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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第4話❷ 幼馴染み

2,916文字5分

●2036 /06 /06 /06:19
  川崎(サマージアジト)

 湾岸工業地帯の古い倉庫を改造したアジト内の小部屋には、その両端に向かい合わせの狭いベッドが置いてある。それだけしかない無機質な空間だ。
 焦点の定まらない弱々しい朝の木漏れ日のかけらが、薄暗い部屋の壁と床を飾りつける小さい模様のようにいくつも散らばっている。
 ぐるううう。自分のお腹が鳴る音がサウスの眼を覚ました。
「うう。お腹すいた。」

 空港襲撃から戻った後、裸の身体にブランケットを巻いただけの双子は、それぞれのベッドで24時間以上も寝ていたことになる。
「ほあーーーーー。」ピンクの髪をかきあげて、妹のサウスが伸びをすると、ブランケットがずり落ちて、汗ばんだ上半身が顕になった。
「さっちゃん。」胸の前でブランケットを押さえたまま、ゆっくりとベッドに上半身を起こしたノースは、表情を隠してしまうほど顔にかかった緑の髪の隙間から、サウスを睨みつける。
「あ。」手元で慌ててブランケットを巻き直して胸を隠したサウスは「暑いからね」と支離滅裂な言い訳をして、再びベッドに突っ伏した。
「ねえ、いつもと違う夢だった。ノースは?」
 髪をかきあげながら頭をひねるノース。「そんな気もする。」

 錆びた鉄の階段を降りる二人の足音と、それを監視するように追うドローンの蜂の羽音みたいなプロペラの音が、空気を震わせ、だだっ広い倉庫内の空間に響き渡る、サウスが煩わしそうにドローンを手で払いのける仕草をしながら、ぶつぶつと独り言を言っている。
 テーブルとパイプ椅子が雑に並んだ食堂におりると、二人を待っていたであろうサカイがすっと立ち上がり階段の下まで歩いた。
 サカイは口元に手を置いて口の動きが見えないようにしながら、武装班の火力部隊が、自衛隊とア軍の介入前に脱出できなかったことを伝えた。

「どうしよう。助けに・・・。」ノースは、サカイがしているように、自然な仕草を意識して手を口元に運びながら言った。サカイが首を横に振る。
「さっちゃんも。」サカイはそれを無視して、被せるような早口で話し出した。
「火力部隊が全滅した。地下の物流トンネルに自衛隊の部隊が突入たらしい。計画は失敗した。」
「そんな・・・。」ノースが絶句する。サカイが頷く。無念を噛み締めるようにして。
「え? 店長も?」サウスがノースを見つめた。
 彼の説明によるとこうだ。

日本政府からZENを強奪するあたしたちのこの計画は、成功していれば、極左なんかの謎のテロ組織による謎の空港襲撃と、日本領土内でア軍とそれに関わるRTAが自衛隊と共同でそれを合法的に制圧しただけという事件になるはずだった。

 しかし、サマージの火力部隊発見・殲滅の一連の流れにより、事情を知らないはずの自衛隊の現場にテロ組織がサマージであるとばれた。しかも事前にトンネルの逃走経路までリークされていた。
 サカイの見立てでは、日本政府側と通じたア軍内のスパイがいて、そこから自衛隊に情報が流れたのだろう、ということ。そして、サマージの名前が表に出ることで、RTAが隠れて行っている国内での工作活動に注目が集まってしまった。

 加熱する空港襲撃事件の報道に紛れて、日本はア国の影響の外でZENの採掘を公式声明を発表した。国内での単独採掘権を守るためだそうだ。これはあたしたちの狙い通りだった。

「残った武装班は武装解除され、ここに軟禁中だ。アートマンは再編成されて、実質RTAのコントロール下に入った。」そう言ったサカイの言葉には、その一つ一つに嫌な重みがあった。

 ノースは、顎に手のひらを当てて考え込む。
「さっちゃんは?」サウスが心配そうな顔でノースを見る。
「・・・さっちゃんもあたしといっしょだよ」サウスが安堵の笑みを浮かべる。

「今は待機命令が出ているけど、何かやばい作戦に駆り出されそうだ。」彼はそう言い終えると口元にあった手を下ろし、腕を組んでため息をついた。

「やばい作戦って?」ノースがサカイを睨むように聞いた。彼女が口元に手を当てたのは、CCTVで見張っているRTAの読唇術を避けるためではなく、純粋に不安からだった。
「内容はわからないが、おそらく、スケープゴートだな。犬死にさせる気だろ。」
「スケートボード?」彼女にも、ちゃんと不安は伝わっている。知らない言葉があっただけだ。

「それから、僧侶のアートマンたちが失踪した。」サカイから次々と発せられる事実は、とても嫌なものばかりだった。
「あのジャンキー軍団が?」ノースは額を手で囲うように抑えた。
「その下っ端が、昨日大船で事故を起こして公安に捕まった。謎のアートマンが公安側にいたらしい。」
「なんて? アートマンが警察に? RTAが警察側にもアートマンを?」
 
 もう、嫌だ。ノースは自分の体から力が抜けていくのが分かった。彼女は、近くにあったパイプ椅子に手をかけ、がらがらと音をさせて地面を引き擦り手元に寄せると、そこにへたりこんだ。サウスがその後ろに立って、彼女の肩に両手を置いた。

「それはわからない」サカイは下を向いたまま呟いた。
「アートマンの遠隔起爆装置は? 遠隔で起爆させれば、仲間かどうかわかるんじゃない?」彼女は、肩にあるサウスの手を片手で触れて、項垂れたまま口だけを動かす。

「あれは嘘だ。というかものの言いようだ。実は遠隔起爆じゃなくて自爆装置なんだ。外からはコントロールできない。若いアートマンを見張っておくためのサマージの嘘だ。」
 突如、サウスが目を見開いて、サカイを見て、ノースの肩に抱きついた。

「え、まじ? ノース、逃げよう! 殺されないって!」
「待て、サウス」サウスがノースの腕を引っ張り上げて、椅子から立たせる。
「はやく!」サウスは待ちきれない。
「待て、サウス」なだめるように両手を広げるサカイ。
「お前たちには、そのアートマンを捕縛して欲しい。」それはサカイにとっても、嫌な指示だった。しかしRTAのコントロール化に入り、どうすることもできないのだ。
 沈黙がドローンの羽音を増長させるようだった。サウスは、ノースの言葉を待つように、屈みこんで椅子に座り直したノースの顔を覗きこむ。

「もし、あたしたちが途中で逃げたら?」ノースが重い口を開いた。

 サカイは後ろを向いて、うなじに貼ってある菱形のシート状の起爆装置を見せた。
 2センチ四方くらいの大きさで小さな緑のLEDライトがいくつか点滅している。双子はつられて首の後ろを確かめる。

「遠隔起爆シートだ。」サカイも、正直泣きそうな顔をしている。
「最悪。それって信じられるの?」表情に諦めを漂わせてノースが言った。
「捕まったトゥルクが、拘置所で自爆した。」しばらくの間、誰も何も言わない。
 沈黙を破るようにノースが口を開いた。
「でも、どういうことなの? こんがらがってきた。アートマンに変身したら外から殺せないけど、人間だったら外から殺せるってこと?」サカイは目を閉じて、ただ、軽く何度か頷いた。
「最悪。信じられない」彼女はうなじのシートを剥がそうとするが、皮膚と一体化しているかのように、剥がすことができなかった。

つづく


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