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大谷とルイージ、アメリカの医療

日本にいると、日本のニュース番組ばかりを観ることになる。特に、テレビ付きのサウナなんかにいると、普段ほとんど観ることのない民放のワイドショーなんかを観ることにもなる。

とにかく、どこのチャンネルも、どこの番組も大谷選手のニュースばかりやっている。大谷選手がとてもすごい人であることは否定しないけど、そりゃこんなんじゃテレビも観なくなるし、おろちんゆーチャンネルも200万人を突破するわけだ。

一方で、毎日アメリカのニュースをpodcastで聴いていると、シーズンオフだし、大谷選手はあんまり出てこないしデコピンも全く出てこない。ここ最近のニュースはLuigi Mangioneさん一色だ。ルイージ・マンジオーニで良いのか。とにかくこの人のニュースばっかりやっている。

このルイージは誰なのかというと、ニューヨークの路上で、ユナイテッドヘルスケアのブライアン・トンプソン社長を銃撃して暗殺した人物だ。このルイージが、暗殺犯にもかかわらず、半ば英雄扱いを受けていて、社会現象になっている。

が、このニュースはかなり日本人には理解しづらいコンテクストの上で成り立っているように思える。

まず、社長が殺されたユナイテッドヘルスケアというのはアメリカ最大手の保険会社で、私もアメリカではユナイテッドヘルスケアの保険に入っていた。

日本では全然報道してされていないとはいえ、アメリカの医療制度がウンコというのは有名な話なので話だけは知っている方も多いのではないかと思うが、アメリカの医療制度というのはその話の通り圧倒的ウンコだ。

どう圧倒的ウンコなのかというと、まず、高額の保険費用を支払わないと加入できない。給料のうちのそれなりのパーセンテージが保険で飛んでいく。日本円で10万円以上平気でかかる。子供が多かったりすると金額は膨れ上がる。で、この金額には松コース竹コース梅コースみたいのがあって、安い保険に入ると、診療を受け付けてくれない病院とかが出てくる。このへんが日本の感覚だと全然わからないと思うのだが、高い保険証だと多くの病院の治療に保険が下りるが、安い保険証だと限られた病院しか使えない。これがものすごく面倒くさい。

しかも、眼科とか歯医者とかの保険はメインの保険と別料金だ。別途数万円払わないと加入できない。

まともな医療を受けるためにはとにかく金がかかる。で、金がかかるからと言って保険に入らず(入れず)いると、いざ病気になって入院して手術でもしようものなら当然保険無し医療ということになる。これがとんでもない金額になる。

うちの場合、アメリカで生まれた長女が生まれてすぐに救急で1日入院したことがあったのだが、保険が下りたから良かったものの、請求額が日本円で100万円くらいだった。「下りたから」というのが問題で、下りないことが結構あるのだ。保険に入っているのに、何かと理由をつけて下りないことがある。保険の加入条件に合わない、とか、病気の状態について難癖つけられたりとか。そうすると、高い金額を払って保険に入っているのに医療費が自己負担になる、という非常に腹立たしい展開になるのだ。

私も保険が下りなくて、愛想の悪いユナイテッドヘルスケアの電話窓口で英語でめっちゃ交渉した記憶がある。たぶんそういうのはみんな経験している。

一言で言うと、アメリカというのは極端な話「貧乏人は病気になったら死ね」状態の国だ。その状況を生み出している親玉が、今回のトピックの中心にあるユナイテッドヘルスケアであり、ユナイテッドヘルスケアは上記のような理由で守銭奴扱いされ、民衆の敵としてヘイトを集めることになる。で、そういう巨悪に銃弾を撃ち込んだルイージは英雄になってしまう。

しかも、そんな「貧乏人は病気になったら死ね」状態でも病気になる貧乏人はいて、保険に入っていない貧乏人に医療機関はオピオイド鎮痛薬を処方する。中毒性の高い痛み止めだ。そして貧しい人がどんどんオピオイド中毒になる。

そのへんとの関連性はよくわからないけど、ちょうどそこかしこの州で大麻が合法化されて、マリファナの調達と販売がカタギの商売になった。そうするともともと裏でマリファナの調達と販売をやっていた人が今度はオピオイド中毒者を狙って、収益性が高くてオピオイド中毒と相性が良いフェンタニルを売るようになる。フェンタニルはめっちゃ毒性が高くて致死量が鉛筆のさきっちょくらいの微量なので、結果的に毎年10万人以上がフェンタニル中毒で死ぬ。

そんなこんなでユナイテッドヘルスケアは魔王的な扱いになっていて、それをやっつけたルイージの英雄化が進んでいる。
Etsyにルイージグッズが出たりしている。

そしてその、混乱を極めてぐじゃぐじゃのディストピアになっているアメリカの医療社会。そんな中、来年就任するトランプ大統領が保健省の長官に任命しようとしているのが、ロバート・F・ケネディで、この人は、「Wifiに発がんリスクがある」とか「抗うつ剤の影響で銃乱射が増えてる」みたいなすごいことを提唱しているロボットボイスの人物だ。どうなってしまうのか。

で、何が言いたいのかというと、大谷選手がホームラン打ったり盗塁決めたりデコピンが逃げたりしている場所と上述のディストピアは同じ場所だということで、大谷選手もルイージも同じ場所・同じ国の英雄だということだ。

大谷選手のような人があれだけ巨額な金額を稼いでしまう、「行き過ぎたアメリカンドリーム」とも言える構造とそこにある絶望的な格差社会はたぶん無関係ではない。