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冠婚葬祭の不敬の感覚を磨く

 確かゾマホンさんだったか誰だったか。日本でお葬式に出ることになったが、焼香のやり方がわからない。前の人のまねをすればいいと思い、結局お香をガリガリとかじってしまったというエピソードを聞いたことがある。

 こんな異文化におけるディスコミュニケーションは、多くの場合笑いに昇華される。「まぁ外人さんだし、しょうがないよね」「日本人でも葬式はよくわからないよ」で済ませられるのは、日本だからという気がする。

 浅草にムスリム御用達の、ハラールのラーメンを出す店がある。しょうゆベースのラーメンは普通に美味しい。肉は鶏肉の照り焼き。チャーシューは出ない。2階にお祈りをする1畳ほどの小さな部屋があり、メッカの方向が示されていた。

 そこに友人を連れて行った。ぼく以外は全員ムスリム圏からの旅行者や定住者だった。ガラッと扉を開け「日本人2名だけど大丈夫?」というと「ダイジョウブダイジョウブ」と主人はにっこりと笑ったのだった。

 カウンターで隣になったマレーシアからの留学生と話が弾んだ。蕨市に住んでいるという。「蕨ってイスラムの人が多いからワラビスタンっていうんですよね」とテレビで見た話をしたら、殊の外ウケて「ワラビスタン!」「ワラビスタン!」と連呼された。

 話は盛り上がり、インスタグラムをしているとのことで、アドレスを交換することになった。記念にいっしょに写真を撮ろうと言われてぼくは青ざめた。「イスラム圏の女性と親しくしたことがわかると、その家族の男性から殺される」。何かの本で聞きかじった知識を想い出したのだ。「だ、大丈夫ですよね」とこの話をすると「全く問題ないです」ということで、ぼくはイスラム系女子と写真を撮ったのだが、顔は引きつっていた。

 冷静に考えていれば、イスラムにも宗派があり、ぼくが危惧したことは原理主義に近い宗派で起こることなのだろう。今のところ、ぼくは殺されても脅されてもいない。

 在日コリアンの結婚式に呼ばれた時に、浅草で出会ったイスラム系女子たちのことを思い出した。そして親しい在日コリアンを質問攻めにした。

愛国歌は歌うのか?→結婚式は国家行事ではないから歌いません!
肖像画はあるのか?→昔はあったというが、今はありません!
バッチはつけた方がいいのか?→あんた日本人だろ!
スーツでいいのか?→スーツでいいです!
ご祝儀はいくら?→日本と同じく3万円でいいです!
他、何か気をつけることは?→キムチと朝鮮餅が出ます!


 その通り、キムチと朝鮮餅が出た。美味しかった。だが、餅はファーストドリンクで喉を潤しておかないと詰まる。結構粉っぽいのだ。新郎によると在日コリアンの結婚式のあとは、独特の匂いが残るので1会場で1日2回式はしないこともあるという。そして結婚式で出るキムチは妙に美味しかった。美味しいキムチは海産物の味がする。

 今は考えられないことかも知れないが、いつか北朝鮮で冠婚葬祭に出る日本人がいるのかも知れない。いや実際、クムスサン宮殿でぼくは金日成主席と金正日総書記の遺体を見ることになったことがある。僥倖に興奮するぼくに怖い顔をして案内員は言ったのだ。「頼むから、落ち着いてください」。

  案内員の真似をして最敬礼をして、ちょいっとだけ遺体を見たのだが、正直自分の祖父母のお葬式の百倍緊張した。ここでいつものテンションでいたらとんでもないことになっていただろう。少々のことが不敬となり「以降来てもらわなくて結構!」と言われてしまうのは想像に難くない。

 幸いにして結婚式でぼくはヘタをこかなかった。何か咎められることもなく、無事に取材を終えて帰ることが出来た。あっては欲しくないが、お葬式はどうだろう。何が違うのだろうか。少々のことなら「祝いの席ですから」で笑顔で済む結婚式と違い葬式は難しい。先駆者になる気は満々なのだが、リスクは大きい。こういう時に在日コリアンの友人に助けられる。ハイブリッドな存在の彼らに忌憚なくものを聞ける環境があるから、何かあっても大丈夫という気がしてくる。

 そういった意味で在日コリアンへのヘイトスピーチは心が痛む。彼らはぼくにとって、興味の対象であると共に、また、異文化への案内人、師匠なのであるから。

■ 北のHow to その118
 在日コリアンと知合いになると、日本の中にひっそりとある異文化について感じることが出来ます。もっと端的にいうなら、美味しいキムチのお店、焼肉店のコレクションが増えます。これだけでも全然楽しみが違ってきます。

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北岡 裕
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