鳥居萌30首連作「Speed of Light」(歌壇賞応募作)
光あれ そして光子が先へ行く あらゆる星を後に残して
遠景 街は乾いた日を浴びて夏の記憶を薄れさせゆく
目蓋の下で透明な光が通過した ナトリウムチャネルは気づかなかった
これ短歌なのかな袋に手を入れて赤玉を出す白玉も出す
とりあえず話すけどさ、言ってることわかりますか、わかるって言うけどわかりますか
説明が下手なら下手でおいておく 遠くの山なみがすずしい
犬がどうしても連れ出してくれる行くとか行かないでなく靴をはく
右側をあるけば鈴懸の葉音、降るような斜めの光
走りだす犬に遅れてついていく犬の速度で流れてく木々
光の徳は速いこと たったひとりでどこまでも行くこと
暮れかかる日を捕まえるときですら人を待つからやさしい犬だ
口を開くと意味〈しんじつのあのそざつなけいしき〉が出てきてしまう、わかるか、わかりますか
地球の毛並みを見たことがあるか 空の縫い目から光が漏れてきれいだ
いつまで歩いても影が消えない 影の側に立つ
くらやみの国(のひとつ)は残忍な理解のために滅んだという
*
くらやみの国は無限にあることが証明されて夜はまだある
死すべき人間死すべき犬死すべき星々あと何度夏がある?
来てない秋にまで気づいて排水溝までよく覗いていく犬、光の関係で赤目
君は君の概念に気がついているが、言葉を持たないので誰にも伝わらないのだった
老犬を抱いて歩く 犬のいた街はいつまで犬のいた街
遠吠えの意味を知ることなくついに薄明を背負う番がきていた
ここから先は走っていく 二本足のけものにしか通れない分光器がある
歩くのが遅いやつらをみな置いていけたらよかった遠くに鳥が
どこにも飛べなくても犬は気にしなかった 見えないけど手を振る
説明したら詩ではなくなるんだろうか あれは地球だけれど
めでたいのかめでたくないのかめでたいことにするのかなんでも失くすからせめておめでとうと言え
すべてわかっていそうな犬と終わらなかった世界を何度も思い出す
観測されなかった光がまだ走っているずっと走っている
みんな犬のことを忘れた銀河で犬だった原子がゆっくりゆっくりまわる
惑星や生命を構成する元素は、全て恒星の核融合によって生成された。だとすれば
うちの子は星の子だったんだねあたたかい耳に触れれば夕の香のする
◆ おまけ ◆
この連作は構造を先に決めて作りました。
以下に制作過程の写真が並んでいます。