ドラゴン・スレイヤーズ! 第二話
精強な竜討士たちの屍が累々と積み重なり、折れた大剣や槍、斧が大地に無数に転がる。
グレン「師匠!ダズン師匠!オレはまだ戦えます!」
左目を深々と抉られた少年時代のグレンは滝のように流れる血を左手で押さえながら残った右目で自分の左目を奪った銀紫竜を睨みつける。
ダズン「バカ言ってんじゃねぇ。フラフラじゃねぇか。とっととケツまくって逃げろ」
グレン「オレでも弾避けくらいにはなる……!」
足を前に出すも今にも倒れそうなグレンにダズンは鼻を鳴らす。
ダズン「弾避け?自惚れるな。ただの足手まといだよ」
口調とは裏腹に半ばから折れた大剣を握るグレンの手が全く震えていないのを見て弟子を見込んだ自分の眼力は間違っていなかったと確信する。
銀紫竜「お互いを庇い合う師弟愛。素晴らしい見世物ね」
妖艶な女の声音にグレンとダズンが同時に視線を上げる。
視線の先にはしなやかで優美な体つきの全長20mほどの紫の光沢のある銀色の鱗を持つ雌の高位竜(グレーター)の姿。人間以上の知恵と竜魔術という人知を超えた異能の力を振るう人類の真の天敵。
二人を見下ろす紫の瞳には深い知性の色が宿っている。
ダズン「随分、余裕だなぁ。まだ戦いは終わっていないっ!」
折れたあばらで肺が傷つき、下顎に溜まっていた血を地面に吐き捨てると震える手で真っすぐに大剣を構えて銀紫竜と向かい合う。
銀紫竜「大した闘志ね。老いぼれの肉は好かないけど、たまには趣味を変えてみようかしら」
銀紫竜にんまりと口角を上げ、うっとりと目を細めると外皮から分離した無数の鱗が粉雪の様に舞い始める。
ダズン「またそれか、芸がないな。ケチケチしないで息吹くらい使えよ」
ダズンは自分の指揮する大隊を壊滅させた竜魔術”銀紫竜の鱗粧”の発動にむしろ前のめりになる。
銀紫竜「別に構わないけど、貴方の大事なお弟子さんも一緒に蒸発しちゃうわよ」
嘲弄を隠さず目を細めた銀紫竜の口腔の奥に紫色の光の粒子が舞う。放射される膨大な魔力に威力に誇張が無いことを確信したダズンの額に脂汗が浮く。
ダズン「そりゃ困な。弟子を逃がしてからにしてくれや」
銀色竜「だ、そうよ。坊や。今日だけは見逃してあげるから、顔洗って出直してきなさい」
グレン「ふざけるな!俺を舐める……おぉ!」
グレンの言葉が終わる前にダズンが懐から取り出した竜魔術を組み込んだ緑色の宝玉をグレンに向けて放ると宝玉が強烈に発光してグレンの全身が球場の力場にすっぽりと包まれる。
グレン「!これは”転移の竜玉”……師匠!」
負傷した竜討士を戦線から離脱させるための最後の手段。師匠の意図を察してグレンは叫ぶ。
ダズン「オレの技の全てを教え込めなかったのは未練だが……お前の剣の才能は本物だ。オレよりも強くなれよ」
グレン「そんな……師匠」
自らの大剣に組み込まれた竜魔術を限界を超えて発動して最後の一撃に掛ける覚悟を決めたダズンはグレンに振り向かず、最後の別れの言葉を掛ける。
ダズン「あばよ!今まで楽しかったぜ」
力場を手で叩くもビクともせず、あらかじめ竜玉内に登録された座標まで転送するために竜玉は宙を舞い戦場から離れていく。
銀紫竜「後を託されちゃったわね。坊や。わたしの名前はジル。敵討ちを楽しみにしてるわ」
グレン「くそくそ!畜生!師匠!師匠ぉぉぉー!!!」
何もできずに銀紫竜ジルに挑む師匠の背中をなすすべなく見送るしかない屈辱感の中でグレンは目を覚ました。滝の様な汗に激しい動機。悪夢からの目覚めは最悪で呼吸をやっと整える。
グレン「!……はぁはぁ、また”あの”夢か」
大山竜級討伐から10日が過ぎた。
隊長就任には竜討士の里の長老たちの認可を得る必要があるため、グレンは里に帰還していた。
隊長就任を目前にして十年前の悪夢を再び見て最悪の寝覚めを誤魔化そうと、ベッドの横の箪笥の上にある水差しから一気に水を煽る。
グレン「しっかりしろよ。オレはもう隊長様だろ」
滅入った気をどうにかしようとグレンが頭を振ると、ふと壁に貼られた巨大な大陸の地図が目に入る。
大陸は真ん中から東西に分断されている。西の赤く塗られた領域が”竜の世界(竜界)"で東の青く塗られた領域が人の世界(人界)である。
グレン「あの赤い領域のどこかにいるんだよな……銀紫竜……ジル!」
復讐相手の高位竜の名を口に出して、潰されて固く閉ざされた左目に深々と刻まれた古傷を左手で覆い復讐心を燃やす。
グレン「オレはもう十年前のオレじゃねぇ。お前に潰された左目にとっておきの細工をした。見てろよ。次はお前の目をオレの大剣で抉ってやる」
グレンは決意と共に立ち上がると大陸の地図と向かい側の壁に貼られた戦絵巻を眺める。
ナレーション【―世界は人と竜と分かたれている】
平原で古代の戦士たちが長槍で竜と戦う姿や城壁の上からバリスタ(弩砲)を放つ中世の騎士たち。
そして、現代の大砲とマスケット銃で戦う帝国軍の兵士たち姿が走馬灯の様に流れ永い人と竜との戦いの歴史をグレンの右目が追っていく。
【―竜が人に食われるのは自然の摂理と食われるのは自然の摂理と人々が疑わなくなって久しい】
寝巻を脱ぐと傷痕だらけの身体に竜討士としての正装である戦衣とマントを見に纏い傷の走る左目に眼帯を装着する。
【―だが、自然の摂理に抗う者たちがいる】
絵巻に描かれていない続き。帝国上層部が表立っては認めない竜との戦いの陰の功労者。竜との戦いの歴史を語る絵では決して欠かせない得物一つで竜に立ち向かう戦士たちの雄姿。
―竜を討ち取り、血肉を食らって力に変える者たち。
討ち取った竜の死骸の上に大剣を突き立てた竜の紋章が描かれた旗をはためかせ、凱歌を上げる戦士たちの姿を思い描くとグレンの顔に自然と笑みが浮かんだ。
ナレーション【―竜討士(ドラゴン・スレイヤー)】