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【歌会録】He rules the world. わたしが生き延びるために彼を殺さなければならない

He rules the world. わたしが生き延びるために彼を殺さなければならない

山城 この歌も、つらい(笑)この〈He〉っていうのは、抵抗すべき総体としてのheだと思って。現代社会の政治に引きつけて読むとしたらドナルド・トランプになってしまうかもしれないけど、別にトランプじゃなくてもよくて、この世に「トランプ」はいっぱいいるわけじゃないですか。だから、この歌に関しては特に言うことがないというか、全部言っている。そうだよね、殺さなければならないよね、という気持ちになってしまった。韻律は気持ちいいところがあるなと思いました。英語とか、日本語とは違うタイプの音を持っている言葉が入ってくると読み方が難しくなるときがあるけど、この歌は結構ノッて読むことができました。田丸まひるさんの『硝子のボレット』に〈愛してるどんな明日でも生き残るために硝子の{弾丸|ボレット}を撃つ〉という歌があって、私結構この歌好きっていうか、「がんばれ!!」っていう気持ちになって泣いたんですけど。「みんなどんどん弾丸撃ちなよ!」みたいな気持ちになったので。すみません私、ちょっと暴力に同調してしまう。他にいいと思った歌があったから取りませんでしたが、この歌は結構いいと思った。

川野 〈He rules the world〉は「もろびとこぞりて」の歌詞だから、〈He〉というのは第一義的にはキリスト教の神じゃないかな。私も最初、この〈He〉は特定のheだと思って読んでいたんですが、そう錯覚させられるところが面白いところなんじゃないかなと思うんですよ。つまり〈彼〉と呼ばれる存在がこの世界を支配している、とそのまま読むと、〈He〉も〈rule〉も暴力的なイメージで怖いじゃないですか、確かにそんな〈彼〉のことを殺さなきゃみたいな気分になって、一見〈He rules the world.〉とそれ以下が順接に見えるんですよ。ところが、もう一回読んだときにこれってキリスト教の文脈なんだって気付いたとき、〈He rules the world.〉っていう言葉の意味が変わってくる。世界を支配する〈彼〉=男性というイメージと、神のイメージが重なって、歌の中のこのフレーズの意味だけじゃなく、これまで知っていたこの歌詞の意味まで変わって見えてくると思うんです。すごく暴力的な、しかも男性であることが大文字で示されている存在が世界を支配している、この男性原理の思想そのものが世界を支配しているということが分かってくる。キリスト教の文脈を引いているからといって、この歌は単に神を殺さなきゃいけないって言ってるわけじゃなくて、男性として表象されるこの「神」を殺さないといけないし、男性として表象される神が支配することになっているこの世界の男性原理を殺さなければいけないっていうことで。だから実は前半から後半には大きな飛躍があって、結構これは挑発的というのかな、強い歌だなと思いました。ただ「そういえば神は『彼』って呼ばれているんだ、確かに知ってはいたけど……」みたいな、その衝撃を受けることができるかどうかは〈He rules the world.〉という語句の出典が分かるかどうかに左右されてしまう。分からないとこの語句とそれ以下がべたべたの順接に見えてしまいますよね。それでもこの歌の中では種明かしをしないところがいいなと思うんです。自分の中に「ああ、『彼』か……」という気付きが訪れて、衝撃を受けるみたいな。

山城 今の読みを聞いてなるほどと思ったんですけど、神を殺す的な発想自体はよくあるような感じがしてしまう。

川野 「神を殺す」っていう方が「人間を殺す」っていうより簡単な気はしますよね。

山城 だから神だっていうのが分かっちゃうと、それはそれで面白いんだけど、〈神〉と〈殺す〉は結構ついている感じがする。神は死んでいる派の鳥居さんどうですか。

鳥居 人がニーチェかぶれだからって……(笑)これはニーチェだなと思いました。

山城 ニーチェだなと思った!?

鳥居 そう(笑)最初この歌よく分からなかったんだけど、芽生ちゃんの評を聞いて、これはニーチェの精神だなって。ニーチェの言っていたことは、われわれはもう神を殺しちゃったじゃーんってこと。キリストを十字架にかけちゃったこともそうだし、神無しでいろんなことをやっていこうとし始めたのもそう。でもみんな神が死んだことに気づかないふりをしている。神なんてもういないみたいな顔をしながら、生活やら社会やらの中には、ばっちり「神」の姿があるわけです。この歌でいうと、それも『彼』すなわち男性として表象されてちゃっている神がね。(編集注:増補にてニーチェの話の補足があります。)

斉藤 うーん、よくある神殺しのパターンっていうのは、神と自分との関係においてどう神と対していくかっていうときに殺すんだと思うんですけど、やっぱりここで言っているのは、みんなの中にいる神を殺さなきゃいけないっていうことだと思うんですよ。たとえば〈He〉がたとえばトランプを指すとしても「トランプ」っていっぱいいるわけじゃないですか。この世のトランプ的なものすべてを総括したものが倒すべき存在なわけなんですけど。神と自らとの関係じゃなくて、社会の中にいる神。社会の中にいるトランプ。

鳥居 この歌がいいのはさ、彼を〈殺した〉でも〈もう死んでいる〉でもなくてさ、〈殺さなければならない〉んだよね。生き延びるためだからさ。〈He rules the world.〉だから、〈彼〉はめっちゃ強いわけじゃん。めっちゃ強いし、みんなの中にいるし、勝ち目があるかないかっていったら多分あんまりないんだよね。でも、生き延びるためには殺さなきゃいけないって言ってるのが、そうなんだよ!みたいな。生き延びるんだよ!みたいな。

山城 そう、この歌結構前向きじゃんと思うんだよね。いいなと思う。つらいけど。

鳥居 つらいけどね。

山城 でもこの〈わたし〉の読みの確定は難しいところがあって、〈わたし〉っていうのがこの中の誰かだっていう前提で読んでるから共感レベルが高いけど、〈わたし〉が無色だった場合に、使い古された神殺しと何が違うのかっていうことが分からないなと思います。

川野 そう、そこはあるんだけど……。〈生き延びるためには〉じゃなくて〈生き延びるために〉であるところがいいと思っていて。〈生き延びるためには〉だったら、単に事実だと思うんですけど、〈生き延びるために〉だと生き延びなければいけないっていうことだと思うんですよ。〈He〉的存在よりも自分の生存の方が優先するっていうこと、その選択をすること自体がだいぶ難しいことじゃないですか。生き延びることをちゃんと見据えているところがいいなと思いましたね。だから〈わたしが〉以下は言い方としてありきたりに見えてそこにはそれなりの強度があって、その態度にはすごく共感するなと思いました。

山城 我々はひいては〈彼〉を殺すためにこれから企画を起こしていくわけですけど。

鳥居 まとめに入ったな。

山城 え、でも、こ、殺せないの? もしかして。

斉藤 いや、殺せる殺せる。

山城 ほんとにですか?

鳥居 勝ち目がなくても殺さないといけないんだよ。

斉藤 ほんとだよ。そう。

鳥居 なんやかんやで最後に一番明るい歌が来たんじゃないでしょうか。

山城 これで!?

He rules the world. わたしが生き延びるために彼を殺さなければならない(斉藤志歩)


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