0514「DELTROと八角理事長」
人間の名前ももちろんだが、会社の名前だったり、プロジェクトの名前だったり、サービスの名前だったり、しこ名だったり、バンド名だったり、曲名だったり、名前というのはすごく重要で、かつ魔力を持ったものだ。たとえば私は昨年、「BASSDRUM(ベースドラム)」という組織をつくったが、会社とか集まりのコンセプトそのものはずっと頭の中にあったのだが、この名前に到達するまでがとても長くって、「しっくりした名前が降りてくるまで前に進めない」くらいの気持ちで、毎日電車の中とか仕事中とか飲み屋とかいろんなところでずーっと名前を考え続けて、やっと、自分の脳内会議が満場一致になったのがこの名前だった。「あと、どんなに良い楽器でもヘタなプレイヤーが演奏すると良い音が出ないから楽器の名前。あとは、裏方としてヴォーカルとギターはやらない、ベース+ドラム。」という考え方は、いろんな意思決定をする上でとても指針になっている気がする。
自分で会社の命名に参画したのは初めてではなくって、今まで在籍していた「PARTY」という会社名も、とても良い名前で、由来はドラクエのパーティーだ。戦士とか魔法使いとか色んな職業のプロが集ってでっかい敵を倒す(何か成し遂げる)、みたいなイメージだ。中村洋基さんが考えた。この名前は、実際どこまでうまく行ったかは各々あるにせよ、いろんな種類の人が集まる、という指針を会社の人たちに提示したように思うし、自分の場合、水滸伝における「梁山泊」みたいなチームをつくるんだ、という目的とリンクしていた。
もちろんそんな意味のある社名である必要はなくて、逆に意味のない響きがかっこいい名前もありえるし、しかし、語感も含めて、かつつくった組織なりの活動を通して何らかの色がついていく。
最近、BASSDRUMにもコミュニティメンバーとして参加しているむらけんさんの会社というかクリエイティブチームであるDELTROが解散した。DELTROはすごく色のあるチームで、最初名前の意味とか趣旨がそこそこわからなかったが、チームがつくっていく、うまく表現しづらいが洗練されて隙がない、しかし懐の大きいアウトプットを通して、DELTROっていったら最強のチームだよ、というイメージは周辺業界に轟いて、名前がどういう意味だったかは忘れたけど、DELTROっていったらこんな感じのものをつくるチーム、というでかい「名前」になったように思う。たぶん映画作っている人とかの名前から取っているのだったが、私は映画を観ないのでよくわからない。ナイキの「RUN Fwd」も、Intelの「Museum of Me」も、そして後にも先にも他人の仕事で一番悔しかった感があるホンダの「RoadMovies」も、全部DELTROがやった仕事だ。すごすぎる。他にもあるし、私もお仕事をご一緒させて頂いたが、上記の代表的な仕事を並べるだけでも、脳から何か出てくる。
「最初、名前がよくわからなかったけど、その名前のもとに行われた活動がすごいから名前が大きくなる」でいうと、思い出すのが横綱・北勝海、今の八角理事長だ。貴乃花と仲が悪い八角理事長。私が中学の頃は現役の横綱だったが、北勝海は強かった。私は大関霧島のファンだったので、北勝海はある種敵だった。彼の高速一気の押し相撲は、まわしを取らないと話にならない霧島サイドとしては脅威だった。
で、何がすごいかというと、いま、スマホなりPCなりで「ほくとうみ」と打つとすぐに「北勝海」と変換されるが、そもそも「勝」の字は「と」なんていう読み方はしないのだ。漢和辞典とか引いてもそういうことはないらしい。つまり、キラキラネーム業界で「黄熊」と書いて「ぷう」と読むみたいなでっち上げに近いのだが、もはや「北勝海」と書いたら誰でも「ほくとうみ」と読むようになった。そして「北勝海」といえば、今になっても高速一気の押し相撲だ。八角理事長は現役時代から頭髪が薄かったが、それは常に頭から当たっていく突き押し相撲だったからだ。
「八角」という年寄名も同様で、八角って北勝海が継ぐまで結構マイナーな年寄名跡だったはずで、そんな八角のブランドを北勝海が理事長にまでなって上げた感もある。
そういうものをきっと世の中では「ブランドイメージ」と言うのだろうが、一方で、いくら強くてすごくて良くても、名前が微妙だとどうにもならないことがあって、例えば自分の視点だと、すごく良い曲を演奏するジャズ・ミュージシャンなのに、曲名が軒並みダサすぎるので、音楽の価値が半減しているケースとかがある。音楽は音楽だし、歌詞もないので、曲名なんか気にしなければ良いのだが、一度曲名を目にしてしまうと、意外にそれに引っ張られてしまって聴くのが辛くなったりする場合がある。こんなにかっこいいクールな曲なのに「Happy People」ですか? みたいな。
名前というのは、どうしてもそこに価値がついていく傾向があるものなので、生きていると魔が差して、自分の名前とか自分の会社の名前とかで富と名声を囲いたくなったりしがちなので、とても怖いものだが、しかしやはり、価値を託す記号として、軽く考えてはいけないものだなと思う。