よくまとまらなかった 社会不安障害の平均発症年齢を調べるとサイトによって違う数字が出てくるが、だいたい10代前半と書いているところが多い 自分も中学生で発症して、その後2年弱不登校で、高校も1年生で中退したため(ここから先の文章がうまく書けないので割) この間投稿した2つのブログ記事のように、自分の沿革と併せてバイトの体験をアップロードする事にに若干の(よい言葉が見つからない)があるのではと思った 以下は公開している記事の分類 随時更新 SAD(教室、中学校) この記
11月1日 地元から試験会場のある市まで移動 2時間目から受ける場合、会場には10時半までに着いていればなんとかなりそうだったが、移動時間や公共交通機関の便の関係で前日入りになった ホテルに荷物置いて古本屋や二次元オタク関連の店などに行く 11月2日 宿泊先で8時半くらいから起き出し、10時半くらいに出る。コンビニで会場内用の昼食を買う。試験会場には30分前くらいに到着した。建物に入ってすぐ高認会場の案内している人がいて、その人に「別室受験なんですが…」と聞いた。 別室受験
自分の社会不安障害のことを勝手に「中学期型」と呼んでいる 中学校を卒業して7年前後経って、10月にサンダルで出歩くとかスーパーで買い物をしている人に二度見されるような格好を自ら選択して外に出て、自分が「変(な格好などをしている)」である事を積極的な行動によって受け入れることで最近、なんかなぜか良い感じに回復していっている ただスーパーや道端はせいぜい15秒程度の関係しかないから自分の中で成立するのだが、学校ではそうはいかなくなるため同じような事をしてみるというのは難しいかもな
多分締め切りが今日までらしい、11月の高認の出願をようやくやった 一昨日に願書?本体を書いて、昨日の夜に社会不安障害的な別室受験の希望書を書いた 受験案内の冊子の、(受験資格を示す?)区分の記入の例を示したページで、たしか「高校中退」のところに丸をつけられていて大概こういう国の書類には高校中退者などが例として登場することはないからなんか良いなと思った 8月24日ごろからようやっと勉強し始めるようになった 流石にそろそろやばいなと思って、最も手をつけていなかった科学と人間生
週に3、4回ほどある仕事(バイト) 始めて4週間ほど経ち、もう辞めたくなった 昨年11月と同じ職場、同じ人とだが、何か明日の仕事のことを考えるとウッと身構える感じがする 接客ではない、外の作業中心なのでSAD(社会不安障害)的には何ら問題がないというか、一度もそういう症状の感じになったりはしなかった ただ、その中で週に2、3回、トータルでたしか7日から10日ほど休んでいて、明日もなんか行けそうな感じではないのと普通に仕事自体を辞めてしまいたいという、11月にはなかったこの感じ
11月の高認まで意外と時間なくて草という文章 HPにある過去問を週に1つのペース 過去問以外にもテキストをやった方が良いとは思う(しかし過去問を出来てるだけ良いと思う) 国語 丸 数学 2度やって共に20点くらい、一番芳しくない 英語 40点から50点 科人 解いてない 生物 30点前後 歴史AB 丸 公共系 各々30点から40点 数学は大問1の一次方程式と大問6のデータにのみ丸が付き、また大問2から大問5までの内容にはっきりと興味が持てないため「数学」は既に自分への教育
ここ数年、社会不安障害の身体的な症状とか脳内ループの開始が、今までの(対)人に係る恐れよりも既存の社会的な形式への据わりの悪さ、馴染めなさによって起きているのではと最中に認識する ような事が増えた いつかに成人式へ行って(社会不安障害の始動時にいた場所としての)学校と似た感触に、久々に「この感じだ」だと思った これでなくてはいけないとされた服装への、主にアトピーによる物理的な理由と、「ただ二つだけに規定された性別の、どちらか一つだけを選択している事への頷きと取られる事ができ
今年11月に受けようと思っている 免除科目はない(8科目、2日間) 住んでいる地域が粗方バレる箇所をぼかして書くが、一番近い試験会場まで片道◯時間掛かるため泊まりになる 宿泊費と交通費に◯万円必要になるためできれば今年で8科目全てに合格したい 今は過去問をやっている段階 数学がマジでヤバいが 数学は自分への教育としての役割をもう果たし終わっていると思う おわり
固定記事をさらに更新した(3月30日) 分類に「どういう記事か」という説明を追加した
今日は買い物に行った 店で商品棚を見ているとき口と鼻の呼吸が上手くいかなくなりかけたけど「情報量が多すぎて混乱してるんだな」とあえて思うとかなり楽になった 精神的な事を捉えるパターンに入る前に、身体的な状況を自分に説明口調で聞かせる事で注目が逸れる、という感じかもしれない 「身体の」状況として捉えると頭の中が別口のパターンになるというか… 口と鼻の呼吸が、もそうで「呼吸が苦しい」という確認よりも身体の部位を殊更に確認するようなパターンになるよう意識的に向けている 「なんか
前回のに追記しようと思ったけど分けた ・基本的に物音がない 自分以外の人が空間内にいる、物音や話し声のない場所にいると 鼻、口の呼吸がなぜかうまくいかなくなるため 上の胸が苦しくなるのと内容が重複する 外で草刈りや工事が行われている授業や、座学回以外の体育と美術の授業は大丈夫だった(教室の内外がざわざわしていたり、自由に動き回れるとうまくいかなくなることはなかった) この部分を読み返していて思い出したこと 朝ご飯をそれなりの量食べて登校しても、2〜3時間目の授業の頃には
バイト初日が終わった後考えていた 「もしかしたら自分は教室(特に中等教育)という場所のさまざまな条件がピンポイントで苦手なのかもしれない、 バイト先はまた色々と条件が違うから意外と大丈夫なのかも」の回 (最初の投稿から文を引っ張った) 発症時期が中学生の半ばだったため、社会不安障害のことを考えるとき何事も「教室」という場に準拠して始めがちだったけれど そもそも教室が若干特殊で、後の生活ではこの条件に案外そこまで遭遇しないものなのかもしれないとか、教室の何がという体験のことを
https://note.com/qa_echium249/n/nee6ba4a52948 上のリンクは、微妙に重なる部分のある、前に書いたブログ 調べ物をしていて国立国会図書館デジタルコレクションに読みたいものがあったとき、なんとなくサイトの動作がもっさりしている気がするとか、紙の白色が眩しく文字が読めないとか、それと多分本文をボイスオーバーで読み上げることができない?(自分がやり方を知らないだけかもしれないが)ように思ってもう少しどうにかできないかと調べた回です P
SAD(社会不安障害、社交不安障害)の文脈の話です 趣味のイベントに参加する前日、東京の繁華街を観光したときに、もう誰も二度と会わないからええかという気持ちによって街を歩く程度なら意外なほど大丈夫だった 地元のジャスコに行くときの気合いが2だとしたら都会のでかいショッピングモールに滞在したり、駅の椅子に座ってスマホを見るときには7くらいの気合いが必要だと着いた日の夜にホテルで考えた記憶がある 都会に数日滞在してから、車社会の田舎に戻ると「今思えば、外に出ても周りは高齢者
(保健室や別室登校する前)教室に通っていた中学1年生頃、『いま小学校時代を考えたとき「自分はものすごいクソガキだったな」とか「周りも自分も小学生だったしな」とか年齢によって仕方ないかと思うように、いずれこの中学校時代を思い返した時同じように「周りも自分も中学生だったしな」と思うから、周りや特に自分を過度に気にする必要はないだろう』と思うようにしていたけれど、それでも妙に学生や校舎が(社会不安障害の症状的な意味で)苦手だったのをふと思った 「学生や校舎のどんなところが妙に怖い
高校中退から数年経って、大学に行きたいとかそのために高認を取るとか考えているなかで、(逆に)最近とくに学校との接続がない人が そういう(学問的な?)分野の話をしているインターネットが見たいと思ったため書いた回 最近「なんかこういう話してるの詳しく聞きて〜」と思った何かなど ・不登校の学習権 ・早期離学者の進路相談 ・科目等履修の学費補助制度、大学無償化該当者などの ・夜間中学の、保健室の建築(?) ・高認の会場が1都道府県に1つというバグ 日帰りで受けられない地域の話 ・