見出し画像

日本が半導体復権に拘らなくてはならない理由


なぜ最先端を目指すのか

世界的な半導体製造請負のTSMC熊本進出や北海道に先端半導体生産を目指すラピダス設立など何かと「半導体」が意識される昨今ですが、なぜそこまでするのかとの疑問も聞かれるようになりました。

日本の半導体産業はトランジスタラジオの成功に始まり電卓競争などを経て1990年代にかけて半導体世界シェアの中で大きな存在感を持ち「電子立国」を自認していた時代もありましたが日米半導体協定や円高誘導政策、水平分業化と激しい国際競争にさらされると次第に競争力を失い、今ではシェア10%でイメージセンサーやパワー半導体を得意としてきた企業を除くと材料や製造装置、設備などで強みを持つに留まります。

凋落の兆しが見え始めた当時、復権を目指し国費を投じた「国プロ」は目覚ましい成果を残せたとは言い難く、一般には失敗の連続であったと評されており、資本と技術の集約産業である半導体事業で国際分業の役割が固定化された現在、最先端開発競争への参入ハードルは以前よりはるかに困難なものとなっていることから業界関係者からも政策主導の産業政策支援に疑問が付されています。

しかし半導体を巡る国際的な環境は大きく変化しています。

・商材から戦略物資となった
・地政学的及び地経学的リスクが高まった
・米中対立とその変化に備える必要性
・省電力や次世代半導体への需要

といった要因から、自国及び同志国間で各種の半導体を調達可能なエコシステムを構築する事が国家にとっての大きな課題となっています。

リスク要因

・計算資源
AIブームによる計算資源への要求が高まる中、電力不足によってそれ以上の増設が出来ずに頭打ちになる日が訪れるとみられ国のエネルギー政策の早急な対応が求められますが、同時に効率の良い半導体の開発も必要となります。
集積度が上がると消費電力の増大に比例して熱密度も上がっていくため、電圧をかけて高速計算を続けることができなくなる事からもエネルギー効率の良いチップが待ち望まれる状況です。

また次世代コンピュータと目される量子コンピュータは従来型のノイマン型コンピュータに比べ1000倍も高速に計算できるものであり時代を変革する可能性を秘めていますが、現在の方法では出力結果に揺らぎが含まれるため、膨大な量のエラー補正をする必要があります。
そのため、量子コンピュータにも従来型の高速演算半導体チップが必要となり、それは開発が急がれている2nmやその先のビヨンド2nm製品であると目されており、ネックにならないためにも最先端半導体を確保する必要があります。


量子コンピュータなどで計算資源が爆発的に増大し、エッジコンピューティングで誰もが国家や巨大資本企業が独占している先端テクノロジーを手軽に利用出来るような時代が到来したら、何が起きるでしょうか。

エッジコンピューティングへのシフトといったトレンドの変化が起きるとそれまでの主力製品が一気に陳腐化する可能性があり、自前で設計から生産までできる事は、出来ない事に比べて大きなアドバンテージになります。

また半導体は性能が向上することによって新しい製品分野や産業を創出する性格があるため、高性能半導体によってAI搭載の自動運転車やAIロボットといった「21世紀に実現する未来」を実際に体験する日がすぐ先に来ている時に全てを海外に頼っていたのでは「デジタル赤字」のように国富が海外に流出する一方となってしまいます。

世界を席巻した日本製の家電が製造業のデジタル変革によって衰退し、今また自動車産業もこの「デジタル化」の変革の時にあって日本が独自に開発を進められないとしたらやはり新興勢力にシェアを奪われていくことになるように思われます。


・高度人材の確保
半導体が有望な産業である国には有能な人材が集まり、国の競争力に貢献しますがそういった産業が育っていなければ有望な人材を集めたくてもそもそも居ないという事になりかねません。

人材難で事業が立ち行かないといった衰退パターンは避けたいところであり、そのためにも人材育成から就業し活躍できる場が求められます。


・世界情勢の急変
例えば台湾有事が起きて台湾から半導体が入らなくなった場合、日本のGDPは10%以上減少するとの試算があります。

コロナ禍による半導体不足で自動車やエアコン、電化製品の生産が滞って混乱をきたした記憶も新しいですが、それを超える事態に備える必要性を痛感した人も多いと思います。


・時代のサイクル
歴史を俯瞰すると時々覇権が別の国に移り変わる変革が起こります。
ここでは深く触れませんが造船技術や軍事技術、金融工学の発達など、そこにはテクノロジーの変遷がありました。

著名投資家のレイ・ダリオ氏らは、パクスアメリカーナが丁度その節目に差し掛かっていると言います。

2024年のアメリカ大統領選挙ではカマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領が互いに属性やイデオロギーの違いから対立を煽り、アメリカ国内の分断が急速に進んだように感じます。

足元がぐらついているアメリカの覇権に多極化世界を目指す勢力が各地で反アメリカの狼煙を上げている現在、少なくとも覇権シフトの素地は出来上がりつつあるように感じられる事も増えてきました。

2024年は「武器化」というワードをよく目にしました。
それまで兵器でないものを使って圧力を掛け相手勢力を疲弊させることを指しますが、半導体は生産活動全般に影響を及ぼす事ができるため、これを相手に渡らないようにしたり、爆発性のトラップを仕込んで文字通り「武器化」する事例も見られるようになりました。

その時に日本独自の立ち回りが出来るためにも高い技術力を有している必要があるのではないでしょうか。


・資料

書籍
2040年 半導体の未来 小柴 満信 (著)


日本半導体物語 ――パイオニアの証言 牧本 次生 (著)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?