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Kirin9006Cの考察
2023年、Huaweiの新型スマホMate 60 ProにSMICの7nmチップが搭載されアメリカの制裁下でどうやって実現したのか様々な憶測を呼びました。
その直後くらいから「次は5nm」と実しやかにささやかれていましたが12月にHuaweiはQingyun L540ノートブックを発売し、そのプロセッサが5nm Kirin 9006Cと報じられ、中国半導体産業が7nmに次いで5nmも遂に技術を確立したかと騒然としました。
過去には台湾のTSMCも2018年頃、DUVリソグラフィのクワッドパターニングでAppleのiPhone向け7nmチップA12(N7)を製造していましたが、翌年にはチップの性能向上と製造工程の簡素化で約27日ほど時間短縮になったEUVリソグラフィに移行していましたのでTSMCであっても5nm世代は中国が製造装置を入手できていないEUVリソグラフィで製造しています。
Kirin9006Cはどうやって5nmを実現したか
世界のEUV露光装置シェア100%を誇るオランダASMLの露光装置を入手できていない中国のSMICはどうやってKirin9006Cで5nmチップを造る事が出来たのでしょうか。
可能性として7nmのDUVクワッドパターニングの延長で更にパターニングを繰り返す事で更なる微細化は可能であるとされていました。
ただし研究室で少量試作するのと、工場で長期間高い歩留まりを維持するのは別の話になります。
実際の製品を造る製造工程では様々な要因で不良品率が上がってしまう(歩留まりが下がる)事が起きてしまうので製造各社ともいかにこれに対処するかに腐心しており、競業他社に対して優位性を競う源泉の一因となっています。
しかし工程を増やす事で形作られるパターンがボヤける現象によって容易に歩留まりは悪化しますし電気的特性も悪化するため、性能向上をさせるのが難しくなります。
何より製造に手間がかかる事で製品一つごとの価格は上がってしまいます。
更にSMICが購入する事が出来たDUV露光装置はマルチパターニングで重要な重ね合わせの精度、スピードとも新型の露光装置に劣る事から採算を度外視してでも数年間に渡り細々と造り続けていたのではないかとも見られました。
もう一つは中国が輸入できないEUV露光装置を遂に国産化したのではないかと言う可能性についてです。
これまでも研究室レベルでは中国もEUVリソグラフィの研究を行っている事は知られていました。
しかし扱う波長が変わる関係で露光装置以外にもレチクル(フォトマスク)もレジスト(感光剤)も検査装置も設計ソフトも周辺の要素技術全てをEUV専用で新たに開発する必要がありました。
それらも含めて遂に実用化したのでしょうか。
中国のテック系SNSではSMIC創業者が別に立ち上げたファウンドリにはEUV装置があり、制裁を避けるため秘密裏に製造していると言う噂も観測出来ましたが、それを裏付ける情報はありませんでした。
Kirin9006Cは制裁前にTSMCが造ったものだった
今年に入り、Bloomberg紙がカナダのリバースエンジニアリング会社TechInsightsにQingyun L540の実物調査を依頼した結果、Kirin9006Cはアメリカの対中輸出管理が強化される前の段階でTSMCに製造を委託していたチップと特徴が一致しているとの報道が出て来て、この「種明かし」に同社の株価が下落するなどしました。
報道ではKirin9000との酷似を指摘していますが、漏れ伝わって来る特徴からするとGPUがMail-G78 MP22と一致するKirin9000Eのものと思われます。
また一部にはこのKirin9000Eの選別落ち品でモデム機能をdisable(無効化)したものだとする主張もありました。
これらの事からKirin9000Eは2020年10月22日にリリースされた5nm世代チップであり製造はTSMCであると思われます。
更に、新設計と伝えられたKirin9006Cは2021年には既にQingyun L420に搭載されていたものであり全く同一の物、もしくは選別落ち品の在庫を出して来たと言うのであれば別段、驚くべきものでもありません。
今回TechInsightsで調査されたKirin9006Cのパッケージの刻印は2020年の第35週(2020年8月24日~8月30日)を示すものであったと言う事とも符合します。
以上から、Huaweiの最新ノートブックQingyun L540のSoCは3年前のものであると見て良いようです。
SMICの5nmは好調との観測は何を意味するのか
2023年の秋頃からSMICの5nmは順調であるという憶測が流れたのは何だったのでしょうか。
可能性としては、アメリカで対中制裁を強化したい勢力が半導体業界関係者にその可能性を語らせ脅威を演出したかったというものでアメリカ議会関係者から度々対中制裁強化が提案されてきました。
また、中国側がアメリカの対中制裁は無駄である、意味がない制裁は止めよという政治宣伝としてSMICに5nmをやらせようと言う向きで、これは特に中国国内では根強くアメリカの制裁は無意味論が繰り返されています。
DUVリソグラフィにせよEUV国産化にせよ、続けていれば何らかの形になるとは思いますが、その頃にはTSMCやSamsung電子、Intelなどのライバルは更にその先に駒を進めていると思われます。
そもそもの話ですが、製造されたプロセスノードを示すとされる「nm」は微細化競争が進む中で、既に何かの具体的なサイズを示すものではなく、今ではどういうプロセスを用いたかの参考指標のような意味になっており、同じ数字であっても各社のチップの性能は異なるものになっている為、仮にSMICがTSMCなどと同等の世代になったとしても、その性能まで同じである事を保障するものではありません。
この為、何nmなのかに驚くのではなく、どういった製造工程を経たかを見る事が肝要となりますが、一般には「遂に中国が5nm!」とセンセーショナルに伝えられるあたり、今頃Kirin9006Cを新製品として出してきた目的は達せられたのかもしれません。
Kirin9000Sについてはこちらにまとめてみましたのでご興味がおありでしたら併せてどうぞ。