「極悪女王」の時代と80年代女子プロレス入場テーマ曲 - ダンプ松本 & クラッシュ・ギャルズを彩った音 -
2024年9月、ダンプ松本とクラッシュ・ギャルズを中心とした熱狂の時代を描いたNetflixドラマ『極悪女王』が大きな話題を呼び、全日本女子プロレスに注目が集まっている。
続く10月2日にはダンプ松本のソロ・アルバム『極悪』が40年近くの時を経てサブスク配信というプロレス・音楽ファンにはたまらないサプライズ・ニュースも飛び込んできた。
そんな興奮冷めやらぬ極悪旋風を受けて、今回のnoteはドラマの舞台となった1980年代半ばの全日本女子プロレスにおける入場テーマ曲事情をダンプ&クラッシュ・ギャルズをメインに紹介。
あの頃の全日本女子プロレス(以下・全女)を彩ったテーマ曲の知られざる足跡を辿ってみよう。
その前に
※昭和・平成初期の女子プロレスのテーマ曲に関する特集や研究は、男子プロレスに比べるとスポットライトが当たりにくいため未判明情報も多いのが実情。(2024年現在)
今回のnoteで取り上げた情報もほんの一部分に過ぎません。ご理解・ご了承の程よろしくお願いいたします。
ダンプ松本、クラッシュギャルズ誕生以前のテーマ曲事情(~1983)
・ダンプ松本(当時は「松本香」)、長与千種、ライオネス飛鳥(当時は「北村智子」)がデビューした1980年は、全女のテーマ曲文化史において大きな転換期を迎えた年でもあった。
11月に史上初の女子プロレスラーの入場テーマ曲集アルバム『女子プロレス スーパー・ファイターのテーマ』が発売。あわせて3選手の入場テーマをシングルカットしたEP盤もリリース。
このアルバムの登場により、それまで選手個人に対する入場テーマ曲の概念がなかった全女マットにおいて、はじめて主要選手に個人の入場テーマ曲が与えられることになった。(それまでは吹奏楽による入場が一般的だったとされる)
参加したアーティストは羽田健太郎、三保敬太郎、鈴木邦彦などの錚々たる作曲家陣。内容もラテン・フュージョンやシンセ・ポップ、ストリングスとブラスを取り入れたバンドスコアとバラエティ豊か。
収録された入場テーマ曲は、既にスターだったジャッキー佐藤(「JACKIE」)をはじめ、横田利美(「Love & Win」)、デビル雅美(「Black Soldier」)
、大森ゆかり(「 JUNGLE GYM」)・ジャンボ堀(「Star Lady」)のダイナマイト・ギャルズなど。
デビル雅美とダイナマイト・ギャルズに関しては、クラッシュ・極悪同盟全盛の1984年以降に関しても同入場テーマ曲を使用し続けた。
ただし横田に関してはジャガー横田の改名を機に、シングルEP盤のみ収録された「ダイナミック・ジャガーのテーマ」に曲を変更している。(ダイナミック・ジャガーは横田自身が所属していたチーム)
・アルバムにはまだ新人だった北村智子のテーマ曲「Night Samba」も収録。デビュー1年足らずで入場テーマ曲が与えられた北村は”ライオネス飛鳥”改名後もしばらくの期間、同テーマ曲を使い続けることになる。
一方、松本・長与のテーマ曲は『スーパー・ファイターのテーマ』に収録されなかった。
個人入場テーマ曲を与えられなかった2人だが、アルバム発売後に引退した選手のテーマ曲(※1)を拝借する形で入場することになる。
松本に流用されたテーマ曲は、同じチーム『ブラック・デビル』に在籍した先輩マミ熊野のテーマ「Cry No More」や、奥村ひとみのテーマ「Welcome」が使われた。長与にはルーシー加山のテーマ「Phoenix Flight」が流用された。
このように松本・長与・飛鳥は本名時代のテーマ、先輩のテーマ曲で入場する日が続いた。3人が新たな入場テーマ曲に変更する機会は、『スーパー・ファイターのテーマ』の発売から4年後の1984年まで待つことになる。
・その他にも個人入場テーマ曲が与えられなかった選手はいたが、前述のように引退選手のテーマ曲を使うケースもあれば、アルバムに収録された全女アンセム「Beutiful Fighters」や、EP盤のみ収録されたレッド・フェニックスのテーマ「Red Phoenix」が与えられるケースが多かった。この2曲は以降、新人選手のテーマ曲として長らく前女マットで汎用されるようになる。
(※1)当時、全女には”25歳定年制”が存在しており、アルバム発売1年後の1981年には、個人入場テーマ曲を与えられた4人の選手が引退しており、使用者が不在となっていた。
クラッシュ・ギャルズのテーマ曲「Rolling Sobat」
1983年に本格始動した長与と飛鳥のタッグ『クラッシュ・ギャルズ』。結成後しばらくは前述の「Night Samba」で入場していたが、翌年の1984年夏からようやく新しいタッグ専用の入場テーマ曲を使うようになる。
それこそが、クラッシュギャルズの代名詞となるジーファイブの「Rolling Sabot」。パワフルな女性ボーカルと熱気に満ちたホーンセクションが炸裂する80’sブラスロックだ。
初出はクラッシュ・ギャルズのデビューアルバム『SQUARE JUNGLE』。このアルバムは『極悪女王』でも取り上げられた「炎の聖書(バイブル)」も収録されており、クラッシュギャルズ人気の起爆剤の一つとなった。
↑ドラマ『極悪女王』における「炎の聖書」パフォーマンス場面
初めて入場に使用されたのは、アルバム発売に先駆けた1984年8月後楽園大会におけるフジテレビ杯争奪タッグリーグとされている。
実際の会場音源は編集が施されており、冒頭にドラムブレイク2小節分+中盤の「C R U S H」の掛け声フレーズが配置されている。
この編集が功を奏し、曲が流れた途端に観客によるC!R!U!S!H!コールがお馴染みとなり、会場全体の一体感を高める要因となった。
ちなみに会場音源版「Rolling Sabot」を以下の編集ほぼ再現することが出きる。
1:44~1:45(×3)+1:43~1:50+0:16~
※実際に入場音源は一番最初にクラッシュシンバルが入っている。原曲にはクラッシュシンバルが入ったドラムのみのパートが存在していないため、完全に再現することは困難である。
・作曲はトランペッター/作曲家の新田一郎(ex.SPECTRUM)。
プロレス界ではスタン・ハンセンのテーマ曲として採用された『SUNRISE』でお馴染みの方。「Rolling Sabot」発表当時はソロ活動を経て、メディア作品への楽曲提供・プロデューサーとしての活動にシフトしているタイミングであった。
↑スタン・ハンセンのテーマ「Sunrise」
曲中で轟くホーンのメロディは、まさしく新田節。演奏陣も当時の新田作品の核であるホーン・スペクトラムの趣きが感じ取れる。ジーファイブというアーティスト名は事情あっての変名だったのかもしれない。
ちなみにフジテレビで放送された「全日本女子プロレス中継」に続き、新田は1年後に『フジテレビ・スポーツテーマ』を発表することになる。
・パワフルなボーカルを担当したのは、新田作品の常連であった山際祥子(ex.TOPS)。
↑ TOPS時代の代表曲「Vehicle」(The Ides Of March)。
同時期に発表された新田一郎『エリア88 コミックス・イメージアルバム』(’84)でも「Rolling Sabot」と同系統のブラスロックサウンドで歌声を披露している。
2014年大田区総合体育館での長与復帰戦となったプロレス興行『That's 女子プロレス』では、本人歌唱による生演奏での入場が実現した。
ご本人も『極悪女王』はチェック済みであることをブログに記している。
また、この「Rolling Sabot」にレコーディングに参加した縁もあってか、1987年6月にフジテレビで放送された『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングでは、山際から長与への友達紹介リレーが実現していたという。(山際は6/18放送回に、長与は6/19放送回にゲスト出演)
・1986年まで「Rolling Sabot」はクラッシュ・ギャルズのタッグ時の入場だけでなく、長与・飛鳥のシングル戦における入場でも使用されていた。
対戦カードと試合順によっては飛鳥・長与のシングルマッチが連戦となってしまった場合、2試合連続で「Rolling Sabot」が流れる現象も発生したが、訓練された観客は躊躇うことなく誰が入場するのか判断して千種コール or 飛鳥コールを送り、個人のテーマとしての色づけを施すことに成功していた。
初使用から約2年後の1986年夏、新入場テーマ曲集『BEAUTIFUL FIGHTERS 女子プロレスラー ファイティングテーマ』が発表され、主要な全女レスラーに新たな個人テーマ曲が制作された。
長与には「RING STAR」、飛鳥には「SUPER FIGHTER」という新テーマ曲が与えられ、以降は両者ともにシングル戦では同曲で入場するようになった。
「Rolling Sabot」に関してはクラッシュ・ギャルズのタッグマッチで引き続き使用された。
そして1989年、長与の一度目の引退試合で「Rolling Sabot」が横浜アリーナが大音量で轟いた。この試合をもって一旦会場で流れる機会は最後となった。
その後GAEA JAPAにおけるクラッシュ2000結成で「Rolling Sabot」が復活するが、それはまた別のお話。
ダンプ松本&極悪同盟のテーマ「Black Devil」
・1984年1月に松本香から”ダンプ松本”に改名し、クレーン・ユウと”極悪同盟”を本格始動。
極悪同盟の結成初期から6月頃までは以前から使っていた「マミ熊野のテーマ」で入場していた。
代名詞となった『Black Devil』を使い始めたのは1984年7月頃とされている。
『Black Devil』はエレキ・ギターをメインとした楽曲。不穏なベースラインと、時折響くキーボードの光線銃のようなSE音がリング上の惨劇を予期させる一方、グルーヴィーな演奏と中盤の哀愁が漂うボーカル・パートが曲に深みを与えている。
↑冒頭「Black Devil」が流れる『極悪女王』公式映像。
初出は前述『スーパー・ファイターのテーマ』のシングルカットEP盤の一つ、「池下ユミのテーマ/ブラック・デビルのテーマ」のB面。
もともとはチーム「ブラック・デビル」のテーマとして、在籍選手の入場に使用されていたが、EP盤の発表から程なくして池下ユミが引退(’81)、ブラック・デビルは消滅。新たにデビル雅美率いる「デビル軍団」として再始動後は、誰にも使われずにいた楽曲だったのだ。ダンプはこの楽曲を自身、そして極悪同盟の入場テーマ曲として復活させることに成功したのだ。
・作曲は桜庭伸幸。
世間一般では石川さゆりの『天城越え』を編曲した人物として、プロレス界では「UWFプロレスメインテーマ」の作曲者として名高い人物である。
↑ UWFプロレスメインテーマが使われた新生Uの入場式の映像。
・中盤のボーカル・パートを務めるのはフリーザー。松田聖子の「風は秋色」といった有名歌謡から「釣りキチ三平の歌」といった企画盤まで、様々なジャンルで活躍した売れっ子コーラス・グループ。
謎が多いグループだが、参加作品の一つである鹿取洋子『LIBRO』には、メンバーがクレジットされており、松木美音(現・ミネハハ)、浜岡万紗子、西崎玲子(西玲子)で構成されていることが確認できる。
実はプロレス・テーマ史に残る名曲『阿修羅』のボーカルも担当している(ビリー&フリーザー名義)。意外な所でプロレスに携わっているのだ。
・この『Black Devil』だが、ダンプ松本だけでなく、「極悪同盟」のテーマとしても運用された。すなわち極悪同盟に在籍している他の選手も一律この曲が入場に流れたのだ。それゆえブル中野も極悪時代のシングルマッチでは『Black Devil』で入場していた。
こうして『Black Devil』は、悪のシンボルマークとして、80年代半ばの日本のお茶の間を震え上がらせた(バラエティ番組におけるダンプ → 片岡鶴太郎襲撃BGMとしての使用も含め)。
「Black Devil」を使い続けたダンプ(~1988)
クラッシュ・ギャルズと極悪同盟の嵐が吹き荒れる中、全女では新しい入場テーマ曲のレコードが85年、86年の2年連続で発表された。1枚目は『Super Angels』('85)、2枚目は前述のクラッシュ・ギャルズの章でも触れた『BEAUTIFUL FIGHTERS 女子プロレスラー ファイティングテーマ』('86)。
両方のLPにはそれぞれ新しい”極悪同盟のテーマ”が収録された。
「Dirty Chains」は80年代のホラー映画のBGMを思わせる淡々としたドラムマシンに乗せたシンセの不穏なメロディライン、そして力強いキメが印象的な1曲。「GENOCIDE」では冒頭のドラム連打から、重厚なブラス・サウンドがゆっくりと響き渡るシリアスなテーマ。両者とも”極悪”のイメージに沿っている楽曲だ。
「GENOCIDE」の作曲者”HIROYUKI ONO"は同時期にフジテレビの『ひらけ!ポンキッキ』の楽曲の編曲を担当していた「小野裕之」説が濃厚。
この時の全女のテーマ曲は変革の時期を迎えていた。
山崎五紀は『Super Angels』収録曲の「Heat Up」にテーマを変更し、『BEAUTIFUL FIGHTERS』では前述の長与・飛鳥をはじめ、『スーパー・ファイターのテーマ』収録曲を使い続けていた大森ゆかり・ジャンボ堀もテーマ曲に変更するなど、大半の選手が新テーマ曲に切り替わるようになった。
極悪同盟が使っている「Black Devil」に関しても、既に引退している『ナンシー(久美)』が歌詞に出てくるため、新しいテーマ曲に変更されてもおかしくはなかった。
しかしダンプ松本はテーマ曲を変えず「Black Devil」を使い続けた。
『極悪女王』のハイライトとなった1985年8月大阪城ホールでの髪切り戦は、『Super Angels』発売後(85年5月25日)の試合だったが、ダンプは「Black Devil」で入場し、プロレス史に残る凄惨な地獄絵図を作り上げた。
『BEAUTIFUL FIGHTERS』発売後に開催された86年の髪切り戦第2Roundや、87年でのフジテレビ杯争奪ジャパン・グランプリ決勝でもダンプおよび極悪同盟の入場に流れたのは「Black Devil」であった。
この件についてはダンプ側が突き通したのか、会社が突き通したのか不明である。しかしながら曲を変える余地が無いほど、『Black Devil』=「極悪同盟のテーマ」という図式が確立されていたのは主知の事実。
実際、後に獄門党を旗揚げするブル中野は、極悪同盟のイメージを刷新するかのように、入場テーマ曲を「Black Devil」から未使用のまま埋もれていた「GENOCIDE」に変更し、獄門党のテーマとして蘇生させていた。
また勝手な憶測で言えば、ダンプがお世話になった先輩の池上ユミ・マミ熊野らへのリスペクトとして、「ブラック・デビル」時代の曲を使い続けたという説も推察できる。(ただ全女の傾向をみる限り、選手が入場テーマを選曲する風潮は皆無であるため、可能性は低い)
↑池下&マミのエピソードを語るダンプ松本の東スポ記事
こうして自身の代名詞と共に全女を駆け抜けたダンプ松本は、1988年2月の最初の引退試合での「Black Devil」と共にリングを降り、熱狂に満ちた極悪女王の時代に一旦終止符を打ったのである。