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すずの暴露 後編 「貢ぐ男」




 そして、次の月の週末、すずは田村とクルージングデートをした。





 田村は終始ご機嫌で、すずがネックレスをつけていないことにも全く言及することはなかった。






 それから田村は、マッサージを受けなくなった。



 代わりに予約時間に一緒に外出し、擬似デートを楽しむようになったのだ。



 映画を観に行ったり、買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったり、1日貸し切られてディズニーランドにも行った。





 どこにいっても田村の話は面白くないし、笑顔を貼り付けてお喋りするのは心底疲れるが、お金のためだと思い、すずは楽しんでいる演技を続けていった。




 ただ一番の苦痛は、田村が事あるごとにムードのいい場所に連れて行こうとすることだ。



 ロマンチックな演出をしたり、告白したいオーラはムンムンに出ていて、すずはそれに一番辟易していた。



 その度にわざと面白いことを言ったり、話題を逸らしたりして告白のムードをぶち壊しているが、そろそろ限界を感じてきていた。




(まったく歳の差いくつだと思ってんのよ、このおじさんは。自分を客観視してから若い女口説いてよ)



 告白されたらすずは断るつもりでいる。




 だがそうなったら田村はもう店に来ないだろう。


 せっかくつかんだマッサージもしなくていい太客だから、もう少し繋ぎとめたいのだがプライベートにまで首を突っ込んでくるのなら話は別だ。







 そう思うすずをよそに、恐れていた日がついにきてしまった。





 夏の終わり、田村から次の予定の確認とどこに行くかという連絡がラインに届いた。



 田村がすずに通い始めてもう1年半になっていた。





 いつも通りの軽いチャットトークをしていた時、すずはなんの気もなく、



『私、田村さんといると落ち着くんです』



 という文面を送った。


 すずにとってはいつもの田村を繋ぎ止めるための印象付けのセリフのはずだったが、既読がついたきり、いつもは10分以内に返信をしてくる田村から1日経っても連絡が来なかった。



(なんかまずいこと言っちゃったかな…?)



 変なことを言って嫌われてしまったのかもしれない。


 いや、でもそろそろ限界だったし頃合いではあったのかも…。






 そんなことを思っていたとき、田村から返信が返ってきた。




『ちょっと今電話してもいいかな?』




 なんだろうか。


 とりあえず連絡してみよう。




 すずはLINE電話を田村にかけた。







「もしもし、田村さん、どうかしたんですか?」




 何を言われるのか不安になりながらすずは問いかけた。




「すずちゃん。俺はずっと伝えたかったことがあるんだ」




「…」




 すずは小さく唾を飲み、「はい」と言葉を絞り出した。




「俺はすずちゃんのことが好きなんだ。多分最初に会った時から。どうでもいい話に笑ってくれるのも、俺の話を真剣に聞いてくれるのも、その全てに恋をしてしまったんだ。歳は離れてるけど、きっと俺たち2人ならやっていけると思う。だから結婚を前提に付き合って欲しい」




「……」




 すずは電話口で言葉に詰まってしまった。




 ついにきてしまった。



 そろそろ田村は限界だろうと思っていたが、もう少し引き延ばせると思っていたから完全に不意をつかれてしまった。




 ちゃんと言わなければ。





 あなたは全て勘違いしている、ということを。






 電話口で田村がまだ何か言おうとした気配を察知して、すずは、




「ごめんなさい。勘違いさせてしまったんですね」




 と遮るように言った。




 田村が息を飲んだのがわかったが、すずは慎重に言葉を選びながら話を続けた。




「私はメンズエステのセラピストです。マッサージをするだけが仕事じゃないと思ってます。私は時間を買われて、その時間めいいっぱいお客様を癒すのがお仕事だって、そう思っているんです。もちろん基本的にはマッサージをして癒して差し上げるのが普通ですけど、お客様が求めていることに、違法でない限りは応えてあげるのもお仕事だって。だから求められていることが、恋人の真似事ならできる範囲で応えたいと思い、今まで田村さんに接してきたんです。それが伝わるように、お店の時間外では会ったことないですよね?私は田村さんのこととても良いお客様だと思ってるし、田村さんもわかってるのだと勝手に思ってしまいました。本当にごめんなさい」




 そしてすずは「もう私を呼ばない方がいいと思います」と最後に言い残し、田村に何も言わせず電話を切った。




(あーあ。これで1人、本指名のお客さん減っちゃったな…)




 そう思うのに、なぜか心は晴れ晴れとしていた。



 言葉とは裏腹に、田村と関係が切れたことで、精神的に楽になったのを感じていた。


 ちゃんと考えながらしゃべったから逆恨みされるようなことはないだろう。


 未練を残すような言い方をすれば、ああいったタイプはストーカーになってしまう可能性があるから。



 プライベートはことはほとんど嘘を伝えているのでわからないとは思うが、嫌なわだかまりを残さないに越したことはない。



 すずは自室のベットに横たわりながら、田村とのトーク画面を削除し、ブロック設定をした。










 その後お店には田村から何度も連絡がきているらしい。


 田村をブロックしてすぐにお店に状況を話して、すずにはもう入れないようにすると言ってくれたので、「真辺すずはその日は予約がいっぱいでして」と言って毎度断ってくれているようだが、NGにされているのが通じていないのか、毎日の様にすずのシフトの確認と予約が取れるかどうか聞いてくるらしい。




「すずさん、嫌なのに目をつけられちゃいましたね」



 ドライバーの1人が心配そうに声をかけてくれたが、すずにはもう放っておいてほしかった。


 店のスタッフに会う度、田村の話をされてもう嫌気がさしていたのだ。





 何より、田村の異常な執着が少し怖かった。








 そして1ヶ月後、すずは店を辞めることにした。


 HPから写真も消してもらい、別の出張店で働くことにしたのだ。




 今までは23区内の出張エリアだったが、今度は横浜方面へ行くお店にし、名前も変えて働くことにした。










 そして半年後…。









 新しい店もやることは大して変わらない。



 マッサージしたりお喋りしたりしてお仕事をする。


 都内と違ってガツガツした人は多い気がしたが、すずだって3年はメンズエステの仕事をしている。


 おおよその対処は心得ているから、面倒な客も適当に交わすスキルがあった。





 その頃にはもう田村のことはすっかり忘れていた。











「今日はロングですけど頑張ってください!」




ドライバーに元気よく送り出されすずは横浜の市内にあるシティホテルに入っていった。



(最近ロング客多いなー。みんな暇なの?)



 すずは相変わらずの毒を心の中で吐きながら、指定された部屋へと向かってエレベーターに乗り込んだ。





 エレベーター内に設置された鏡で身なりを整えながら、笑顔が引き攣らないように軽く顔をほぐす。




 それにしても客との話は本当につまらない。



 こちらから話題を振らないと喋れない奴も多いのに、大袈裟に反応を返せば自分の話が面白いと勘違いする。





 すずはメンズエステはほとんどキャバクラだと思っている。


 マッサージをするキャバクラだ。



 人によっては違法行為をするからセクキャバになっている場合もあるが、業種としては普通のキャバクラ寄りだろう。



 だから精神的にヤバいやつしか来ないのかも。




 まあそこで働かなくてはいけない自分も人のことは言えないのだが…。







 そんなことを考えていると目的の階に到着した。




 店からもらった客の情報を再度確認し、部屋番号をチェックし直す。





 軽く深呼吸をしてからすずは部屋のインターホンを押した。





 ピンポーン、と部屋の中で音が木霊する。



 人の気配がドアに近づいてくるのを感じる。






 そしてドアがゆっくりと開くと同時にすずは息を呑んだ。










 ドアの向こうでは田村が、とても嬉しそうな顔をしてすずを見下ろしていた。



 すずの暴露 〜完〜

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