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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第5話❷ 双子

2,894文字5分

●2036 /06 /08 /18:10
  大船

「誰?」 

 眼鏡をかけた男は、まだ子どもだ。あたしはさっちゃんに首で合図を送る。さっちゃんが銃をおろす。
 男は固まったまま。少し震えている。冷やかしだろうか。入ってきた時から挙動が普通ではない。動画がSNSでバズってから、通りを歩いていても、たまに変な視線を感じることはある。
「なんでしたっけ、サマージ? ここじゃないと思いますよ。」

 ぼぐあ。さっちゃんが男をグーで殴った。男がスツールから崩れ落ちる。立ち上がった男は両手をあげてさっちゃんを見て、あたしを見て、さっちゃんに視線を戻した。

   ◯
 双子?
 (気をつけてね。双子が動いてるよ。)という言葉が頭の中に響く。その双子がここにいる。ここに、サマージの双子がいる。
 痛ってー。双子の片割れがすっげー殴ってくる。
 ぼくはとっさに左の手のひらを出した。身を守る方法はこれしかない。

   ◯
「ちょっと待って!」
 男が突然左手のひらをだした。光が手のひらの中央に集まり始める。やめて、店の中で!
「分かった。いいから、一回落ち着いて。タコ出したらあたしのタコに食わせるよ」

 ぼぐあ。さっちゃんが男をグーで殴った。
「さっちゃん! いいから!」
 男はスツールから転げ落ち、もう一度両手を上げてうな垂れたままゆっくりと立ち上がり、スツールに座り直した。

   ◯
「あんたが公安のアートマンってこと?」
 さっちゃんって人は、いつでもぼくを殴れる体制で立っている。ボクシングみたいな構えだ。 
 あの子はずっと落ち着いて腕を組んだままだ。
 こーあん? アートマン? この人たちは何を言っているのだろう。

   ◯
「あんたが、ミクニを殺したんだ」
 そう言ったさっちゃんは、ずっと男を殴れる体制をキープしている。
「なんで? めがね。仲間なのかと思ってたよ」

 男は恐る恐るさっちゃんを見る。さっちゃんが振り上げている拳は、ぷるぷる震えて、とても悲しそう。

   ◯
「あたしたちはね、あんたを捕縛しろって言われてる。」
 ノースはタオルで手を拭いながら、落ち着いた口調で言った。
「いや、ぼくは公安のアートマン? ではないです。」
 荒鹿の首はサウスの拳を警戒して縮こまっている。

「タコ。」
 いつでも彼を殴れるよう、サウスの拳には力が込められぷるぷると震えている。
「・・・蛸は、はい。蛸・・・。」
 荒鹿の両手はカウンターの上でぶるぶると震えている。核心が近づいている。

「大船、駅の向こう側。」
 ノースはそう言ってからタオルを丁寧に畳んでキッチンカウンターに戻した。
「・・・はい。」

 荒鹿は下を向いて、駅の向こうの閃光事件を思い出す。調子に乗って余計なことをしてしまったのだろうか。一抹の後悔が荒鹿をどこかの深い闇に引きずり込もうとする。一抹どころではない。百抹くらいだ。どうにか、状況を理解しようと、下を向いたまま視線を目まぐるしく動かす。

「川崎、ドラッグストア。」
 ノースはゆっくりと腕を組みながら、荒鹿を詰めるように言葉を繋いだ。
「・・・・・・はい。」
 荒鹿の肩から力が抜ける。サマージで確定だ・・・。

「正義の味方気取りかよ。」
 そう言ったサウスは拳を挙げたまま、荒鹿の座ったスツールの足元を蹴る。スツールの金属の足が鈍い音を立て、荒鹿がスツールごとぐらりと揺れる。殺伐とした空気に満たされているこのカフェで、その動きはあまりにも間抜けだった。しかし、誰もそれを笑ったりはしない。

「公安じゃないなら、あんたを殺す」
 そう言い捨てたノースは、カウンターの中で腕を組んだまま微動だにしない。

「ミクニはね、さっちゃんに殺してって頼んだんだよ」
 もう一度、サウスはスツールを蹴った。荒鹿はもう一度、ぐらりと揺れた。
「・・え、あの、殺す?」
 荒鹿は揺れながらサウスを見上げた。こっちはピンクだ。同じ人の色違いだ。

 え? 待って。双子は殺人を請け負っている? サマージ・・・。
 やばいことに巻き込まれているような気がする。気がするどころではない。スツールに座って揺れながら、荒鹿は絶望した。
 双子は何故か、荒鹿の変身のことを知っている。しかし、それは「何故か」ではない、蛸を出そうとしたからだった。荒鹿はそれにも思い当たらないほど、動揺していた。

 ノースが首で合図を送るとサウスが荒鹿のTシャツの襟を掴んで引っ張り上げ、無理矢理立たせた。
 ノースがカウンターに向けて手を伸ばし、左の手のひらに力を入れて開くとその表面が緩やかに光り出す。光の粒をぱらぱらと弾きながら、彼女の手のひらからぷるんっと可愛らしく出てきたタコは瞬く間にひゅるひゅると何本もある黒い足を伸ばして、たちどころに荒鹿を縛り上げた。荒鹿はバランスを失って勢いよく倒れ、顔面から地面に激突した。
「痛ってえええええ。」

 視界から突然消えた荒鹿を気にかけることもなく、ノースがスマートフォンに何かを指示する。それからさっとエプロンを外すと、通りに面した窓のブラインドを下ろし、ため息と共に入り口のドアにかかったヒュッテのサインを外す。レジスターからまとまった札の束を胸元にしまい込み、手際よく一連の閉店の作業を終わらせると、ちょうど店の表に車が止まる音がした。
 ほんの数分間だったが、片足で荒鹿の背中を押さえつけ、ぷるぷる震える悲しい拳をずっと荒鹿に向けて上げ続けていたサウスにとっては、それが永遠のようにも感じられた。

 ノースが店のドアを開けると乾いた竹細工の音が静かに響いた。
 左右に首を振り、通りに人がいないことを確認すると、サウスは荒鹿の首根っこを掴んで店から引きずりだし、到着した車のトランクの中に投げるようにして押し込んだ。

 閉じ込められた暗闇の中で、双子の会話が聞こえた。
ノース「もしもしサカイ、公安のアートマンが・・・。」
サウス「見つかっちゃったよ、ヒュッテ。」
ノース「小動の倉庫で、うん、漁港の。大丈夫。任せて。」

 ばたんとドアが閉まる音が二度続き、乾いた起動音が鳴り、いくつかの低い電子音の後にゆっくりと車が動き出す。

サウス「さっちゃんは、あのめがねが、ママとノースとさっちゃんを逃がしてくれると思ったんだよ」
ノース「どうしてそう思ったの?」
サウス「だってあいつ、空港の後の夢にでてきたから。いつも夢にはママとノースしか出てこないのに。だって家族がでてくるのが夢だもん。」
ノース「えー、あいつが家族だったら嫌じゃない?」
サウス「嫌だ! きもい。」
ノース「じゃあ、見間違いかもよ、夢の眼鏡はお父さんかも、見つかるかも知れないね。あれ、この感じだとちょっと一雨きそうね。」

 車が急加速する。

サウス「でもママとノースはだいじょうぶ。さっちゃんがいるから」
ノース「そうだね。」

 荒鹿は闇の中で目を閉じて、微かに聞こえる二人の会話に聞き耳を立てていた。

つづく


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