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💟御調町公文と大明見の神風串呂(№72)

この記事は、神皇正統家極秘伝神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を分かりやすく解説したものです。

串呂(クシロ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した元伊勢クシロの事です。

元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだといわれていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。

地名(地文ちもん)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂(串呂哲学)です。

ここでは、「広島県尾道市御調町みつぎちょう公文くもんと富士吉田市大明見おおあすみの神風串呂」をご紹介し、詳しい解説をしています。

神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!


1、調査鑑定元、重要串呂起点「御調町公文」

広島県尾道市御調町に公文くもんという地名があります。公文という地名は、国内に五ヶ所ほど有りますが、この尾道市御調町公文は、御調町みつぎちょうが、「御しらべ町」と読めるので調査鑑定元として重要串呂起点になっています。

岡山市の南古都みなみこずは、国内唯一の地名で南朝の古の都を、滋賀県蒲生郡竜王町の鏡山は、三種の神器を、愛知県津島市の神守かもり町は神様の御加護を、身延町の醍醐山は、後醍醐天皇の流れを表わす地文です。

今回は、この御調町公文から大明見を調査鑑定する視点での神風串呂をご紹介します。的確で神秘的な地文が目白押しで、串呂主宰神の尊い御配慮を垣間見ることが出来ます。

2、串呂哲学の理解を助ける予備知識

始めての方は、下記の記事を参照してください。

3、御調町公文と大明見の神風串呂

三浦芳聖は、御調町の「公文」と富士吉田市の「大明見」とを串呂すると次のようになると述べています。

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第五章

公文」(尾道市)-「神代町」(井原市)-「南古都」(岡山市)-「新田」(赤穂市)-「⛩松尾大社」(京都市)-「鏡山」(竜王町)-「政所町」(東近江市)-「神守町」(津島市)-「南山町」(瀬戸市)-「丸山」(阿南町)-「醍醐山」(身延町)-「大明見」(富士吉田市)-「五辻」(多古町)

(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』195頁、現住所に改めた)

【地文のみ掲載】
「公文」-「神代町」-「南古都」-「新田」-「⛩松尾大社」-「鏡山」-「政所町」-「神守町」-「南山町」-「丸山」-「醍醐山」-「大明見」-「五辻」

【地文の解釈】(地文に地図がリンクしています。)

(1)公文(くもん、広島県尾道市御調町)
公(おおやけ)の地文の意味。国や官にかかわる事-公営・公私・公式・公認・公務・公立/奉公・官公庁」。

「絶対に間違いないぞよと云う確証の地文」。広島県尾道市御調町は旧住所は御調郡御調町(みつぎ郡みつぎ町)と読むが、おしらべ郡おしらべ町とも読めるので、ある地点・場所を調査するための重要串呂起点で国内最高の公文。

御調町公文
広島県尾道市御調町(地図マピオン)

(2)神代町(こうじろちょう、岡山県井原市)
「かみよ」と読めるので、神代の神話の如くに神秘的な事を表わす。
古事記や日本書紀の神代の巻を思わせるような神秘的なことをいう。

下神代、上神代に分かれている。ここでは、この串呂が重要な神風串呂であることを表わす。大明見の富士谷御所で神代を思わせるような奇跡的な出来事があったと推察します。

(3)南古都(みなみこず、岡山県岡山市東区)
いにしえの大明見が、南朝正統家の都(御所)であったことを表わす。

(4)新田(しんでん、兵庫県赤穂市)
新田氏が大明見の富士谷御所を警護していたことを表わす。

(5)松尾大社(京都市西京区嵐山宮町)

松尾大社
松尾大社

この串呂の守護神です。下記を参照下さい。松尾大社の霊格が伺われます。

松尾大社
京都市西京区嵐山宮町(地図マピオン)

【参照】天照と皇大神宮内宮の神風串呂(№223)
天照」(福知山市)-「松尾大社」-「皇大神宮内宮」

リンクの地図は右上の「地理院地図Vector」をクリックすると見られます。

【参照】浜北区の小松と船山御陵との神風串呂 (№67)
「三浦」-「日和」-「松尾大社」-「南小松」-「船山御陵」-「小松」

松尾大社については下記を参照ください。

京都盆地西部、四条通の西端に鎮座する。元来は松尾山(標高223メートル)に残る磐座での祭祀に始まるとされ、大宝元年(701年)に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して社殿を設けたといわれる。その後も秦氏(はたうじ)により氏神として奉斎され、平安京遷都後は東の賀茂神社(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社)とともに「東の厳神、西の猛霊」と並び称され[1]、西の王城鎮護社に位置づけられた。中世以降は酒の神としても信仰され、現在においても醸造家からの信仰の篤い神社である。 『ウィキペディア』松尾大社

(6)鏡山(かがみやま、滋賀県蒲生郡竜王町)
大明見が、三種の神器を継承した南朝正統家の御所であったことを表わす。⛩竜王社・貴船神社がある。国内唯一の「竜王町」の鏡山である点を強調しておきます。

滋賀県蒲生郡竜王町
山梨県甲斐市竜王

(7)政所町(まんどころちょう、滋賀県東近江市)
大明見が、国政を見そなわした南朝正統家の御所(政庁)であったことを表わす。神皇正統の天皇が大明見で密かに天下に号令を掛けていた事を表わす。

滋賀県東近江市(地図マピオン)

【参照】北陸朝廷の存在を昭示する神風串呂 (№20)
「金ヶ崎神宮」-「政所町」-「御在所山」-「国府町・天王山忠魂碑」-「御薗町」-「上野」-「一色」-「皇大神宮内宮」

(8)神守町(かもりちょう、愛知県津島市)

神様の御守護があった事、具体的には三浦氏や新田氏を始めとする忠臣達のまるで神様のような守護があった事を表わす。

愛知県津島市神守町
三重県松阪市神守町

(9)南山町(みなみやまちょう、愛知県瀬戸市)
大明見が、南朝正統家の御所であったことを表わす。

(10)丸山(長野県下伊那郡阿南町)
「まるさん」は、「丸三」で、丸に三つ引きの家紋を用いている三浦氏を表わす。富士谷の御所は富士大宮司三浦氏の拠点であった。

リンクの地図は右上の「地理院地図Vector」をクリックすると見られます。

(11)醍醐山(だいごやま、山梨県南巨摩郡身延町一色)
大明見は、後醍醐天皇から皇位を継承した神皇正統家の御所であることを表わす。国内二ヶ所のユニークな地名(山岳)

(12)大明見(おおあすみ、山梨県富士吉田市)
富士谷御所のあった所。国内唯一の地名。

山梨県富士吉田市(地図マピオン)

(13)五辻(いつじ、千葉県香取郡多古町)
興国天皇(守永)の別称。大明見を神皇正統家の御所と定めたのは興国天皇(守永)であり、小室門院元子内親王の御父である。リンクの地図は右上の「地理院地図Vector」をクリックすると見られます。

【参照】興国天皇(守永)についての詳細はこちらをご覧下さい。

4、この串呂の解釈と串呂哲学的考察

公文」-「神代町」-「南古都」-「新田」-「⛩松尾大社」-「鏡山」-「政所町」-「神守町」-「南山町」-「丸山」-「醍醐山」-「大明見」-「五辻」

この神風串呂は『大明見は、「後醍醐天皇」の神皇正統「五辻の宮(興国天皇)」が三種の神器を奉じて南朝正統の御所とお定めになり、富士大宮司家の三浦氏及び新田氏が股肱の臣として、此の神皇正統の天子を守護し奉った、南朝の古の都に絶対間違いない』と確定神示立証し給う神風串呂であります。(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』195~196頁)

山梨県富士吉田市大明見は、後醍醐天皇から伝わる皇位(三種の神器)を継承した興国天皇(守永)が定めた南朝正統家の古の都であり、新田氏や三浦氏を始めとする忠臣達の神のような守護を得て天下に号令を掛けていた政庁であったことを、⛩松尾大社が守護し立証している。

大明見が神皇正統家の富士谷の御所であることを表わす、実に的確な地文が串呂していて、串呂主宰神の偉大さとご配慮がよく分かります。

【参照】富士谷御所(大明見)の神風串呂(№71)
(1)「吉田」-「京丸」-「小室沢」-大明見-「南元宿」-「元町」
(2)「小室山」-「忍草」-大明見-「南」-「焼山峠」-「御所平」

【参照】『富士谷 長慶院仙洞御所略図』(不二草紙 本日のおススメ)

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💟皆様方の御支援に感謝しています!

読者の皆様方のご支援に感謝しています!三浦芳聖先生の著書を復刻し、地文の住所を新住所に改め、プロのグラフィックデザイナーに依頼して串呂図のCG化を推進しています。今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。


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🟠情報拡散のお願い

この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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