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怒る中年 #5

先日、別々の友達から「メールで相手にキレられた」との愚痴LINEが立て続けに届きました。
二人とも相手からの返信画像を添付してくれたのですが、

めちゃくちゃブチキレてました(笑)


一人は仕事相手、もう一人はとあるイベントのチームメンバー。
 それぞれ中年とのこと。

両方ともその場にいなかったので詳しい経緯はわからないのだけど、
メールで怒るってすごいエネルギーだなぁと。
だって推敲する時間の猶予がありますから。

前後の話やメールを見ていて思ったのは、

心の中で否定している態度は相手に伝わる

たとえ直接的な言葉で伝えていなくても、
漏れ出てしまう。

喧嘩は怒りが発端で、
怒りは自分が蔑ろにされたと思った時に発生する。

おそらく今回のブチギレ相手二人とも、ちょっとした態度で「否定されてる!」と敏感に感じ取ってしまうナイーブな方だったんだと思います。
怒りの沸点が非常に低い。
でも何もないところから怒りは発生しないわけで。
やはりどこか、友達側にも相手を「否定」してしまう態度があったのだろうなと。
つまり、「自分が正しい」「相手は間違っている」と思って接していたのではないかな。
このジャッジはどうも人間関係を不愉快にしてしまいますね。
とはいえ私はこの二人の友人にブチギレたことがないので、色んな関係性の上で発生した問題だと思います。

私の尊敬する大愚和尚は、
電車に並んでいて、割り込みで入ってきた方には
「お先にどうぞ」と譲るそうです。
理不尽なことで怒られた場合は、その場を去る、と決めているそうです。

相手と喧嘩しない。怒らない。

怒るのは、
圧倒的に強い敵と戦ったことがないから。

とおっしゃっていました。
怒ることで自分の本領が発揮されず不利になる。だから、怒る選択をしない。
そして理不尽な現実を前に怒ったとて、何にもならないと理解している。


そういえば、私もすごく沸点の低い人間で、すぐ「バカにされた!」と怒るタイプなんですが、最近いつ怒ったか思い出せないくらい怒らなくなりました。
とくに事件後は「ありがたさ」しかない。仕事で面倒な修正がたくさんきても全然怒れなくなってしまった。「相互編集でだんだん面白くなってきたなぁ」なんて思う。
なんでだろうなーと考えてみると、

自分中心に世界が回っていない

ということを嫌というほど痛感したからだと思います。

自分が世界を創っているけど、
世界も自分を創っている。


つまり、私以外の人もそれぞれ世界があるわけで、思い通りにいかないのがあたりまえ。
その上で、自分の心の中だけは自分がすべてを創造できるから、「こうなったらいいな」を丁寧に実現していけばいい。

向こうから何が来るのかはコントロールできない。
でも、向こうから来た現実をどう意味づけするかは、自分次第。

この繰り返しが人生。


「怒る」のは、自分の思い通りにいってないから。

でもそもそも、
自分の思い通りにいかない のが世の前提と腹落ちしていたら、
怒らない。
というカラクリ。


この話、抽象的すぎてよくわからない人もいるかもしれない。
あるいは、頭では分かっていても、体現できてない人もいるかもしれない。

理解できる人は、
見ているレイヤーが同じ人なんだろうな。


ブッダって、悟った後に説法を何回も失敗しているんだって。
自分が見つけた真理を伝えようとしたけど、弟子たちは

「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」

状態だったらしい(笑)。

自分の中で発見したものを言葉で伝えるってすごく難しい。
ブッダは言語化を諦めず、ロジカルシンキング第一人者になったのだと思う。

このところ私の中で起こったことを伝えようとしてて、
全然伝わってないなぁと思ってたんだけど、
ブッダが何度も失敗してるならめちゃくちゃ当然だなって思った(笑)。

そりゃそうだよな。
哲学の本がなんで難しいかって「言葉になる以前のものを言葉にしようとしているから」
世の中に浸透していないものを言語化するんだから難解な文章になるの当然よね。

世界の見方が変わってしまったこの感覚をもって、現実を変えていくことが、
人に伝える第一歩なのかもしれないと思う。
言葉で伝えても伝わらないもんね。

今のところ言えることは、
・感謝が常に溢れている
・怒らなくなった
・出会う人に対して優しい眼差しになった(敵じゃない)
・たいていの問題が気にならなくなってきた
・仕事が面白くなってきた

ただ!
・時間は守れない。
・制作の仕事は、やっぱり完璧主義を手放せず提出が遅くなりがち。

この二つを突破できると自分の中で革命だから、ちょっくらやってみますわ〜♪


それでは、またね!
ごきげんよう〜^^
From なう




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