【創作・小鳥書房文学賞投稿作】1/1から3日間の日記【3792文字】
第二回小鳥書房文学賞・募集テーマ『日記』に投稿したものです。創作です。
2024/1/1
0:00 年越しの瞬間は覚えていないがBjorkを聴きながら中原昌也『あらゆる場所に花束が……』を読みつつ、旧ツイッターで紅白の感想をチラチラ見ていたかと思う。大晦日に読んだ花村萬月『自由へ至る旅』の影響から、「夜が明けたらすぐに四国に旅にいこうかしら。大江健三郎記念館を目標に」とか思いながら。なお、調べてみると「大江健三郎記念館」というものは無いらしく、何故かそういうものがあると思い込んでいた。
『あらゆる〜』を読み終え、コーヒーを入れてダラダラして、ふと気分になったので小谷野敦『芥川賞の偏差値』を再読した。
10:00 目が疲れ、眠れそうと思ったので寝た。
16:06 地震で起きた。旧ツイッターを開き、「1月1日16:06:06」という速報を見て、悪いタイミングだ、とまず思ったことを覚えている。心が落ち着くまで棚を触ったりしていると、本震と思われる強い揺れが襲ってきた。体感5強。壁に面してない方の本棚が倒れないよう、必死に手で抑えた。が、自分ごと揺れていたのであまり意味がなかった。つっかえ棒が非常にいい仕事をしたので、本棚の上の古財布が落ちただけで済んだ。兄に貰ったばかりのパソコンも幸い倒れなかった。震える手で両親に無事を報告。母から「こっちは三人で避難した」とのこと。向こうはもう少し被害が大きそうだ。それで帰省しなかったことも少しは正当化された気がした。
アパートが台地のキワであるため、一旦家を出ようと思った。これから契約しようと思っていた自習室に行こうと思い、1月末にひかえた気象予報士試験の教材や過去問を、丁寧に選り分けてリュックに詰めて家を出たことを覚えている。まだ自習室の契約もしていないし、もっと荷物に入れるべきものがあるはずなのに、人間、非常時には変なことをしてしまうものだ。
道中、コンビニを覗くと人で埋まってて、車もヘンな所に停まってたりして、中の人は携帯で誰かに連絡をしている。非常事態を実感した。
混雑、並ぶのが面倒なのでコンビニには寄らず、結局ぐるっとあの辺を回って、避難所になっているだろうかと大学の保健キャンパスを覗いてみると、職員らしき白セーターの青年が迎え入れてくれ、避難所代わりの研究室に入れてくれた。
10人ほどいて、学生のようだが皆が顔見知りというわけではなさそう。イスラムの被り物をした留学生の2人組(イランとインドネシア?)が非常に不安げだった。
ソファに落ち着いた。小声で話す大学生たちを見ていると久しぶりに大学やゼミといった雰囲気に触れることが出来、また大学受験をしたいという性的な欲求が湧いた。
こんなときに気象予報士試験の勉強をするのも場違いなので、スマホを触りつつぼーっとしてた。すこし留学生への通訳もしたが、いざとなると完了形すら出てこないもので、かなり落ち込んだ。
19:40 隣の男子学生と会話したりして、一旦気分も落ち着き、皆帰宅し始めたので、どうせ目と鼻の先、自分も帰って少し寝た。
23:00 起きてスマホを触った。アパートはハザードマップの黄色に位置している。土砂災害のリスクを考えると絶対に避難所に行っておいたいいと思いつつ、眠くてだるくて寒そうで動けず。合理的結論に従う能力のことを信念というならば、それがないから自分はこんな体たらくなんだろうと悲しい気持ちになっていた。心の危機であった。
1/2
5:00 寝て起きて、日付が変わったことで少し気分がリフレッシュされた。町田康『きれぎれ』を半分ほど読み、外が明るくなってきたのでコンビニに行こうと思った。食糧もなかったし、チョコが食べたかった。坂を降りたセブンはやってなかったが、道沿いのファミマはやっていた。有難い。店内の客とは同じ災禍に見舞われた同士、無言の内にも連帯感があった気がする。パック飯や水はなかったので、お菓子・カップ麺・ウーロン茶・72%カカオ効果・アーモンドチョコを買って帰宅。釣り銭が少なくなるテクニカルな支払いをしたらやたら店員に戸惑われた。帰り道。土砂災害の恐れがある坂の移動中には、危機を察知するために音の情報が大事である。とは思いつつ、イヤホンでROXY MUSIC『For your pleasure』を聴いた。
7:00 小説家のMKさんがスペースを開いていたので入ってみると、なんと自分しかおらず、参加を誘われたので少しお話させてもらった!
「すいませんこんな無名の、大学生みたいな者なんですけど、地震で昂ってて…」
この会話での自分は最低だった。被災者のサンプルとして状況や感想を中心に話せばいいものを、心の危機みたいな話ばかりしてしまったし、絶望的に面白くないことばっかり話してしまったし、ああ。
「自分はこんな時にも必死になれないのかって落ち込んだりしてぇ…」
「会社経営に執筆に、本当に凄いですよね。僕なんか何かやろうとは思ってるんですけど体が動かなかったりしてぇ…」
「どちらの作品もすごく印象に残っててぇ…」
「僕も自分の仕事にもこういう面あるなぁとか思ってぇ…」
ダサすぎた。よく「卑屈」は「傲慢な臆病さ」と言われるがまさにそうだ。また、『自由に至る旅』で「フン族だからフィンランド!」とクイズ的に知識を開陳している人間への非難があったが、それも俺だし、自宅で神経を緊張させ眠れないのも俺だし、「バカの自覚がないバカ」でもあるし、それを恐れすぎてマトモな会話ができないのも俺だ。典型的頭でっかち。聴き下手話下手のモテない男。だいたい「無名の大学生みたいな者で…」ってなんだよ。社会人のくせに。旅に行け旅に。
結局、世界に対して後ろめたいことがあると会話が下手になるということだろう。
会話が途切れ無言の時間が続き(MKさんは「無言辛くないタイプなんで!」と作業を進められてた)、やがて「落ちますね」とスペースが終わった。
恥や後悔の念は残ったが、少し勇気も湧いて、ギターを弾いたり歌詞を検討したりして過ごした。
10:00 LINEでグループのメンバーから無事の報告。「避難所に行った方がいいんじゃない?」と言われ、そう言われてみると確かに脅迫的にそんな気もしてきたので荷物を持って家を出た。近くの避難所は既に閉まっていたので、わざわざ街まで降りた。少し離れた小学校の体育館。ここも閉まっていたらどうしようと思っていたが、受付の男性は 快く迎え入れてくれたし、自宅近くの避難所について「閉めるの早すぎるでしょ!?」と憤ってくれた。
とはいえ、こちらの体育館ももう2組ほどしかおらず。2時間ほどストーブの前で横にならせてもらった。
しばらくそうして過ごすつもりだったが、とにかく寒くマットも固く、「こんな所にいては風邪を引いてしまう」と思い、出た。日光が暖かかった。「この御足労はリスク回避のための投資だから」と自分を慰めた。そう考えるのが正しいと思ったからだ。
帰って『きれぎれ』の続きを読む。余震が続いている。
少し寝て17:00
ぼーっとスマホを触る。
19:00 カメラをセットし演奏動画のMVを録ったがOKテイクは出なかった。演奏が難しい。まあ生産的なことができたので悪い気分ではなかった。
21:00 スマホをいじいじ。父親から家の写真。本棚が倒れぐちゃぐちゃになっていた。これを機に一掃してはどうか。
いつの間にか寝ていた。
1/3
2:00 乾燥で起きた。スマホを見ると父からLINEが大量。ため息。避難所でも吹聴してるのだろうか。本当に帰省してなくてよかった。母と兄に同情。寝。
8:00 起きた。昨日お話させてもらったMKさんへの依存的な感情を抱きつつ。
ビールが飲みたくなった。年末、グループの飲み会でついぞ飲み損ねたホットの黒ビール砂糖入りを。それに、正月だというのに酒ひとつ飲まないのは可哀想だと思った。依然土砂災害のリスクがあるのでリスキーと言えばリスキーだが、でも明日からは仕事だし。
そう思いながら眠くてダラダラ。
10:30 ようやく決心して下のコンビニまで自転車。ウコンの力、黒ビール×2、チーズ、チョコバナナチップスを買った。本当はかまぼこで飲みたいと思っていたが、忘れていた。
黒ビールはホットになどせずそのまま飲むのが美味しかった。いい気晴らしになった。インスタにあげようかとも思ったが自重した。
寝たり、起きて食べては寝たり、夕方頃に『きれぎれ』を読み終わって、あとは5時間くらいスマホを触ってた。昨日には飛行機事故もあり、旧ツイッターではこの有事に我先にと人生Tipsを呟く者で溢れ、またその"我先に感"をあげつらうする者もやはり居た。
母から、色々と男手が必要だから帰ってきてくれないかとLINEが来ていた。既読をつけ、返信を保留。「良いおせちを予約したから」もそうだが、俺が帰省しない理由を潰すことで帰るしかないようにさせるのは辞めてほしい。俺はとにかくだるいし眠いし、実家や地元が嫌いなんだ。仕事もあるし。
なんのやる気も出なかった。
返信をしないとなぁ、と思いつつ、目を覚ましたり寝たり。そうしてる内にこの日も終わった。