【SF小説】ぷるぷるパンク - 第2話❸ 変身
4,861文字9分
●2036 /06 /06 /23:09
川崎
すっかり夜も深くなり始めていた。人気のない森林公園で、飛行の練習を続けていたが、そろそろ飽きてしまった。(なんとなく、思うように動けるようになってきたし、もういっちょ行ってみるか)、ぼくはとりあえず川崎を目指す。
人目を避け、しばらく住宅街を北上していると、眼下の大通りに閃光と共に暴れ回る恰幅のいいアーマーが見えた。
さあ、次の相手だ。慣れてきた飛行状態からそいつの前に急降下、正義の味方らしい登場シーンだ。
ぼくは素早く前後左右を確認する。オーディエンスはいないか・・・。しかし、そのアーマーの周りには、見るも無惨な光景が広がっていた。
あちこちに落ちている人間の頭や体の一部が綺麗に切りとられて、断面から鮮血が未だに吹き出し続けている。今さっき、上から見えた閃光の犠牲者だろうか。ぼくは無意識に身震いをしていた。
その刹那、少し距離を保った場所にいたはずのアーマーが、一瞬でぼくの目の前にまで距離を詰め、力を貯めたアッパーでみぞおちを殴りあげた。ぐへええ。息が止まる。
そして男の拳から衝撃波がぶわっと広がり、ぼくはその衝撃にのけぞったままの格好で、数十メートルを吹き飛ばされ、地面に転がっていた人間の死体のようなものに突っ込んだ。クッションになった人間の血肉が辺りに飛び散った。
ぐへえ。ぼくはよろけながら、どうにか立ち上がった。今度の相手は強い。
こちらに向かって歩き始めている男が、両腕を前に伸ばすとそこから閃光が直線状に放たれて、数十メートル離れたぼくの胸に直撃した。
え? 飛び道具もある?
しかし、閃光のビームはアーマーで弾かれ、四方に飛散した。弾かれた光がそこらじゅうに散らばる。光のかけらが当たって焼けついた地面からは、水蒸気と肉が焼け焦げるような匂いが上がった。
(やばい・・・。強い・・・。)
再び瞬間移動で間を詰めて来た男が、力を溜めて引いた右手の拳で荒鹿を殴りあげようとした瞬間、荒鹿はつま先に力を入れそいつの手の動きに合わせてハイジャンプ。
「それは知ってる! ぼくも昨日やろうとした!」
空振りになったアッパーを誘導するように、その少し先を飛び上がった。上空から見下ろすと、男は何故か空振りになった拳をぼけーっと見つめている。
「はっ。」跳躍の頂点で、思わず声が漏れてしまった。何故かじゃない! それ、狙ったぜ!
降下のタイミングで男の首を狙って脛でキックをいれるとそれが上手く直撃。男の首がぐぎっと左に90度、不自然な角度で折れた。
男の足元がふらついた瞬間、着地したぼくはそのまましゃがみ込んで、ふくらはぎに力を溜めて、拳をにぎったまま、再びジャンプ!
しかし、その瞬間ぼくは躊躇してしまった。この男に合わせて、この戦いの中で自分の経験値が上がっているのがわかる。このアーマーがこれまでの戦いも含めて学習しているのだろうか。しかし、だからこそこのままではこいつを殺してしまう。
その瞬間、身体の表面に沿って電流のような閃光が走り、それが一瞬で全身を漲らせると右の拳に集まった。ぼくは、思いっきり右の拳を振り上げる。
敵の顎に特大のアッパーが入った。男はのけぞって後ろに吹っ飛び、並んでいた駐輪場に重なって停めてあった自転車の列にぐわしゃっんといって突っ込んだ。
ぼくはそれを見届けると、さっき男がやっていたような瞬間的な並行移動で間を詰めた。そして必殺のタコ殴り(仮)。「あったたたたたたたあ!」
男の体から力が抜け、突然反応が無くなった。ぷしゅーっと空気の抜ける音がしてフルフェイスのマスクが開いた。苦しそうに顔を歪める弁髪の若い男が現れた。男は、立ちあがろうと自転車の瓦礫に手をつこうとするも、その瞬間にアーマーも消え去り、再び自転車の中に崩れ落ちた。
ぐにゃりと変形した自転車の塊に埋もれているのは、身体中に地球環模様のタトゥーが入った全裸で弁髪の男だった。
荒鹿が改めて周りを見渡すと、弁髪の男の周りの建物には、大船の川縁にあったような抉れた球体の空間がいくつもあり、バケツでぶちまけたような血溜まりがいくつもあった。
バイクや看板だったものの破片や、砕けて散らばったガラス瓶に混じって大量の青い錠剤が散乱し、それに混じって人の腕や身体の一部のような物も散らばっている。
なんとも残酷で、そしてカラフルな、不思議な景色が広がっていた。
この男はここで閃光を使って何人も人を殺したのだ。男は変身が解けて焦ったのか、何かぶつぶつ言いながら一心不乱に地面に散らばる錠剤を拾い集めている。
にゅるっ。
不意に、ぼくの目の前で、這うように錠剤を集めている男のうなじ辺りに貼ってある基盤のようななシール? のちょっと下の首の付け根の骨の出っ張り辺りから、にゅるっと例の蛸が現れたので、ぼくはそれを男の体から雑草の根を抜くように問答無用で引っ張り出し、力を込めて握り潰した。
手のひらの中で蛸の感触が消える。手を開くとそれはキラキラした光る粉になって、ぼくの手のひらから溢れるように空気の中に消えた。
そして、時折ブレるようなデジタルノイズが男の体の表面に現れるようになった。ノイズが徐々に男の体に広がり出す。男の体はだんだんと半透明になり、やがて光の藻屑となって消えてしまった。
「消えた・・・。」パトカーのサイレンが近づいているのが聞こえた。
ぼくは弁髪のアーマー男を成敗した。
そして弁髪のアーマー男は消えた。蛸と同じように、空気の中に光の粉になって消えた。
ぼくは弁髪のアーマー男を殺したのだろうか。いや、ぼくが殺したのは、蛸だ。奴の蛸。
きっと男は、ぼくに殺されなくても死んだのだ。そう思わないと、まるで、ぼくがこいつを殺したみたいではないか。待って。ぼくが? 人を殺す? そんなことはないだろう。男は人を殺した。そして・・・。
きっとぼくじゃなくても、警察や自衛隊が殺したかもしれないし、サマージならきっと空港の襲撃で死んでいたかもしれないのだ。
この男は、どうせ死ぬ。
だって、この男はいっぱい人を殺したんだから。
よくわからないけど、それはきっと、彼の業みたいなものだ。あの弁髪や地球環のタトゥー。おそらく彼はトゥルクの信者。そして、それは彼の生き様で、生き様というのは、死に様と同じで、ぼくはちょうどそこに居合わせただけ・・・。
●2036 /06 /07 /04:06 /川崎
森林公園の方に見えた閃光を目で追っていたら三体目のアーマーを発見した。発見したというよりは発見されたという方が正しいかも知れない。
さっきの男についての心の整理がまだついていなかった。ぼくにはもう少し時間が必要だった。でも、結局これは時間が解決するようなことでは無いかも知れない。
ぼくは人を殺した。でも、彼の死体は存在しない。そして彼は光になった。そう、やはりあれは彼の業だったのだ。
彼はもともと死んでいた、あるいは、彼はまだ死んでいない。それがトゥルクのいう輪廻みたいなものなのだろう。
三体目のアーマーは向こうから近づいてきて、心の準備が整う前に手を合わせることになったが、弁髪の男に比べると全く強くなかった。
か細いローキックが荒鹿の太ももに何本か入ったが、反撃したらアーマーごと折れてしまいそうなほどにか弱かったので、どうにも反撃することができなかった。
まだ毛も生えていない少年かもしれないと思って、みぞおちに一発、寸止めの普通よりちょっと強そうなパンチをいれると、簡単に変身は解けた。
今度の相手は女の子だった。まだ中学生くらいの子どもだ。ぼくは全裸になった女の子に、咄嗟に見つけたくしゃくしゃの新聞を渡して後ろを向いた。女の子は新聞をがさがさと開いて、裸を隠した。
「ねえ、蛸を潰さなくても、君を変身できなくする方法はある?」
ぼくは、さっきの男が消えていくデジタルノイズの光景を思い浮かべながら彼女に聞いた。空気の中に、きらきらと消えていった蛸、そしてあの男。
「は? 教えないわよ、そんなの。あんたを倒せないなら、どうせ、殺されるんだし。」
殺される? サマージに? サマージって静粛とかしちゃうタイプの組織?
ぼくは後ろを向いたまま、彼女に弁髪の男と蛸の話をした。彼らがきらきらと空気の中に消えていった話だ。
しばらくの沈黙が続いた。
「分かった。」女の子は長いため息をついた後にそう言った。
振り向くと黒い蛸が二人の間に浮いている。ぷかぷかと浮かぶその姿は、なんだかコミカルで可愛らしい。
「あんたのタコに食わせな。」
ぼくは左手を開いた。アーマー越しの手のひらから出てきたぼくの蛸が、彼女のタコに飛びついて、なんていうか、むしゃむしゃ、みたいな下品な音をさせて、結構可愛くない感じ、というよりはむしろグロテスクな感じでそれを食い漁った。
「あんた、気をつけてね。双子が動いてるよ。」
「え?」と言うまもなく、彼女はいなくなっていた。空気の中に消えたのか、無事に逃げてくれたのか。わからないけど、弁髪の男の時のような光は無かった。彼女はいなくなっていた。
疲労がどっと全身を襲う。
このアーマーもかなり使いこなせるようになってきた。蛸やサマージの情報もゲットした。今日はなんか、頑張った。そういう方向で、気持ちを整理する。
ぼくは一息をつくと、真上に向かって垂直に飛び上がった。空気の層が次々と変わる。
結構な高度にまで上がって来たようだった。
首元のボタンを押すとプシューと抜けるような音と共に、顔を覆っていたマスクが上がった。空気がひんやりしていて気持ちがいい。
上空で見る地球環は、遠い赤道の東の水平線からすぐ頭上にある宇宙、そして小さな富士山よりももっと西のもっと向こうの地平線まで、くっきりとした幅のある半円のアーチに見えるから、地上から見るよりも壮大で美しい。
ゆっくりと振り向くと羽田空港の方向には、はっきり見えたわけではないけれど、確かに、空港や飛行機の残骸があるような気がした。やっぱり惨劇は現実だったのだ。
工業地帯越しの東京湾側がほんのりと明るくなり始めていた。いくつかの大きな星が輝く濃い群青色で埋め尽くされた空の下では、淡いピンクと濁った水色のグラデーションが空と海の境目を覆い始めていた。
夏の夜がゆっくりと明ける。
●2036 /06 /07 /05:09 /大船
空気の冷たい上空をふらふらと飛んで、大船に戻った。
マンションのゴミ捨て場で力を抜くと変身が解けた。予想通りの全裸だった。眼鏡もない。ぼくは急いで誰にも見られないように非常階段をのぼり、家に飛び込むとなんとかベッドに潜り込んだ。
すぐに意識が真っ白になった。あの閃光のような白さだ。
立ったまま体が宙にふわりと浮いて、飛び始めた時のような、不安定な感覚が足元を、そして体全体を襲う。
「君は誰?」黒い髪の少女がぼくに訊ねる。
不安定に浮いて、バランスを取れずにぐらぐら揺れているぼくに比べて、彼女はふわりと、それなのにしっかりと、光の中に立っている。
ぼくは彼女に触れたい。一生懸命手を伸ばそうとすると逆に、ぼくの体は動かない。
「ぼくは彼女を知っている。」
ぼくはふと、そう思った。ぼくは、まるでそれが当たり前のことのようにそう思った。
思ったと言うよりも「感じた」とか「思い出した」という感覚が近いかもしれない。
ぼくは彼女をずっと知っている。
懐かしいような、悲しいような、暖かいような、不思議な感覚が心臓のあたりから溢れ出す。この感覚、彼女にも伝わっているのだろうか。彼女も同じ感覚なのだろうか。
「君は」二人の声が重なった瞬間、白い光がぶわっと広がり、右耳の後ろ側に鋭い痛みと熱を感じ、視界がホワイトアウトする。
ぼくは彼女を知っている。そんな感覚を残したまま。意識が遠のいた。
つづく
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