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アメリカの対中制裁と中国のEUV露光装置開発報道

中国が独自にEUV露光装置を開発したとの報道が4月末頃にありました。

それまでも中国からEUV露光に関しての論文がいくつか出ていた事から独自のEUV露光技術を獲得するのは時間の問題であるとは思われましたが、事実なら案外早かったなという感想を持ちました。

この装置が実用化された場合、中国は7nm世代以降の半導体製造に繋がる技術を獲得した事になります。

気になるポイントについて振り返ってみたいと思います。

EUV露光装置とは

現代の半導体チップの性能は微細加工の「世代」によって概ね決まってきます。

これまでチップのゲート長のハーフピッチが40nm、28nm、20nm、16nm、10nm、7nm、5nm、3nmと数字が小さくなるほど細かく加工する事が出来るので同じ面積に実装できるトランジスタなどの素子が多くなり、高密度化によって電子の移動距離が短くなる事で動作は高速になり、またデバイスが消費する電力は相対的に小さくなるというメリットがある他、一枚の素材基板であるウェハから採れるチップ数が増え収益性が良くなるため製品の競争力や付加価値に直結するのでチップを製造するデバイス製造各社は微細加工技術開発を競って来ました。
(微細化の弊害としてMOSトランジスタでは電子の流れを堰き止める閾値が下がりゲートリーク電流が無視できなくなる等の問題に対処する為の新素材やFinFETやGAAなどの新技術の開発も同時に必要になってきます)

左から、MOSFET、FinFET、GAA FETのイメージ(出典:Semiconductor Engineering)

現時点で「最先端」と言われ量産されているチップは3nm世代であり、これにはEUV露光装置という波長13.5nmの軟X線で回路のマスクパターンを素材の上に形成して素子や配線を加工できるようにする工程「リソグラフィ」の技術が鍵となっていました。

このEUV露光装置はオランダのASLM社が100%のシェアを持ってるものです。

従ってこれまではどの企業であってもASLMからこの装置を導入しなければ7nm世代以降の最先端半導体チップを量産する事は出来ませんでした。

アメリカの対中輸出規制

アメリカはオバマ政権後期から中国の増大する経済力を背景にした軍事的脅威を経済安全保障問題と捉え、それまでの中国協調路線から対決姿勢に転換し始めたと言われています。

中国製の通信機器に中国側からアクセスできるようなバックドア(抜け道)が用意され、機微情報やビッグデータの収集に使われる懸念が指摘されるようになります。

トランプ政権ではアメリカの安全保障に重大な懸念があるとして中国の半導体企業や通信企業をエンティティリストに追加して輸出許可要求事項を課しています

これにより
・5G通信機器
・先端半導体製品(10nm以下)、EUV露光装置
・それらの製造装置や設計ソフトウェア(EDA)
・最終的な軍事用途

などで中国企業との取引を事実上禁止する措置が取られました。

しかし半導体チップを解析していた研究機関によって中国の半導体製造大手SMICが7nm世代相当の半導体チップを製造し製品化し市場に流通している可能性が指摘されました。

■SMICが7nmプロセスで半導体を製造、TechInsightsがチップ解析にて確認
https://news.mynavi.jp/techplus/article/20220725-2407859/

7nm世代のチップは今ではEUV露光装置で製造する技法が一般的ですが、それ以前の技術や装置を組み合わて複雑な工程を経ればアメリカの対中制裁に抵触しない旧世代の装置であっても製造が可能なことは専門家の間では指摘されていました。
実際、半導体製造の最大手TSMCもEUV露光装置を導入して7nmチップを製造する前はArF液浸露光装置を用いたマルチパターニングで製造していましたが複雑な工程を繰り返すマルチパターニングでは製品の歩留まりを高めることが困難であった事と、製造工程の複雑化によって生産処理能力(スループット)が悪化して製造コストが上昇、製品価格が高額になってしまう事が問題とされASLMのEUV露光装置を用いれば同じ微細化レベルのArF液浸露光のマルチパターニングで製造するのに比べて約半分程度のコストで製造することが出来るため、EUV露光装置が実用化されて以降はArF液浸露光での7nmチップ製造はコスト面で現実的ではなくなっていました。

EUV露光とArF液浸露光のプロセスコスト(レイヤ当たり)の比較。EUV露光機メーカーのASMLが2016年7月に米国サンフランシスコで開催されたイベント「SEMICON West」で発表した資料

しかし、制裁によってEUV露光装置を導入できなくなった中国企業がTSMCが用いたArF液浸露光マルチパターニングを盗用して実用化したのではないかと見られています。

これを受けるように、従来の制裁では不十分との判断が下され2022年10月、バイデン政権はトランプ政権の対中制裁を強化する形で追加制裁措置を実施しました。
・HPC(ハイパフォーマンスPC)やAIに用いられる専用チップの禁輸
・先端半導体の定義を16nm/14nm以下に拡大
・それらの製造装置や設計ソフトウェア(EDA)、ArF液浸露光装置
・中国の新興AI企業など
・中国の新興メモリ製造企業など
・スーパーコンピュータや先端半導体製造に関わる企業
・仕向け地を中国とする先端半導体製造装置や設計ソフトの禁輸
・アメリカ国籍者の中国企業での先端半導体製造装置や設計ソフト業務

という品目、用途ともに更に踏み込んだもので西側同盟国である日本や欧州など第三国政府に働きかけ、それぞれの半導体関連企業にもこれらの措置を実施するように求める「対中包囲網」と呼べるものでした。

2023年中、日本やオランダ政府は基本的にこの制裁に追従する措置に踏み切るようですが最大の半導体製品「消費地」である中国との取引きが制限される事に日本や韓国、欧州のみならずアメリカ企業からもシェアを失うものとして懸念する声が上がっていました。

更に2022年8月に成立したCHIPS及び科学法によって補助金を受け取った半導体デバイスメーカーは中国などの懸念国において最大10年間、先端半導体やレガシー半導体を製造する能力を拡大する場合に厳しい制約を受ける事になりました。

これらは自由貿易の理念を棄損するものとして懸念する声が上がっていますが、アメリカはINF条約以降遅れていた自国のミサイル開発などでミサイルギャップを埋めるための時間稼ぎの側面があり、中国が最先端半導体で技術獲得を少しでも遅らせる事が真の目的であるように思われます。

中国の反応

アメリカの対中制裁に中国は反発したものの現実問題としては当面は先端半導体を諦めざるを得なくなりました。
その代わり制裁に抵触しない古い世代の「レガシー」な分野や、後工程と言う出来上がったチップをパッケージに封入するなどの分野では存在感を増し、新型コロナ後の経済回復基調に合わせて半導体の売り上げを急伸させています。
いわゆる「ロングテール戦略」に切り替えたものと考えられました。

中国のEUV露光装置

しかしそれで中国が先端半導体製造を断念した訳ではなく水面下ではアメリカの対中制裁以前からの先端半導体製造研究開発が継続されていたようです。

一時期は中国でもこれらの先端半導体製造装置の国産化が目前と言うところまで来ていたようですが、西側企業の部品を多く使用した装置であった事からアメリカの対中制裁によって失速したとみられていました。

ASLMの初期のEUV露光装置では極端紫外線を発生させる強力で実用的な光源や紫外線域でも高い反射率を実現する特殊な積層ミラーなど世界中の先端技術を有する100にも及ぶ企業から調達した10万点の部品で構成されており、制裁下の中国がこれらに代わる部品をすべてを中国国内で賄うのは相当に困難と見られていました。

更にEUV露光ではマスクパターンをレジストに正確に結像させるEDAソフトやEUVに良好な反応を示すレジスト素材など、克服すべき技術的課題も多く困難であると見る一方、EUVフォトレジストの原理的な事は既に知られており、欧州の国際研究機関imecやアメリカ企業の多くにも博士課程研究員を含む中国人研究者も在籍してきた事から中国がいずれ成し遂げるのは時間の問題でありアメリカの制裁は中国の国産技術開発を後押しする事になるだろうと言う見方もありました。

服部毅先生と田中秀治先生のTwitter上でのやり取りによれば中国がEUV露光装置の光源とミラー、ステージなどを開発し開発完了段階に近いのではないかとの事でした。

その後、中国側のニュースサイトなどから関連記事が削除されてしまったようで真相は不明ですが、かなりのレベルにあるものとみられます。

ここで気になるのは、こういった装置が生産ラインにいつ頃投入されるのかという事です。

製造現場では研究室で新プロセスを実現するのとは別に、製造ラインに導入される装置の製造とそこで用いられる材料素材の生産や設計ソフト、実際に素子や配線を造り込むドライエッチング加工技術や装置、品質管理や工程管理といったような安定して良品を造り続けるための「生産技術」の確立も同時に必要になってきますので、実際に製造ラインで製品を造り始めるには更に時間を要すると見られます。

製造に特化したファウンドリー企業TSMCであっても新しいプロセスの開発に際しては実際の製造ラインの一部を製造装置メーカーや素材メーカーに提供して共同で生産技術の確立を最短で実現する為莫大な資金力でテストを繰り返しましたし、垂直統合企業のサムスン電子も設計から製造工程までの各部署が協力して平行開発で開発期間の短縮を図って来ました。

中国「独自」のEUVリソグラフィが他の企業の特許などを完全にクリアした物なのか、そうでないのかによっても今後の制裁の度合いは変わって来るとみられますが、なんにしてもまず製品が出て来ない事には真価は判断できないでしょう。

しかしその頃には先行していたTSMCサムスン電子は先行投資の回収を既に終えて利益を出し始めているので開発費が大幅に削減できる等の特別な条件が無ければ自由貿易競争下では後発では太刀打ちできない事から中国のEUVリソグラフィ技術の獲得の目的は採算を度外視できる分野での競争力を高めたいという目論見があるのだろうと思います。

参考資料

・webリンク
特集 米国トランプ政権の動向と米中通商関係中国の対米通商関連政策

加速する米中デカップリング:米国主導の対中半導体輸出規制とその事業影響

バイデン米大統領、CHIPSプラス法実施の大統領令に署名、運営委員会を立ち上げ(JETRO)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/08/4706aa0d8f4efa0d.html

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