下記の的確なる串呂(1)が解明されました。
⭕日御子町-⛰️御舎利山-大和町剣-⛩️八大龍王神-根本町-富士山宣現大日如来-岡崎市牧平町-御園-⭕三浦芳聖師が眠る⛩️神龍八幡大明神
🌷このような経緯で日御子町は邪馬台国の女王卑弥呼を表わすと共に、天津日嗣を表わすことに気がつき、遂に日ノ御子(高知県香美市香北町)を発見することになりました。
🤴日ノ御子-後醍醐天皇塔尾陵-⛩️神龍八幡大明神-大御神
🔴日御子町と日ノ御子の二本の串呂が、ほぼ直角に交差して、実に神業と申すべき驚嘆すべき神風串呂が構築されています。
🌷このような経緯により、⛩️神龍八幡大明神(三浦芳聖師)は、日御子(天津日嗣)であると申し上げたのですが、なぜ三浦芳聖師が天津日嗣(すめらみこと)であるのかについて説明不足でありました。
今号はこの辺りの事情をご理解いただくために、天津日嗣について、極めて簡単に、要点のみを述べて見たいと思います。
参考資料として巻末の附録2に掲載したPDFをご覧になると、「天津日嗣」というものがいかに重大なる存在であるか分かります。
神皇時代と人皇時代との間に一体何があったのでしょうか!
🌺🌺🌺🌺🌺 🌷🌷🌷🌷🌷
🍀ご案内
この記事は、「日御子町の神風串呂」シリーズの№5です。
初めての方は、先ず下記をご覧下さい。
(1)日御子町を発見!-山崎町御名と⛩️豊原南島神社 元宮 磐座との神風串呂
(2)日御子町と三浦芳聖師が眠る⛩️神龍八幡大明神との神風串呂
(3)王頭山と⛩️神龍八幡大明神との神風串呂-三浦市中心部を串線
(4)日ノ御子(香美市)を発見!-後醍醐天皇塔尾陵と⛩️神龍八幡大明神の神風串呂
🌺🌺🌺🌺🌺 🌷🌷🌷🌷🌷
1、天津日嗣とは
天津日嗣(あまつひつぎ)は、日本の歴史や神道において、皇位を継承すること、または皇位そのものを指す言葉です。
🟠天津日嗣=皇位=天皇(すめらみこと)
この言葉は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)から受け継がれる皇位の継承を意味し、古事記や続日本紀などの古典にも登場します。
🟠天津日嗣=天照大御神の皇位の継承
この概念は、天皇の位が神聖であり、天照大御神の子孫がその位を継承するという信仰に基づいています。
🟠皇位=神聖=天照大御神の子孫がその位を継承する
これが、我が神国(瑞穂の国)の國體であり、天壌無窮の神勅で明らかにされていますが、我が国に於て、天照大御神の存在がいかに大きいかが分かります。
三輪義熈 著「神皇紀」には天照大御神が皇位を継承する儀式などを定められたことが記録されています。
この皇位継承についての関連部分を「現代語訳 神皇紀」(神奈川徐福研究会・神皇紀刊行部会)の「神皇之巻 神皇 第四節 豊阿始原世 地神五代 1、天照大御神」から引用させて頂きます。
2、崇神天皇 旧規を破り大宝を奉遷!
🌷その後、西暦4世紀の初め頃(今から1700年前)、第十代 崇神天皇の御代に、天照大御神の定めた神定憲法を破って、三品の大宝を富士山麓から関西地方へ奉遷し宮中に納めた所、神々の祟りがありました。
記紀にはこの辺りの事が前半の原因を述べずに祟りが有った事だけが記述されています。記紀の編集者たち(あるいは後継者たち)は、三品の大宝を富士山麓から関西地方へ奉遷したことを隠蔽したかったからだと思います。
神々の祟りに驚愕した崇神天皇は、笠縫邑に皇大神宮を建立して三品の大宝を祀り、宮中には形代(模造品)を製作して納め、皇位継承にはこの形代の三種の神器を天窓に捧げる事と定めました。
🌷天照大御神の遺勅を破った崇神天皇は、実は海外からやって来た騎馬民族の扶余王依羅であったことは、昨年(2024年)串呂で解明致しました。
🌷崇神天皇の御代以降、代々の皇位継承者は、その形代(模造品)を天窓に捧げて践祚することになり、以来、紆余曲折はあったものの、この方式が14世紀の後醍醐天皇の御代まで続きました。
すなわち、三種の神器の継承が天津日嗣の証しであったのです。
3、武家方による易姓革命
第96代 後醍醐天皇の御代に、武家方による易姓革命が起り、内戦状態がおよそ半世紀間続きました。これを南北朝時代といいますが、宮方と武家方との権力闘争でした。
南北朝時代と呼ばれる内戦の結果、平安王朝は滅び、武力で皇統を簒奪した武家方による新天皇家が始まりました。
(後小松天皇、称光天皇、後花園天皇・・・)
北朝の皇族は、武家方による皇統簒奪の道具として利用された挙句、易姓革命完成後、北朝の血統は断絶しました。
4、南朝正統家が存続中!
🌷崇神天皇以来、後醍醐天皇の御代まで継承された三種の神器(形代)は、延元元年、比叡山で践祚した尊良天皇が奉持して金ヶ崎城に奉遷されました。
金ヶ崎城に朝廷が存在したことは、下記の神風串呂によって明らかであります。この間の経緯は2019年12月、「北陸朝廷について」で詳述致しました。
🌷その後、金ヶ崎城が陥落すると、尊良天皇から継承した三種の神器を奉持した興国天皇(諱 守永/後醍醐天皇猶子)は、北陸経由で各地を漂流することとなりました。
上記の略系図は、後醍醐天皇から内伝極秘で継承された皇統を彰示しています。三種の神器(形代)は平安王朝最後の第百代 大宝天皇によって、愛知県三河地方の某所に埋蔵され封印されました。
5、瑞穂の国の復興計画
こうした経緯は、神計り、神経綸による串呂主宰神の瑞穂の国の復興計画に基づいて進められて参りました。
天照大御神の嫡皇孫こそが天津日嗣であり、富士大宮司家(富士王朝)と平安王朝最後の天皇(大宝天皇)の両王朝の嫡皇孫である三浦芳聖師が天津日嗣(日御子)であることが神風串呂によって彰示されているのであります。
天照大御神は、昭和20年(1945年)8月24日、愛知県豊川市萩町の寓居に於て、敗戦の責任を痛感して切腹自裁せんとする三浦芳聖師に、御自ら等身大の御姿を以て御降臨になられ、「汝が天津日嗣である。天照大御神の許可なく自裁することは許しません!」と御神諭賜わったのであります。
この間の事情は、下記で詳述致しました!
🌷上記の串呂の「大御神」(静岡県駿東郡小山町)をご覧下されば、昭和20年(1945年)8月24日、天照大御神が三浦芳聖師に直接「あなたが天津日嗣である!」と御神諭賜わった事がご理解いただけるかと思います。
三浦芳聖師は、天照大御神の天津日嗣であります。
⭕この世の事象は串呂に構築されているように展開するようです。
🟡附録1
🟠天津日嗣を表わす串呂哲学用語(地文)
串呂哲学の世界では、皇位の継承を表わす地文が構築されています。
(順不同)
高御位山
日御子町(日ノ御子)
天皇(天王)
天子(天子ヶ岳、天子の森、天子湖)
大君
大王崎(女王滝)
聖(聖岳、聖一色、聖湖、聖崎)
大日岳
皇踏山
王頭山
世継
鏡(石鏡、鏡山、鏡石、加賀美、各務)
三宝院、三宝町
🟡附録2
🟠現代語訳「神皇紀」-徐福の記録した日本の古代(富士古文献)
🟠神皇紀(富士古文書)に記されている日本の古代と徐福について
🟠皇祖皇太神宮(斉藤 一治さんの投稿)
🍀祈り
💌イエローハットの創業者であり、NPO法人「日本を美しくする会」の
相談役でもある鍵山秀三郎氏の言葉
🔴神風串呂を学びましょう!
💟串呂文庫
🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
・・・・・
🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志著)
⭕天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編 第一分冊(🌷新着)
💟開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道
🟡バックナンバー(総合)
🟠情報拡散のお願い
この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。
ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
*******************
🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
*******************