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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第2話❷ 変身

4,368文字9分

●2036 /06 /05 /23:06
  大船(昨夜の記憶)

 白く光るプレート状のアーマーのようなものに包まれて、何かに変身した荒鹿。観音様の参道から、路地向こうの大通りに走り出す、とりあえず、走る!

 高さだいたい5メートル、長さだいたい10メートルの大ジャンプを何度か繰り返し、荒鹿は川沿いのパトカーの集まりに合流した。そこには観音様を背景にして、パトカーや消防・救急車両の赤色灯が作りだす夜が血のように赤く染まり、毒々しく広がっていた。

 警官たちは突然現れた荒鹿に銃を向ける。荒鹿が一歩前進すると、さらにもう何人かの警官が荒鹿に銃を向けた。
 彼らは口を開けて大声で叫んだ。しかし、その声はサイレンにかき消されて聞こえない。
 すぐに彼らのうちの何人かが実際に荒鹿に向けて、実弾を発砲した。水蒸気のような小さな煙をあげてアーマーが銃弾を弾いた。ノーダメージ。かすり傷すらついていない。

 荒鹿は咄嗟に両手を上げ「違います、他人です」というが、この状況において、そのセリフの信憑性はゼロだ。警官たちは、銃を構えて固まったまま荒鹿を見つめている。

 その瞬間、川の中から閃光が走り、間欠泉のような太い水の柱が上がった。その勢いに紛れて人間のような形をした影が、視界の中で急激に川の底から飛び上がった。その影は頭上でぐるっと回転し突然勢いをつけると、吹き上がった川の水が落ちてくるよりも前に、空気を切る音とともに高速で落下、一台のパトカーの屋根に着地した。

 ぶほん、ぐしゃん、そんな音がして、パトカーが盛大にぶっ潰れた。
 荒鹿と同じ白く光るアーマーを纏ったその人間型の何かは、パトカーの残骸の中にすっと立ち上がった。
 その人間型の何かが、首の動きで荒鹿に何かしら合図を送って見せたが、荒鹿には全く伝わらない。

「離れてください!」荒鹿は警官たちに向けて叫んだ。
 次の瞬間、荒鹿はアーマー人間に向かって大ジャンプ。しかし、うまく調節ができずに突っ込んでしまった拍子に、そいつを押し倒した。(ラッキー! そして、とりあえず、タコ殴りだ。蛸だけに! あたたたたあ!)
 咄嗟のことに、アーマー人間は荒鹿のタコ殴りを防御することができずに、殴られるがまま。
(このアーマー野郎の見た目は、ぼくとほとんど同じ。こいつはぼくを仲間だと思ったかもしれない。油断。)
 荒鹿は、しかし、そんなことはお構いなしに殴り続けた。
 荒鹿は思った。
(必殺技がいるぞ。『ローリングサンダー』とか、『水の呼吸・壱の型・水面斬り』とか、そういうやつ。でも今日は間に合わない!)
 とりあえず手を高く引き振りかぶって、溜めのポーズを取る。

(必殺技! 最終奥義だ!)なんて考えていた瞬間、さっきまでのタコ殴りが効いたのか、しゅううと空気の抜けるような音がして、アーマー人間を覆うアーマーが空気の中に溶けるように消え去り、荒鹿の拳が行く宛もなく宙に留まった。そこには一人の男が裸で横たわっていた。

 生まれたままの姿に戻った、というのが正しいか。しかし、肩に大きな地球環ちきゅうかんを模したようなタトゥーがあるから、生まれたままとうい訳でもない。

「え?」

 最初は訳がわからず、ただ、様子を見ていた警官たちだったが、すぐに気を取り直すと、動かないでいる全裸の男に飛びついて取り押さえた。何人かの警官や消防士は、突っ立ったまま驚いた表情で荒鹿を見つめている。

「サマージです。こいつサマージです。指紋で照合取れました!」若い警官が叫んでいる。
 全裸の男はぐったりしたまま、パトカーに引きずり込まれた。
「き、君、話をきかせてくれ。」上官っぽい警官が荒鹿に駆け寄り、声を掛ける。

「すいません、行くとこあるんで!」叫ぶように言い捨てて、荒鹿はその場で思い切り跳び上がった。

 さっきのアーマーと荒鹿のアーマーがはほとんど同じような見た目だった。警察が荒鹿をサマージと疑わないとは限らない。荒鹿は頭上を見上げる警官たちにちらっと視線をやり、逃げるように慌てて観音様の元に戻った。

「すげえ。」
 実際すげえ。荒鹿はそう思った。
(そうだ、このまま姉ちゃんに会いに行こう。これなら、姉ちゃんを安心させられる。誰がどう見たって、今のぼくは正義の味方だ。)
「もう、おれはもう、クズ眼鏡なんかじゃない!」

 観音様の真下の東屋で、荒鹿は自分が纏っているアーマーを隅々まで確かめる。
(これはかっこいい。)パトカーのサイレンが止むまでの何時間も、荒鹿は飽きずにアーマーを眺め続けた。

 音が消えると荒鹿はアーマーを纏ったままの格好で人気のない大船駅まで戻った。改札ゲートの横を小走りで繁華街に向けて抜ける。
 改札口の正面を通り過ぎたあたりで突然全身に悪寒が襲った。武者震いのような肩首の震えとともに突然アーマーが消えた荒鹿は、どう考えても全裸だったから、とりあえず家まで走った。何も考えずに走った。とりあえず全裸で走った。

●2036 /06 /06 /19:31
  大船(今夜)

「なるほど」
 この蛸を使って変身ができることがわかった。なんか知らないけど、すげえ。
 蛸を握り潰そうとすると、熱を帯びた蛸が手のひらから体の中に入って、その代わりに出てくる白い光の粒々が手のひらに集まり銀河になって破裂する。その光が全身に行き渡ると、背中の方から体を覆うプレートが出てきてアーマーになる。そういうわけだ。

 ってことは!
 これは行ける。川崎だ。サマージだ。YouTubeでもみんなが言っている。小舟だって、姉ちゃんだって、そして警官たちも誰もがみんな口にしている。

 サマージが、今、熱い!
 川崎に行けば、スケートボードのあの子はいるだろうか。今のぼくなら、胸を張って会える。姉にだって、小舟にだって、そしてあの子にだって。

 ぼくは観音様のこの力を使って、彼女をテロ組織から救い出す。今のぼくになら、それができるはずだ。それに実際、サマージは一体撃破済み。

 テロ組織に所属せざるを得なかった彼女の人生の背景はわからないけれど、踊るようにスケートボードに乗っていた彼女の笑顔は、誰かが守らなきゃいけない。
 その誰かが、何故かはわからないけど、今はぼくなんだ。
「君をサマージから救い出して見せる!」観音様がくれたチャンスに違いない。

 馬鹿みたいに自惚れてしまう。しかし、今なら、自惚れたっていいだろう。なんと言っても、「おれは正義の味方なんだ!」

 ぼくは、蛸を握りしめる。手のひらの中で蛸が熱くなる。
 そう、この感触。全身を貫く白い閃光が走り、ぼくの体を包み込む。

「うわ、しかも飛べる!」ジャンプだけじゃねえ。
 不安定ながらも、体がふわっと宙に浮いた。
「飛べる! いくぜ川崎!」
 電柱のちょっと上くらいの高さを比較的ゆっくりと飛ぶ。

 スピードが出過ぎないように踵に力を入れて、ブレーキをかける感じだ。つま先の方に力を入れて足をピンと張ろうとすると、急にスピードが出て怖い。
 両手はとりあえず、受け身が取れるように腰あたりで、手のひらを地面に向けておく。飛ぶ高さはジャンプで届くくらいまで。だいたい5メートルくらいか。着地で勢いがついちゃって、昨日のパトカーの人みたいに地面に激突したりしそうなのも不安だった。

 この恐怖感は、経験を積まないと克服できない気がする。今日はまず、これを練習してみよう。飛行訓練。何事も、練習。アニメでいう修行回。クライマックスはまだ先で大丈夫。

 そんな感じで飛び方をめちゃくちゃ意識しながら練習していると、視界の隅で閃光が走った。来たな、サマージ。

 閃光に向けて、ブレーキをかけるように右足で空気を蹴って、どうにか方向を変える。ブレーキで切り裂かれた空気が隙間風のような音を立てる。一瞬安定を失って、高度が下がり、お尻の辺りがひゅっとする。そのまま、踵で小刻みに空気を押さえるように蹴ってスピードを殺してなんとか着地。ぼくは閃光が見えた方向に振り返った。

 その方向には、やはり、アーマーがいた。そいつはぼくの姿を認めると、昨日の人みたいに首で何かしらの合図を送ってきた。

「いざ!」

 ぼくは勢いをつけて飛び上がり、昨日やったように、そいつをの正面に着地した。今回は成功。それから、そいつをタコ殴りにした。
「あたたたたたたたたあ!」
 張り合いがまるでないまま、そいつの変身が解けアーマーが空気に消え去ると、そこには全裸の少年が横たわっていた。

「おれはサマージのアジトを探している。死にたくなかったら位置情報をよこせ」
 格好をつけてそう言ったところで、少年は起き上がらない。よく見ればまだ子どもだ。中学生にもなってないかもしれない。こんな子どもが? 他にも子どもがいるのだろうか。スケートボードの彼女だって、言っても同年代。サマージは未成年を拐っているとかなのだろうか。
 サマージへの疑念が深まる。ぼくは改めて、そして一層強く思う。
「おれが守る!」

 地面に突っ伏して寝ている少年があまりにも全裸のままなので、その辺にあったボロ布をかけて、ぼくは彼が目を覚ますのを待った。
 自販機で炭酸水を買うかどうか迷ったけど、このアーマーにはポケットもなければ、ポケットに入っていたはずの小銭もない。それに少年だっていつ目を覚ますのかもわからない。ぼくはとりあえず動かずその場に座り込んでじっと待った。

 10分くらいすると彼は目を覚まして、びっくりしたようにぼくを見あげると、怖気づきながらも口を開いた。
「あんた、サマージじゃないの?」
 少年はボロ布を肩まで引き上げながら、怪訝そうな表情をぼくに向けている。

「え、サマージだよ?」ぼくは咄嗟に嘘をついた。

「嘘だ、合図が伝わんなかった。」少年は、ぼくを見下すような視線で訝しがっている。
「いや、じゃあ、サマージに入ろっかなって。」ぼくは嘘を重ねる。
「あんた中国人?」
「え?」そういえば、確かに彼の日本語には独特の訛りがあるような気がする。

「日本人なら入れないよ。」
「え、そうなの?」どういうことだろう、ぼくは考えてみる。難民の子どもたちだろうか。
「え、違うの?」少年もよくわかっていない? 
 何が何だかわからない。なんか急に色々なことが面倒になってしまった。

「きみ、悪いことするなよ、とりあえず。」
 そう言い残すと、ぼくはロングジャンプをかまして、その場から立ち去った。

 これで分かったのは、タコ殴りでアーマーは消えるということ。でも、あいつがまだ変身できる蛸を持っているなら、ちゃんと倒したことにはならないのではないだろうか。

(だって、蛸、手のひらから、出てきちゃう。なんか、念じる感じを醸し出すと、蛸、出てきちゃう。)

 ぼくは中空を移動しながら首を捻った。

つづく


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