
Photo by
voice_miwa0401
プログラミングができない人が多いのは日本語の構造に問題があった?
以前、プログラミング以前の問題として、国語力が足りない人が挫折しやすいことを述べた。
そして、偶然なのだが、YouTubeで言語学者の先生が、
「日本語は情緒的な言語なのです」と言っているのを見た。
日本語は古い歴史を持っているので、論理的というより情緒的になるという。インド・ヨーロッパ語族が1000年くらいの歴史に対して、日本語は1万年の歴史があるそうだ。
以前、宗教学者が、日本の神道は、あまりにも歴史がありすぎるので、「文化」になっているというのを聞いて、似たようなものかと思った。
キリスト教が2000年に対して、古神道は1万年の歴史があり宗教的拘束力がないそうだ。
日本語は結論を曖昧にできるし、主語も省く。
相手の解釈に幅を持たせることができるので、芸術作品やエンターテイメントには良い言語である。
ただ、なんとなく伝わってしまう、雰囲気で押し通すことができるから、
ちゃんと伝える時には不十分である。
コードは「条文」という訳もある通り、プロラミングは「ルールづくり」である。条文になれば解釈が幅広くできてはたまらない。
日本語の条文や契約書は読みづらいものであるのは、そういうわけだ。
ところが口語となると、なんとなく雰囲気で同意がとれればいいので、人間関係は楽になる。しかし、コンピュータはそれを許さないというわけだ。
一般に「国語力」と言われるものは、きちんと伝えること、きちんと理解することである。ところが、その「国語力」がなくても、日本だと普通に生きていける。日本語は情緒すぎて、便利だということでもあるが、そのかわり人間をダメにしている部分もある。
もちろん、人間を「感情豊かな人」らしくしてくれる良いところもある。
ただ、それでは、一向にプログラミングが理解できないのである。
いいなと思ったら応援しよう!
