“櫻”が幾年も咲き続けるには?(#23)
ある“酒工場”の移転
最近日本酒を生産している岐阜県の三千櫻酒造という会社の工場を岐阜県から北海道に移転するというニュースがありました。
良い酒を造るには冷たい水と良質の米、温度管理が特に重要となります。
工場の老朽化と温暖化の影響が相俟って、より酒造りに適した環境を求め、移転することにしたそうです。
中国の伝統芸能“京劇”
ところで1993年カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『さらばわが愛~覇王別姫』という中国・香港映画を御存じでしょうか?
覇王別姫という故事の性質上、東洋の『ロミオとジュリエット』と呼ばれることもある“悲劇”です。
舞台は日本占領下から文化大革命に至るまでの中国、この激動の時代を伝統芸能である”京劇”と京劇の養成所での修練、舞台での成長を通した主人公とその幼馴染を軸に描かれた愛憎超大作です。
京劇のルーツは清朝時代まで遡りますが、中国4千年の歴史においてはむしろ新しい部類の伝統です。
それでも200年以上の歴史はあります。
男性が女性を演じる理由
『さらばわが愛~覇王別姫』では主人公が旦(=女形)を演じております。
つまり、男性が女性を演じています。
それは日本における“歌舞伎”同様で、舞台演者はすべて男性が演じています。
そもそも、なぜ男性が女性を演じているのでしょうか?
京劇に関しては演者も観客も、男性だけで作り上げる劇として成り立った経緯があります。
また清朝も女性が演じることや観ることを禁じました。
20世紀初め、この禁止は解除され、女性役者も登場したそうです。
ですが男性役者ほどの人気が出ず、その形式は男性中心のまま留まったようです。
歌舞伎に関しては、江戸時代における風紀的な取り締まりからでした。
そもそも歌舞伎自体は安土桃山時代の出雲阿国の踊りに由来します。
出雲阿国は女性です。彼女たちは旅興行一座として各地を巡業しました。
目的は出雲大社修繕費を稼ぐためです。
その彼女の踊ったものが“かぶき踊り”と呼ばれ、現在の歌舞伎の大本となりました。
それは戦後のモンキーダンスやディスコ、90年代のジュリアナ、00年代のマカレラやパラパラみたいな感じでしょうか。
つまり“ブーム”でした。
やがて人気の後退が待っていました。
その中で遊郭と結び付きました。
女性がより艶やかに魅せ、男性に向けてアピールする”遊女歌舞伎”が誕生した瞬間です。
そうしたエロティックな要素で世が乱れることを懸念した江戸幕府は、女性が演じることを禁止されました。
清朝の京劇に対する働き掛けと似ていますね。
つまり、男尊女卑的発想の存在です。
でもどうやら、踊りは遊びの象徴として描き出されることが多いのは全く理由がないわけではなさそうです。
ポールダンスやストリップのような感じかもしれません。
実際、時代設定は異なりますが、『さらばわが愛~覇王別姫』と同じ中国の映画『LOVERS』でも女性の舞をみながら歓談するシーンがありました。
歌舞伎は依然男性だけで演じられ、それゆえ男性による“女性らしさ”が強調された新しい舞台芸術へと変化を遂げました。
対して現在の京劇では旦(=女形)を女性が演じます。
なぜでしょうか?
それは文化大革命において役者の数が減ったからです。
これは京劇において大きな悲劇でした。
櫻が咲き続けるためには
文化大革命はその後の中国政府において“失敗”を認めた政策であり、
発展を数十年後退させたともいわれています。
殊、京劇においてはまさに伝統断絶であり、絶望でした。
しかし文化大革命後、新たな形をとって継承発展して今に至っています。
三千櫻が何年も咲き続けるために、創業地を後にし、新しい土地を選んだように、不運や悲運に対してただ嘆いていても失われた過去は取り戻せません。
さらにこの先、後継者不足もますます顕著な問題になるでしょう。
たとえようのない怒りであっても、変化を受け入れない限り、伝統も文化も継承されることも発展することもないのかもしれませんね。
それを教えられたようでした。