ボカコレ2022秋についての四方山
次回以降のためにも、今回気づいたことをまとめておきたいと思いました。
自分の曲、ほかの人の曲、そしてあの論争について。
小豆沢の曲について
今回はハロウィンの曲で出しました。曲調はいつもどおりのバンドサウンド。ブリッジ部でスラップを使いました。実は初めての試みです。
昔、どこかでチリペッパーズのフリーが「超絶テクとかじゃなくて、四分音符で聴かせられるんならそれがいい。それが好き」みたいな発言をしてて、ワタシも「そりゃその通りだなー」と思ってたので、歌うベースラインのようなものを心がけていました。
最近の曲(特にボカロ)はスラップが多い印象があるので(あくまで印象)、それはそれで差別化になるかなーと思っていたのです。
今回は、ブリッジ部で曲調変えようと思ってたから、「ほなスラップにするか」と安易に決めました。
結果は……満足してます!(自分には超絶甘い小豆沢)
あとは、ラストコーラス以外は薄い音像を心がけて、極力ダイナミクスが出るようにしたところ、ブリッジとラストコーラスの間のパートのコード進行を頑張ったつもりです。
他の人の曲について+トレンド分析
今回はリスナしてみようと思ってました。
「聞きます」てしたところ、かなり多く(70曲超ぐらい?)集まったので、自分に聞きにいった曲を含めると100曲ぐらいは聞いたかなと思います。
これは誰かがツイートしてた気がしますが、ホントに初心者っぽい曲(全部ベタ打ち)みたいなのはほとんどなくて、完成度が高かったと思います。
ワタシが「バンドサウンドの曲」て絞ったこともあったので、全体の傾向とはズレてると思いますが、イメージでは、
打ち込み系8割
生音系2割
という感じでしょうか。
例えば今回のTop20でいえば、ワタシがバンドサウンドと認識したのは、
7位の子牛さん
16位のあくたりさん
だけです。
後は全部打ち込み系。
いやいや、あれも俺的にはバンドサウンドだよ、みたいなのはあると思うんですが、ワタシ的にはそうってことで。
お母さんの味噌汁が一番おいしいように、サウンドの好みについてはその人の歴史がつまってます。
ということは、打ち込み系、EDM系が支持されている=それで耳を満たされてきた人が多いってことです。
このようにいろんな人が自作曲を発表できる環境になったということは、そこから生まれてくる曲もまた打ち込み系、EDM系が多くなるので、次世代以降もこのトレンドが堅持されると考えられます。
この理由にはいろいろな側面があると思うので、一概には言えませんが、以下のような背景があるんじゃないかと勝手に思ってます。
①生音系は実際の楽器を演奏したことがないと不気味の谷に陥りやすい
生音系は生音と比較されるため、少しでも雰囲気が違うとリスナが違和感を覚えやすい。アーティキュレーションを使うことで解決するが、楽器経験がないとそもそもそれがわからないため、倦厭される。
打ち込み系は、最初からそもそも新しい音と認識されるので、比較されようがないため、極端な調整をしても自然に受け入れられる。オリジナリティを出しやすく、取組やすい。
②打ち込み系が流行ってきた時代にリスナだった人たちがメインストリームを作っている。
古くはラップのサンプリングに始まると思いますが、いわゆる打ち込み、コンピュータ音楽というのが流行ったのはテクノのブームかと思います。ボカロが隆盛を極めたのが2010年手前ごろで、パフュームが流行ったのも2010年手前ぐらい。
①と少しクロスするんですが、当時の打ち込み音源というのはすごく貧弱だったと聞いてます。プロの環境は違うと思いますが、素人の環境ではなおさら、打ち込み系での楽曲制作がメインにならざるをえない状況だったのかなと。
なんでこんなことを書いてるかというと、ボカロから少し距離をおけば、髭ダン、キングヌー、サウシ―ドッグ、バックナンバー(朝ドラ主題歌!)などなど、普通にバンド曲というのはめちゃ流行っているわけです。
「DIYでの作りやすさ」というのが打ち込み系にはあって、それがこのボカロP社会(DIY社会)をけん引してるんじゃないか、というのがワタシの説です。
今「マッチ」をわざわざ使う人いませんよね? そういうことじゃないのかと。
今回のボカコレにおける騒動
勝手に騒動とか書きましたが、栗田さんがコメントせざるをえないほどの事態にはなっているので、騒動でいいかな。
・事前マイリストの勧誘とそれに対する自薦
・期間中の自薦
この二点についてです。
ワタシ自身はどちらもやってません。
信念があってやらなかったわけではありません。
マイリストについては、自分では作るのが面倒くさかったし、誰かのリストに載せてもらうという動きをしちゃうと、その人の曲も聴かなければならないという暗黙の債務を抱えそうな気がしたから。
自薦については、今回のボカコレではリスナやりたかったのでしなかっただけです。
なので、そのあとの歌コレでは少ししました。
おそらく、問題となった原因は、
「これらの動きを活発にすればするほどランキングに乗る可能性が高くなった」
という事実があったためでしょう。
栗田さんは、
行為自体は問題ない。
ランキングへの影響も少ない。
とツイートしてました。
ワタシは、次回以降の最大の懸案事項になると思います。
なぜなら、この回答から導き出される結果は、
行為に問題がなくなった
→やりまくってもいいというお墨付き
影響が少ない
→ないわけじゃない→やりまくったほうが得
どちらにせよ、この活動をやりまくることが正義になるからです。
これは典型的な合成の誤謬でして、
仮に全員がこの戦略をとると、
全てが成り立たなくなります(全員が自薦をして誰も聴かない)。
初動が大事とみんな認識してますよね。その初動はボカロP同士のつながりによるスタートダッシュ的な再生数が大きいんじゃないかと思ってます。
純粋なリスナさんは存在しますが、ランキング上位の曲から聴いていくでしょう。行列効果です。
これは無色透名祭の際、演繹的に証明された話です。
再生数多いからいい曲なんだろうというハロー効果に基づく心理です。
で、ここからさらに問題はややこしくなるんですが、
機会の平等というものを重視するならば、この事態はよくないわけです。
例えば、全員に機会が平等に開かれたオープンなオーディションでこんなことがあると問題になるでしょう。選挙なんかは、理想としてそうあるべきなんですが、実際はお金と人員がものを言う世界です。多くの人に自分を売り込むために、すごい資本を投じています。NHKの政見放送だけが平等性を保っています。
ただ、このイベントはそういうものを重視しているわけではなく、相互で聴きあって楽しみましょう、を金言としています。言ってしまえば、人の曲を聞いてもいいし、聴かなくてもいいのです。そこにはなんの責任もない。
なので、お門違いな議論になるわけです。
じゃあ、選挙制度なんかも「仕方ない」で済ませて今のままでいいのか? というとそうではないと思っている人が多いし、腐っていると考えている人もたくさんいます。
つまり、ルールに則っているから何をやってもいいのだ。
という態度を現状でとった場合、与党のおごり、という形で見られてしまいます。
結果生じるのは分断です。
SNS上で生じているので先鋭化するのも早いでしょう。
レコード大賞を見て、
「はいはい事務所のごり押しね」
と思っている方多いのでは?
この問題を放置すると、ボカコレは二の轍を踏む気がします。もともとそういう主旨ではない、という理屈は理論的には正しいのですが、感情的、社会的には正しくない。みんなが登竜門だと思ってしまっているんだから。
ちなみに、こんだけごちゃごちゃ言いましたけど、レギュレーションが変わらなければ、次回小豆沢は自薦チャレンジかけてみようと思ってます。
今はまだ仮説だから、確かめたい!
もし、それでランキング上がったら……変わらなかったら……うーんどちらにせよ楽しみ!(●´ω`●)♥