Episode3 エゾナキウサギのナギ
♯「泣き虫ナギ」
ピッ ピイッ ピー… ピイピイッ ピーー !
朝焼けの森に甲高い音が響く。
エゾナキウサギのナギは、いつも鳴いている。いや、泣いていると言うほうが正しい。やれ、「巣穴に小石が落ちてきた」だの
「自分が欲しかった食べ物を捕られた」だの
「暑い」だの、「水がない」だの。
よくもまあ、そんなに悲観することがあるものだと、逆に感心する。
「しまっち!ボクの回りでは、いつも不幸な事ばかり起こるんだ。」
そう言ってはまたピイピイと泣く。
ナギはメスだが自分のことを「ボク」と言う。
身に起こる不幸のいちいちを嘆き、泣きじゃくるその姿をしばらく眺めていたしまっちは、ゆっくり静かにこう言った。
「ナギ、君は毎日元気に生きてるじゃないか。それも不幸な事なのかい?」
ナギはまた、泣きながらに答えた。
「だってぇ、心配事は、減ることがないんだもの。ボクにだけ、みんなの何倍もつらい事が起きているのさ。ボクだけさ。」
しまっちは深く息を吸った後、静かに長く息を吐き、こう答えた。
「ナギ。命が続いていくって、それだけで幸せなんだよ。泣きたいだけ 泣くのも自由だけど、泣き疲れたらその時には、『ありがとう』って言って、いま生きていることに感謝をすればいいんだよ。」
「誰に ありがとうを言えばいいの?」
「『誰に』ではないよ。生きていること、そのことに感謝するのさ。」
「なんだか 難しいね。」
「そんなことないさ。ただ生きてさえいればよいのだから。
「うーん。しまっち、やっぱりボクは わからないよ…」
「おや、ナギ もう泣いてないじゃないか。」
「本当だ。心配するの忘れてた!」
「あはは。それでいいのさ。心配してもしなくても起こる出来事は、そう変わらないよ。」
ナギは、体毛が朝露に しっとりと濡れた状況をぼやく事も忘れていた。
「ナギ、もうすっかり朝だ。そろそろお休みの時間だから、この辺で失礼するよ。」
小難しい話に一瞬、心を捕らわれたものの、中身を理解しきれないナギを残し、しまっちの姿は、すうっと森のなかに吸いこまれていった。
おしまい。
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