中国半導体産業の実力は
・はじめに
2018年、アメリカのトランプ政権が中国の中興通訊(ZTE)社をイランや北朝鮮に不法に製品を輸出していたとして米企業に部品供与を禁止する制裁を発表したのを皮切りに米中のハイテク覇権争いが表面化しました。
華為技術(ファーウェイ)などの中国通信大手に米国の技術を使用した半導体関連の供給を禁止する措置はSMICが従来の設備で7nmという最先端から数世代後を追うチップを自主製造したもあり、バイデン政権下でも最先端分野に留まらず16/14nmという既に中国も技術を有し「レガシー」と言われる関連技術にまで拡大しエスカレートしています。
これに対し世界最大の「半導体消費地」である中国半導体業界では不公正貿易に当たると言う批判の他、短期的に中国半導体発展は停滞したとしても中国が先進半導体技術の国産化を加速させる事になり西側諸国の寡占的な技術的アドバンテージが失われるとの見方もされるようになっています。
中国は習近平政権の元、「中国製造2025」という改革スローガンで10の重点分野として次世代情報通信市場などをリードする為、半導体の国産比率を高める目標を掲げています。
アメリカの対中制裁はこれに歯止を掛けるもので、事実上中国が最先端半導体競争から脱落したように見えますが中国は最先端分野は当面諦め、従来技術分野の生産拡大でシェアを取りに行く戦略に切り替えてきたようにも見えます。
果たして中国の半導体産業の実力はどの程度のものでしょうか。
・現状
中国企業情報データバンク「企査査(Qichacha)」によると中国では2020年に2万3100社、2021年に4万7400社が半導体産業に新規参入しており世界半導体企業トップ100のうち42社が中国国籍(2022年、全国経済人連合会)との事でした。
2019年のコロナ禍による世界経済の停滞やアメリカの対中半導体規制による打撃で落ち込んだ中国半導体市場も2023年度以降は回復すると見られ、旺盛な需要があるようです。
しかし中国半導体需要は依然輸入半導体に支えられ、大きな貿易赤字を生み出しており中国製造2025で目標とされている「中国内の半導体自給率を2025年までに70%に引き上げる」という項目は外資系企業の中国工場生産分を加味しても20%程度に留まると見られています。
中国のICチップ自給率は
・CPU 0%(サーバー・PC)
・MPU 2%(工業)
・FPGA/CPLD 0%(ロジックデバイス)
・DSP 0%(デジタル信号処理)
・AP 18%(モバイルデバイス)
・通信処理 22%(モバイルデバイス)
・EMBEDDED MPU 0%(モバイルデバイス)
・EMBEDDED DSP 0%(モバイルデバイス)
・NPU 15%(コアネットワークデバイス)
・DRAM 0%(メモリ)
・NAND FLASH 0%(メモリ)
・NOR FLASH 5%(メモリ)
・ドライバ 0%(テレビ)
・マイクロプロセッサ 5%(テレビ)
※中国半導体協会 2018年中国ICチップ自給率
となっており、通信機器で若干の国産化が進んでいますが、依然として多くが輸入に頼っています。
中国の半導体産業は軍事用の電子部品としてスタートしていますが旧ソ連からの技術移転によってトランジスタの製造が始まり、1958年に国産化に成功し、第二次五ヶ年計画で電子産業が「国家重点産業」として位置づけられ殆どが軍需に使われていました。
その後、中ソ関係が冷え込み技術支援が得られない中、台湾国民党との対立、ベトナム戦争に介入した米国との全面戦争を想定し、工場や技術者を沿海部から内陸に移動させる「三線建設」が1966年から始まり益々電子部品の軍備優先色が強まり1969年の「全国電子大合戦」でトランジスタラジオなど民生品向け半導体生産が立ち上がった時期はあったものの、文化大革命では中央指導部によって電子産業より鉄鋼生産を優先させると言う政策決定がなされた事やCOCOM輸出規制の影響などで低迷期に入る事になりました。
1978年の改革・開放によってようやく海外から民生用ICの技術導入が始まりましたが、世界との格差を埋め合わせる動きは2000年、国務院の半導体企業への資金供与や税優遇政策などを盛り込んだ半導体産業強化政策「18 号文件」によって本格化するまで待つことになりました。
2000年代に入るとアジア、中でも中国経済の発展に伴いパソコン、スマホ、デジタル家電などの需要急拡大に対応する為、製造技術を最優先とし不足するものは海外からの輸入に依存、特に1990年代において国策による垂直統合型企業の立ち上げが上手くいかなかった事でファウンドリや設計などのファブレスに転換し「中国ICT産業ファンド」の巨額の政府資金は巨大半導体工場建設に主眼が置かれ、製造装置や素材などの結果が出るまでに時間がかかる要素技術の積み上げが重視されなかった様子が伺えます。
世界半導体市場統計(WSTS)によると2018年の中国半導体産業は
設計、38%
製造、28%
パッケージング&テスティング、34%
となっており労働集約型の工程に比重があります。
自社設計→外部生産→自社消費
のビジネスモデルが定着している事になります。
ここから中国が製造の絶対数を増やすには、これまでTSMCやSamsungなどの海外ファウンドリーに委託していた製造を国内で賄う必要がありますが、アメリカの対中半導体規制により製造装置が購入できない状況にあり、製造装置の国産化が命題である事が分かります。
・国産化の阻害要因
・技術的ギャップ
まず、製造装置を造るためには要件をクリアできる構成部品を納入するサプライヤーの存在が不可欠ですが、そういった製造業者は中国国内ではそれほど存在していないと見られており、国外から調達する必要があります。
また日本や韓国、台湾が本格的に半導体事業に参入した時期に比べると要求される技術水準が格段に高くなっており、これまで「無い物は造る手間をかけるくらいなら購入すればよい」という商習慣が根強い中国において、新規で製造装置を製造するのは至難の業と言えます。
特に最先端半導体製造に必要なEUV露光装置は光学、科学、機械的に高度に統合された複雑装置を造れるオランダのASML社が100%の独占状態ですが、これはベルギーの国際研究機関imec支援の下、主なユーザー企業であるTSMCとなどのファウンドリのクリーンルームにおいて100万回にも及ぶ試射を繰り返して調整する事でようやく量産でも安定した歩留まりを達成できるものであり、装置毎に十数人の専任技術者が常駐して能力を維持しているとも言われており、装置単体をどこからか調達して工場に据え置けば誰でもTSMCと同等の品質、価格の最先端半導体チップをすぐ量産できるという訳ではなく、中国からEUV露光の論文が発表されているようですが、そのまま量産化出来る訳でもなく「実際に使われる環境で造りこんでいく」という作業でも下積みが浅い中国の国産化では手間取ると見られます。
・人的要素
中国の半導体産業で研究開発を担う研究者、製造運営を担う技術者共に充足できていないと見られています。
その為、これまでアメリカや日本、韓国、台湾などから高待遇での引き抜きが問題視されてきました。
アメリカの研究機関や半導体製造産業には約1%強の中国籍人員が勤務しており一定の技術移転を担っていましたが、アメリカの対中制裁によって今後はこのルートでの交流が断たれる事になります。
また製造業務に携わる技術者は言語圏が近い台湾からの募集に依存してきましたが、こちらも守秘義務などの観点から難しくなると見られます。
・200mmウェハ問題
ボリュームゾーンを狙う戦略の上では200mmウェハに関わる問題が起きそうです。
回路を造り込むウェハは高収益化の為に微細化と同時に大口径化を繰り返して来ました。
現在の最先端半導体工場は300mm(12インチ)ウェハに移行していますが、レガシーと言われる200mm(8インチ)ウェハを使用する製造装置は150mm(6インチ)→200mm(8インチ)への移行期に比べ、技術的な隔たりや使用素材の変更などからそのまま流用出来ない部分があり、プロセス変更の再設計には18~36ヶ月掛かる場合もあるとされます。
多くの製造装置メーカーは300mmのラインの装置生産に移行しており、昨今の半導体不足においても200mmウェハを使用するラインの新規増設が進まなかった事から半導体不足長期化の要因の一つとされました。
中国では西側の300mm製造装置の技術者は既に中国を離れて技術サービスを停止しており垂直統合メーカーのラインから買い取った200mm製造装置でも既に入手困難な事から、中国での新規ライン立ち上げや製造装置国産化ではこの300mm/200mm問題も克服すべき課題となってきます。
・汚職問題
中国の問題として政治腐敗が政策の実効性に影を落として来たという歴史があり、半導体産業への巨額な資金供与もそれを当て込んで実体のない企業が大量に参入したり、また賄賂のキックバック、中抜きなどで実際に必要とされる資金が枯渇して事業がとん挫する例などが見られました。
相次ぐ国策ファンド汚職は産業政策の限界なのか
習近平政権では腐敗一掃に力を入れてきましたが、対象となるのは主に習近平氏との対立関係にある派閥に対する締め付けであった事から、根本的な解決に至るかは疑問が付きまといます。
・安谋科技(Arm China)問題
中国半導体の設計が急伸した要因としては独自設計ではなく既存のIP(知的所有権)の積極利用があります。
かつて日本の垂直統合型半導体企業が強かった時代には機密保持の観点からも独自設計に拘りがあり、独自の回路工夫が自社ノウハウとして積み上げられ強みにもなっていました。
しかし半導体チップの微細化が進み飛躍的に設計の複雑度が増した事やバリエーション管理の観点からも出来合いのIP利用が進むようになりました。
中国で数名の技術者が集まり設計会社を起業できる背景にはIP利用で開発の手間が大幅に軽減できるようになった事がありますが、IPベンダー大手のArmが提供する「ARMアーキテクチャー」が標準的になっていました。
しかし2021年にArmの中国国内でのライセンス権を持つ中国法人、安谋科技(Arm China)でCEOアレン・ウー氏の汚職を問題視した役員会がウー氏の解任を決議したものの、解任が決まったウー氏は会社の印鑑を保有し解任は無効であるとして上級幹部を追放して居座り続けました。
中国においては社印に法的な効力がある為、Armライセンスの販売を続けた安谋科技(Arm China)に対し、Armは新規IPの提供を停止する措置を取りました。
ウー氏や賛同する安谋科技(Arm China)社員は独自IP開発に踏み切り事業を続けたものの、この一件は中国におけるARMアーキテクチャー離れを引き起こしました。
一方でArmの最先端チップ技術である「Neoverse V」シリーズは中国への供与が出来ない事などからArmと安谋科技(Arm China)の内輪もめ問題は米中ハイテク覇権争いで争点化して来るかもしれません。
・まとめ
・アメリカの対中制裁は一時的に中国半導体産業の技術革新を押し留める事は出来るが中国経済の成長と生産需要を背景、巨額の政府資金投入によってレガシーな分野での成長は続く
・今後、自由主義陣営との断絶が続くと中国半導体は技術的な積み上げと人的資源、知財の更新に問題が生じ、長引く程キャッチアップが難しくなる
・半導体自給率を高めるにはアメリカの対中制裁緩和か製造装置や素材レベルでの国産化を図る他なく、産業に厚みがない中国においては困難と見られる
中国の半導体業界については統計データが公表されていない部分があるなど、最新の状況や全貌把握には課題が残りました。
産業については「基礎的な要素技術の積み上げが出来ていないのでは」という仮説を元に資料を集めたので、凡そそのような傾向になったかと思います。
・参考資料
・書籍
2030半導体の地政学―戦略物資を支配するのは誰か 太田 泰彦(著)
・web資料
今回は各項目について検索しながら書き足していったので参照したwebページ、Twitterアカウントなどが膨大な数に上る為、書ききれませんが以下に挙げる資料は現在、web上で無償で閲覧できる資料としてはよく纏められていると思いそのまま参照した章もあります。
・中国の半導体産業の発展可能性に関する要因分析 苑志佳 著
https://rissho.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=6774&item_no=1&attribute_id=20&file_no=1
・CSET-Chinas-Progress-in-Semiconductor-Manufacturing-Equipment CP Brief 著
https://cset.georgetown.edu/wp-content/uploads/CSET-Chinas-Progress-in-Semiconductor-Manufacturing-Equipment.pdf
・中国の半導体産業における垂直非統合生産システムの形成と発展 王 淑珍 (北九州市立大学)
https://cir.nii.ac.jp/crid/1540291245323029888