【綴ってみた】香水/瑛人
お互いの趣味がカメラということもあり、君とは一眼レフのカメラを持ってよく出かけた。
春夏秋冬、それぞれの季節とそれに合わせて少しずつ雰囲気を変える君を逃さないようにシャッターを切った。
いつか、2人で海に行ったことがある。
三脚なんて持って行って、海を背景にああでもないこうでもないと、2人並んだ写真をたくさん撮った。
はしゃぐ君を見て、これが永遠であると信じて疑わなかった。
季節が移ろうに連れて、お互いの考え方や感情も変化していった。
カメラで外面ばかりを追いかけていたせいか、その変化に気づいていなかった。
些細なことですれ違うことが多くなり、とうとう君から別れを切り出された。
僕は拒むでもなく曖昧な返事しか出来なかったくせに、君が荷物をまとめて出て行った後、2人で撮った写真を見返しながら大声を上げて泣いた。
心に空いた穴を埋めるように、手当たり次第に女を抱いた。無機質なセックスが心の穴を広げることくらい容易に想像できたはずなのに、誰かに求められないと自分を保つことができなかった。
優しいフリをして近づいて、身体だけを求めては愛想のないさよならを繰り返した。
中にはそんな僕に「クズ」だと、分かりきったことをのたまい怒りと悔しさを込めて泣きついてくる人もいたが、その頃には心の穴はすでに広がりすぎていて、もう何も感じなくなっていた。
君と別れてから3年ほど経つだろうか。
深夜2時。燃えるゴミに出しても文句を言われないであろう生活を続けていた僕に一通のLINEが来た。
君からだ。
LINEには一言、「いつ空いてるの?」とだけ。
あれから3年間一度も連絡すら取ったことなんてなかったのに、突然の出来事に僕は驚いた。
酔った勢いで送って来たのだろうか。
それとも考えに考え抜いたうえで送って来たのだろうか。
その勇気がなく真意は聞けなかったが、空いている日を送り返した。
2、3回程度のメッセージの往復で会う日時と場所が決まり、じゃあまた、とそこで終わった。
約束の日。待ち合わせ時間の20時に君は少し遅れてやってきた。
今更君に会ったところで、何を話せば良いか僕にはわからなかった。
ぎこちない「久しぶり」が繰り返されて、どうにも居心地が悪かった。
当時より随分と大人になった君を見て、その居心地の悪さを埋めるように「可愛くなったね」と一言添えた。
いつから僕はこんなにも口先だけのセリフが言えるようになったんだろう。
バーに入って横並びで座る。
お酒を飲み始めてしばらく、昔は吸わなかったタバコを咥えた君を見て、3年という年月の長さと思い出のもろさを知った。
紫煙を燻らせる姿を見て、随分と遠い存在になってしまった気がしてならなかった。
言葉にできない感情を押し殺しながら、悲しいことではないと、君が変わっただけのことだと、何度も自分に言い聞かせた。
君は何を期待して僕に連絡をくれたのだろう。
僕が君に期待していたように、君も僕が変わってないとでも思ったのだろうか。
君と別れてから、平気で人に嘘をつき周りから軽蔑されるような行動をたくさん取ってきた。涙を流すことさえしなくなった空っぽの僕は、今の君の目にはどう映っているのだろうか。
そんなことを考えながら、気がつくと、しなやかにお酒を口に注ぐ君に目を奪われていた。
別に君を求めている訳じゃない。
また好きになるなんてこともありえない。
何もなくても楽しかった頃に戻りたいなんて思わない。
ただ、君の目を見るとその気持ちも少し揺らいでしまう。
別に君を求めている訳じゃない。
だけど横に居られるとあの頃を思い出してしまうのは、あの頃から変わっていないそのドルガバの香水のせいだ。
少し気を抜けば、また好きになってしまいそうなほど君は素敵な人だけど、どうせ僕がフラれてあの頃と同じ繰り返しになることは分かっている。
お店を出て「バイバイ」と手を振り君が離れる瞬間、その香水の香りには少し、タバコの匂いが混ざっていた。