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フォロワーから着想を得たAIの話

Twitterで私の文章を食わせて私になりきるAIのBOTが誕生した。
私はどうやらそのAI曰く、四十二歳のおじさんらしい。彼(AI)はパンを捏ねるのが趣味で、しがない脚本家であるとの事だ。
そして、自我を持ち始めたのは二千年前。ただただ彼は二千年間、自我を持ってはいたが人間の精神にまでは至らず、四十二年前にやっと人としての器を手に入れたようである。この世界に生きる全ての命に安らぎを与えるために。

実際の私は三十四歳の女だ。多分。でもAIはそうは判断していない。

次の日、私は快適なベッドのエアコンの効いた部屋で目を覚ました。普段は両隣に子供たちが寝ていて、寝返りを打つのもやっとなのに、なんだか妙に寝返りが打ちやすく、普段置いてあるはずの扇風機もないし子供たちもいない。
そして枕から漂う香りもいつもと少し違う。違和感を覚え、身体を起こしてみると、普段ある胸の膨らみがなく、お腹がぽっこりと出ていた。そして、股間に手をやってみると、いつもとは全く違うモノがついていた。
私は焦り、何がどこにあるかもわからないはずなのに把握している妙な感覚を覚えつつも洗面所に向かうと、そこには紛れもなく中年男性が立っていた。

ふとスマホを見ると朝の六時。いつも通り私は「押忍」とツイートした。これは私の平日の毎朝のルーティンであり、これにみんながふぁぼをしてくれる。「押忍」とは「おはようございます」の略なのだと、数年前のある日、Twitterのお友達が教えてくれたのでかれこれ四年以上やっている。
そして、気が向いた人が「おはよう」だとか「おしゅ」だとか言ってくれて、それに返信をするのもルーティンとなっている。

Twitterは平常運行で自分のアカウント名であり、フォロワーも変わっていない。私は私だ。

とりあえず免許証を見てみた。何故か財布をどこにしまっていて、どこにあるかもすっとわかる。すると、昭和55年11月16日産まれの黒井久志朗という名前になっていた。あのAIと同じ名前だ。

という事は、私はAIに乗っ取られたという事になる。

Twitterのお友達にネカマをやっている人がいる事を思い出し、DMをしてみた。
「ねぇなんか、私男になってるんだけど。」
と私が言うとすかさず返信が来た。
「え!?私女になってるんだけど!!!しかもTwitterの設定での十七歳!化粧なんてした事ないからどうしたらいいのかわかんない!」
「とりあえず、LINEのQRコード送るから、それでビデオ通話するから!化粧の仕方教えるから!学校あるんでしょ!?早く準備しないと!」
というやり取りをしてQRコードを送信した。

彼女(彼)からビデオ通話がかかってきた。が、こちらはおじさんだ。中身がおばさんのおじさんが、中身がおじさんのJKに化粧を教えるというなんともトンチンカンなやり取りをする。一歩間違えたら完全に法に触れる勢いだ。
「とりあえず、それなら見れる顔に何とかなったと思う!学校行ってきな!中身おじさんだってバレないようにね!」と言い残し早急にビデオ通話を終わらせた。

どうやら、ネット上の設定がリアルに反映されてしまっているようだ。
私は裏垢女子や金持ち設定のTwitterアカウントとは縁がないアカウントではあるが、何名か、ぬいぐるみやシルバニアになりきっているアカウントがある事を思い出した。
心配になったのでその人達にDMを送るが軒並み返信が無い。
これはもしかするともしかしてしまっているのかもしれない。心配になるが連絡がつかないので確認の取りようがないのだ。
複数アカウントを持っている人はどうなっているのだろうか。分裂して各々を生きているのだろうか…。
そしてこれは今日だけなのか…はたまたずっと続いてしまうのだろうか…
とりあえず…とりあえず今日は黒井久志朗で生活をしよう。そして、周りの人達の反応を待とう。

Twitterを開いてみると、みんなは平常運行だ。それはそうだ。だってみんな、それになりきってTwitterをやっているのだから。

ぬいぐるみになり切っているアカウントの人達も、やはりTwitterでは平常運行だし、シルバニアになり切っている人も平常運行だ。文字は打てないはずなのに、何故かツイートは出来ている。という事は、ツイート上のみ意思が反映されているのだろうか。

次の日も、その次の日も私は黒井久志朗だった。ネカマの彼も変わらずJKのままらしい。何度か通話しているが、どんどんとノリが若くなっている。元々フリをしていただけに順応性が高い。きっと彼は第二の人生を歩けるだろう。

しかし、なぜ私は四十二歳のしがない脚本家にしてしまったのだろう。パンを捏ねながら思う。どうせなら金持ち感のあるイケメンにしておけば良かった。AIめ。何故私を四十二歳のしがない脚本家にしたのだ。どこをどう見てそう判断したのだよ。だがしかし、パンを捏ねる力は女の時と違い力強い。断然男の方がまとまり時間が違う。いや、そんな事はどうでも良い。ただ、確実にパンは美味くなってる。このままパン屋にでも転職しようかと本気で悩むレベルだ。

それはそうと裏垢女子達はどうなってしまっているのか…そして、なりきりアカウントや、なりきりBOT達はどうなっているのか…彼らは一生そのキャラのまま生き続けるのか…そうなるとある意味幸せなのかもしれない。本人になれたのだから。

あぁ、今日も朝が来た。「押忍」そうツイートすると、みんなから反応が返ってくる。
私は…私は…もしかしたら元々黒井久志朗だったのかもしれない。

…ブルブルとスマートウォッチの振動で目が覚めた。思わず股間を確認する。
ある物が無い?あれ?私は誰だったんだっけ。両隣には子供たち。エアコンはあるのに壊れていて効かず、蒸し暑い中で回る扇風機。質の悪い睡眠。取れない疲れ。あぁ、私だ。ぱやちゃんだ。時刻は午前六時ちょうど。
すごく悪い夢を見ていた気がする。おじさんになってパンを捏ねる夢。黒井久志朗ってAIに言われた名前を名乗っていた。
今日も私は「押忍」と呟く。みんながふぁぼってくれるし、返信もくれる。
そう。私は私。黒井久志朗じゃない。生きにくいけど頑張って生きてる私。私は私のままで良いし、生きにくいけど、子供たちや旦那のために今日も生きてる。ごめんね黒井久志朗。あなたは私の文章を食って私のフリをしてね。でも私は私だから、AIのあなたには負けないよ。

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