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9-05 「森に刺し貫かれて」


連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。

9周目の執筆ルールは以下のものです。

[1] 前の人の原稿からうけたインスピレーションで、[2]Loneliness,Solitude,Alone,Isolatedなどをキーワード・ヒントワードとして書く

また、レギュラーメンバーではない方にも、ゲストとして積極的にご参加いただくようになりました!(その場合のルールは「前の人からのインスピレーション」のみとなります)

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center
【前回までの杣道】


月光が俺の目を刺し貫く。野犬の唸りが崖下に反響する。森の闇が深まるほどに、空は煌々と輝きを増した。図と地は反転していた。月夜とはかくも明るく星々の団欒に満ちているものなのかと、17歳になって初めて実感した。学生服のまま冬山をさまよっていた。大木にしがみついて吠えるように泣いていた。なぜそんなことになったのか説明する。吹奏楽部のTさんは小柄でぷっくりしていて愛嬌たっぷりで、うぶな俺は高3のくせに彼女に愛を伝える術もなくデー トに誘う金もなく、募る想いに任せて無言で抱きついてしまい、その後ばっちり距離を置かれてしまった。ホテル経営者のボンボンが俺の醜聞を吹聴したからクラスに居場所はなかった。彼の放課後もまた、楽しくはない。所属していた剣道部では万年ベンチ要員だった。2年下のデカブツ後輩には掛かり稽古で恥をかかされ、遠征先に道着を忘れた時には監督から冷ややかな罵倒を受けた。俺は可愛がられない奴隷みたいな扱いを受けた。いつも勝負に弱い。パニックになり混乱してしまう。見切り発車で、思考の空隙の向こうに滑り込もうとする。コンマ1秒、つねに自殺的に駆け出している。なんかの診断を気軽にもらえる時代ならよかった。君は昔から病気でどうしようもない社会不適合者だった。高校の頃はマジにヒステリー性の失神を繰り返していた。喫茶店でぶっ倒れて店内で失禁したこともある。思いっきり神経症だ。夜、家に帰ればだいたい家族の誰かが荒れていた。これまたどうしようもない家。あの頃のことは思い出したくもないことばかりだ。飼い犬のダックス犬は、せまいアパートを小便まみれにして吠えまくっていた。思えば、あいつは我が家に渦巻く怨念の代弁者だったのかもしれない。まぁ言ってみればよくある青春かもしれない。失恋し、蔑まれ、彼は家に帰る気がしなかった。だから山奥で死のうと思っただけなんだ。着の身着のまま、冬山をさまよい倒れ込んだ。そういう限界状態で凍死寸前まで行く と、あらぬ幻覚を見るものだ。これは実話だが、俺の目には焼きついたブラウン管のように西郷隆盛の肖像画がずーっと映り込んでいた。12時間。ずっとだ。幻覚に理由はない。飲み屋でこの話をしても大してウケない。でも実話だ。
その後も君の腐った性根は変わらない。大学時代には神経薬を500錠飲み下し、横浜駅の西口で痙攣しながらゲロを撒き散らし1週間昏睡した。そういうことを定期的に繰り返す。昏睡から目覚め、自殺未遂で神経衰弱してますね、ということで桜木町の精神科にぶち込まれた時は心底安心した。ルサンチマンの極北に、詐病的な精神科入院がある。だがこんな詐病を完遂できるほどに精神こじらせたやつはやっぱり精神科にお世話になるべきなのだ。混乱してるが、これ実話。ちなみに彼は携帯からクレジットカードまで、あらゆる個人パスワードをこの病棟番号と看護師の名前の任意の組み合わせで管理しているんだ。これは余談。あの病棟ライフは本当に幸福に満ちていた。俺にとって一番安楽な時だった。松葉杖を振り回し威嚇する「赤チョッキ」、卓球台が大好きな「サガワ運輸」、夕焼けに大騒ぎする「お松さん」。昼は賑やかな面子だけれども、夜は各々が適用の薬を飲むので大抵はみんな一緒に安眠できた。そういう造られた睡りが、あの病棟にはあった。彼はあの半覚半睡の日々を今でも切望しているような気がしている。俺はあの場ではまともになれた。あの場では素直でいられた。ずっと病棟にぶち込まれていたい、看護師どもに憐れんでほしい。今でもそう願っているのかもしれない、という詐病体質への恐れが今でもあるのかもしれない。あるいは そうではないのかもしれない。ただひどく寂しいだけなのかもしれない。ついこの間も、道頓堀の雑居ビルのトイレに押し込まれ『星の王子さま』を読んで号泣して朝を迎えていた。俺はもうだめなのかもしれない。自殺する人間の権利を高らかに謳いたい。権利宣言したい。そういう夜が定期的にくる。まるで狼男みたい。また、あの冬山が呼びかける。満月が彼の目を刺し貫く。

「森のなかで、私は幾度も私が森を見ているのではないと感じた。樹が私を見つめ、私に語りかけているように感じた日もある。私はと言えば、私はそこにいた、耳を傾けながら。」 - アンドレ・マルシャン

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