夫婦関係を鍛え上げる
前の記事に続いて、
今日は自分達夫婦のことに限定して、
話させてもらおうと思う。
私の思う「夫婦の信頼」をかみ砕くと、
何を伝えても大丈夫そうだ
(物理的に逃げ出して家からいなくなったり、
頭が狂って発狂したりはしなさそう)
どうなってもなんとかできそうだ
この人には対話を通せば変化の余地がある。
という気持ちが近い。
私たちは相手が誰でも、
無意識に、なんとなくリアクションを
想像した上でコミュニケーションをとっている。
きっとこんな感じで返ってくる。めちゃくちゃノってくるだろう。
それ故、好ましいリアクションが返ってきそうな話題を選びがちだ。
それは古典的条件付けと呼ばれる、
前こうだったから多分次もこう、という
展開を予想する学習能力だ。
私たち夫婦は、
3年間、いや付き合ってから6年間、
ここまで言ってこんな風に返ってきた、
というパターンの軌跡をいくつも紡いできた。
そしてそれを時おり記録にも残してきた。
もちろん付き合い初めは
どう来る?!と先が読めないことばかりなのだが、
私の性分的にはそんなことよりも
風通しが悪いのが苦手だし、
自然体の自分で
いち早く相手との相性を確かめてしまいたいし、
相手も察しがいいので
「なんかあるな」とバレてしまう。
今振り返ると、
相手を信頼してみる、というのも
あったかもしれない。
多くは、簡単じゃなかった。
泣いてしまうので、
顔を見ては言えない時もあった。
(お風呂の中で同じ方向を見ながらなら言えた)
言葉にできず何十分も黙り込んだ時や、
逆に取り乱して叫ぶ時もあった。
(防音が心配)(動じずにいてくれた)
言いにくいことは、交換日記に記した。
殴り書いて穴が空いたページもあるし、
投げて壊れたペンもあった。
でも、てこずった分だけ、
私にとっての事の深刻さは
正しく伝わったのかもしれない。
お困りごとが起こるたびに、
それがどんなに些細でも
「話しませんか。」を合図に
あらゆる状況を激変させてきた。鮮やかに。
やり方はその時々により様々だけど、
まずは話しやすい環境を整え、
徹底的に感情を吐き出し、紙に書いて整理し、
思考し、仮説を立て、解決してきた。
その手綱をとってくれた。
その小さな物語の数々は、
自分の中でくすぶっている間には
想像すらしえない未来だった。
私の泣き言によって引き出された
勇気、知恵、行動は凄まじかった。
この人、ここまでやるのか…!!と
悩みはさておき感服さえおぼえたりもした。
そうして
夫婦がアップデートされていった。
日記に綴られた既成事実。
すでに成り立っていて、
認めざるを得ない事柄。
忘れっぽい私でも、読めば思い出すのは
当時の混沌や逆鱗、その後日談。
どうにかなると認めざるを得ない事実。笑
そのページをめくるごとに、
相手はかけがえのない人になっていく。
ポッと出の男、女には絶対に越えられない。
もう私たちは 夫婦 ver.×× になっている。
2人で、鍛え上げてきたんだ。
きっと今後も、まぁまぁきついことがあっても、
こんな風に乗り越えていくんだろう。
これまでがそうであったように。
夫婦の体幹は、何度も揺るがされ、
強固になった。
書くことで、過去と、今と、未来が見通せる。
相手への信頼、そして自分の気持ちへの信頼も。
私の今の気持ち、変わらなさそうな気がする。
もう最近になると、
「今日ね…」と悲しい顔で話し始めても、
しまいにはちょっと笑ってる自分がいるんだ。
きっと私たちなら、なんとかなるんでしょって。