2021年度新刊ミステリよかったやつ10作(前編)
1年くらい前にtwitterでこういう放言をしたことがずっと頭の片隅にあり、
まぁ言ったからにはやるか~ってことで今年は例年よりよく新刊を読みました。おれが読む小説の多くはミステリというジャンルにカテゴライズされてることが多いので、今年読んだ新刊もたぶんだいたいがミステリだと思います。せっかくこんだけ新刊読んだんだし、よかったやつについて備忘録がてらに所感をざっと書いておきます。十進数に脳を毒されているのでキリよく10冊ピックして書きます。読んで「ほーん」くらいに思えて貰ったら幸い、もし参考になったら僥倖です。
作品のネタを割ってしまうことがないように注意は払いますが、ぼくの腕では情報を完全にシャットアウトすることは難しい(そもそも真相とその周辺情報に触れることを限界まで排した感想文、読んでてあんまり楽しいものにならないと思う)ので、もしこれを読んでる貴方にとって許せない「ネタバレ」があったらごめんなさい。
◆◆◆
相沢沙呼『invert 城塚翡翠倒叙集』
昨年度の本格ミステリ大賞『medium 霊媒探偵城塚翡翠』から引き続いてのシリーズ2作目。今回は、犯人が誰であるかが判明した状態で探偵の推理の内容を推理するというコンセプト型の連作短篇集でした。1篇目の「雲上の晴れ間」の推理が部分的に当てられたので、解けなくはないかもと思って2、3篇目からは問題篇で立ち止まって推理に参加したんですけど、そちらの方も推理が当たったり当たらなかったりしてたのしかったです。難易度設定が絶妙なんですよね。読者が手掛かりから推理を容易く辿れる箇所と、一筋縄でいかない箇所とが階層的に配置されている。推理への入り口が広くて、奥行きも充分にある。その構造は前作と共通ではあるんですが、階層的な難易度の推理と、推理当てという作品コンセプトがより合致しているのはこちらではないかと思います。
紙城境介『僕が答える君の謎解き 明神凛音は間違えない』
明神凛音は、真相を推理するための証拠がすべて出揃った瞬間に、犯人が誰であるかがわかってしまう――ただし、途中の推理を空白にしたままに。弁護士志望の高校生・伊呂波透矢は、明神凛音の告げる“真相”が本当であることを証明するため、彼女の推理を推理する。……こうしてコンセプトだけ抜き出してみるとどこの九十九十九だよって印象になってしまいますが、一応作中では、彼女は証拠に基づいて真相を閃いているが、その感覚的な推理を言語に落とし込むことが難しい――つまり、超自然的な能力を用いた推理を行ってはいない、という説明がなされています。そのため、彼女の推理を正しいと信じて推理をする人間つまり伊呂波のお役が回ってくる訳ですね。そんな本作の白眉はやはり第3話の「カマトト先輩と囚われた体育倉庫」でしょう。作中で唯一過去の事件を扱ったこの作品では、伊呂波の推理にある限界が示されます。そして彼は、推理を披露したことで思わぬ精神的危機に陥る。自分の推理が、行動が、人を加害する可能性。自分がすべての事象を推理できるとは限らないことへの無力感。……そうした危機に対して示された本作の幕切れ、伊呂波が見落としていた“自明の理”の事実は、もしかすると伊呂波にとって最も意外性のある真実だったかもしれません。この転換と「決意表明」が、本作を傑作の域に押し上げていると思います。
なお、続刊である『僕が答える君の謎解き その肩を抱く覚悟』も本作に負けず劣らずの秀作であり、第5話「一年七組とたった一人の正直者」の構造の複雑性、構図の清冽さには目を見張るものがありました。
榊林銘『あと十五秒で死ぬ』
示された謎に対して、見つけられた証拠を用いて論理を繋ぎ、真相に到達する。これが今現在ミステリと呼ばれる作品群の基本の型だと思っているのですが、この作品の論理の子細さ、推理から飛び出てくる真相の奇抜さは、明確に強みと言えるくらいに突出しているのではないでしょうか。抽象的な言い方でアレなんですが、今年度に読んだ新刊ミステリのなかで、推理から真相までの距離を飛距離で計ったときに、いちばん遠くまで球を飛ばしているな、と感じたのはこの作品集なんですよね。最初の「十五秒」なんてまずシチュエーションゲームとして十二分に面白いのですが、そこから飛び出してくるアイデアが導入を遙かに上回るくらいに面白い。こんなことを思いつく人間がいるのかと感動してしまいます。「首が取れても死なない僕らの殺人事件」なんて最高でしょ。馬鹿みたいな設定からクソ真面目な論証が紡がれ、応用編として頭のおかしい論理が風邪の日の夢みてーな光景とともに飛び出してくる。なんだこれは。
月村了衛『機龍警察 白骨街道』
今までに挙げた作品群と比べるとあんまり「おれは本格ミステリでござい」みたいな顔をしている作品ではないのですが、作品のクオリティを考えるとこの作品をピックしないのは嘘だろと思うので挙げました。死ぬほど面白い。本作は、皆さんお馴染み特捜部突入班の3人がミャンマーの奥地でミッションにあたるミャンマーパートと、特捜部の面々が国内での不審なカネの動きを追う日本パートを両輪として、細かく視点を切り替えながら物語が進行していくんですけど、どっちのパートもめちゃめちゃ続きが気になるんですよね。両方ともいいところで焦らしてくるし、片方が溜めのときはもう片方が思いっきり不穏だったりして、読んでる側であるおれのテンションがまったく落ちない。それでいて、物語の先には想定を遙かに上回る、絶望的な“思わぬ真相”が立ち現れる。敵味方の区別が付かないミャンマーの地で起こったある殺人の種明かしなんかは、さらっとやってるから一見簡単に思えるけどかなり高度だし、その真相もやはり後々に効いてくる。作品の〆のやるせなさたるや。本当に素晴らしい作品でした。もし読み終えたらこのnoteも併せて読みましょう。
十市社『亜シンメトリー』
「新刊ミステリ追いたいし読むか~」と思って読み始めたんですがとんだ掘り出し物でした。1篇目の「枯葉に始まり」がとんでもない傑作短篇なんですよ。なぜか無料で公開されているので是非読んでほしい。この作品が無料で読めるの本当に意味がわからない。
https://www.shinchosha.co.jp/book/353931/preview/
大学のジャズサークルに所属している先輩女・後輩男のふたり組のもとに、先輩女の後輩だった女子高生がある謎めいたインタビューの書き起こしを持ち込んできてふたりにそれを読ませる、っていうあらすじなんですけど、このインタビューを読解していくうちに、3人の関係図が微妙に様相を変えてきて、いつの間にやら思わぬ“対決”の構図が産み出されていくのが実に面白いんですよね。核心的なことを口にしないまま、言葉だけで作品世界に奥行きが生まれ、思いと思いのタペストリーが出来上がっていく。実に読み甲斐のある青春ミステリです。姉妹篇である「三和音」も含めて、是非とも読まれてほしい作品です。「三和音」は、どことなく連城三紀彦の恋愛小説を思わせるようなアクロバティックな関係図のスライドがあって、こちらも傑作です。
読者にちゃっかりと一撃食らわしてくる「薄月の夜に」も好篇ですし、表題作に至っては泡坂妻夫か何かかよって感じの訳わからない趣向が用いられています。表題作、よくわかってないところもあるので誰かインターネットに長文解説を投げてほしい……。
一旦〆。後半はまた書きます。