あわひ 〜いのち奏でる物語〜
「お産が楽しい」
映画の中で、聖母のように穏やかな微笑みを浮かべ、そう語る彼女たちの言葉に、衝撃を受けた。
だってだって、私のお産は、とても苦しかったのだ。
「回旋異常」でなかなか産道に降りてこなかった息子は、帝王切開で生まれた。途中まで普通分娩で進み、引いては押し寄せる激しい陣痛の波に叫び声をあげながら、元夫に「腰、さっすって!!」と怒鳴り散らしていた。病院に入ってから12時間以上が経過し、私の体力も精神力も、もはや限界で、一刻も早く帝王切開に切り替えて、楽になりたいと、そう願った。そんな出産の体験を持つ私にとって、彼女のたちの言葉は、そう簡単には信じられなかったのだ。
そして映画を見終わった後、私の「出産観」は、180度変わった。
あわひ
〜いのち奏でる物語〜
この映画は、宮城県に住むベテランの助産師、須江孝子さんを追いかけながら、生と死の間、命の循環、繋げること、感謝、そんなキーワードを節々に散りばめた、自然分娩に焦点を当てたドキュメンタリー映画である。
智子さん、という一人の女性が、須江さんのサポートを受け、実際に自宅で出産する様子の一部始終が、映画の中のメインストーリーとして描かれている。
第二子を授かった彼女は、1人目を産んだ際の、極めて流れ作業的な病院の対応に馴染めず、2人目は自宅で家族に見守られながら、自然分娩で産みたいと、望んだのだ。
上映会場にちょっと遅れて入ったため、冒頭10分は見ていないのだが、見始めてすぐ、智子さんの大きなお腹に、須江さんが腹帯を巻いているシーンが目に飛び込んできた。
細い体と、張り裂けそうに大きく張り出したお腹の映像に、目が釘付けになる。
地球の引力に引っ張られ、少し重たそうに下がったそのお腹に、須江さんが下腹から腰にかけて、真っ白な腹帯を丁寧に巻いていく。
そして臨月を迎え、予定日を過ぎたある日、いよいよその時を迎える。
陣痛が始まり、家の中を腰をさすりながらゆっくりと歩き周る智子さん。
ご主人が、出産の最後の瞬間まで一緒に見守り、須江さんの指示を仰ぎながら、彼女を健気に支える。
出産といえば、自分の経験も含め、「痛い」、「苦しい」、「大変」というイメージしかなかった私にとって、彼女の出産シーンは衝撃の連続だった。
陣痛の痛みに耐えながら、喘ぐように声をあげる彼女の姿を、美しい、と感じる自分がいた。
もちろん、痛みはあるのだと思うが、そこに「苦しい」という文字は浮かんでこない。
むしろ、神聖で神々しさすら感じるのだ。
赤ちゃんが、ゆっくり、ゆっくりと、自分の力で産道をおりてくるペースに合わせ、お母さんの体が全身全霊でその動きを受けとめようと、身をよじらせて痛みに耐える。
不思議なことにその姿は、時に妖艶で、色気すら感じさせるのだ。
いよいよ出産、という段階になり、ご主人に支えられてお風呂場へ移動した智子さんは、湯船の中にゆっくりと座る。
須江さんの動きが慌ただしくなり、ついに赤ちゃんが羊水からお風呂の中に、ダイブ。
ここでまた、私は驚いた。
出産シーンでよく見る、顔を真っ赤にして泣き叫ぶ赤ちゃんの姿は、そこにはなかった。
ちょっとぐずるように小さく泣いた後は、静かに須江さんの所作に身を委ね、臍の緒が繋がったままの状態で、お母さんの胸に抱かれる。
赤ちゃんを産湯で洗うシーンもなかった。
お母さんの常在菌をまとったままの姿が、赤ちゃんにとっては一番よい状態なのだ、と須江さんは言う。
出産後しばらくして、歩いて部屋に戻った智子さんは、横になり、生まれたそのままの姿の赤ちゃんを胸に抱き、おっぱいをその口に含ませる。
ご主人が、まだつながったままの臍の緒を握り、お母さんからの栄養が赤ちゃんに流れている脈動を感じるシーンも、衝撃的だった。
この脈動が続いているうちは、臍の緒を切ってはいけないという。
この映画はとにかく、何から何まで、私の中の「お産」の常識を覆す、衝撃の連続だった。
そして何度も何度も、私の頬を涙が伝う。
この映画で語られているのは、智子さんの出産のストーリーだけではない。
自然分娩で生まれた風間家の4人のご兄妹の話、自宅や助産院での出産を選んだお母さんと、それをサポートした助産師さんの言葉が、映画の各所に散りばめられている。
そして、直腸癌を患い、若くしてこの世を去った歌手の白築純さんと、須江さんが出演したライブの映像。
純さんの生命力を絞り出すような、澄んだ歌声が、私の涙腺を崩壊させる。
生まれゆく命と、天に召される命を映像で目の当たりにし、生と死の間で揺れ動く人の想い、命の力強さ、儚さを、端々で感じることのできる映画。
上映会の後、この映画を作った監督の吉島陽子さんのお話を聞くことができた。そしてこのお話がまた、心に響く。
彼女がこの映画を通して伝えたいメッセージは、地球の未来へとつながっていた。
全国各地で、この映画の上映会を実施しているようですので、ご興味ある方はぜひ。
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