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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第1話❶ 羽田空港襲撃事件

3,479文字6分

●2036 /06 /04 /23:10 /羽田空港国際線ターミナル屋上(日記・れいN)

ふた2さん3ひと1まる0。夜に浮かび上がる青や緑の点線が、クリスマスのイルミネーションのよう。SF映画で見た未来みたいで綺麗だなと思う。夜空を渡る地球そらが、天の川みたいにきらきらしている。

 駐機場に列を作った大型旅客機がよく訓練された大型犬のようにお行儀よく規則的に滑走路に入り絶え間なく離陸する。こんなにも多くの人が外国に行ったり、外国から来たりするんだなって、少し感心する。
 Tokyo International Airpotのサインの巨大なアルファベットに轟音と海風が叩きつける。アルファベットの「A」の三角形から見えるヴィジョンゴーグル越しの東京の夜景は、濃度の違う液体を注いだ時のようにゆらゆらと揺れて、それは、グラスの中で溶けるざらめ砂糖のよう・・・。

 ノイズキャンセリングと、ゴアテックスの装備のおかげで滑走路の轟音も吹き付ける東京湾の海風も感じない。なんだか深海を散歩しているような、なんだか重力さえ軽くなったような、そんな気分。ときおり巨大なアルファベットの間を、腰を低くして走る仲間のシルエットが緊張感を呼び返し、サブマシンガンのMP5を持つ手に力が入る。やっぱり重力はいつも通りに重い。ふたさんひとろく。管制塔の窓に一瞬カメラのフラッシュのような閃光が走る。』

●2036 /06 /04 /23:16 /羽田空港国際線ターミナル出発ロビー

 オフシーズン深夜の空港の出発ロビーに人影はまばらだった。

 フライト時刻を案内する日本語と英語のアナウンスが天井の高い空間に宛もなく響いている。
 ボストンバッグや段ボール箱をカートに山積みにしたチャイニーズ風の子供達の母親であろう女性が航空会社のカウンタースタッフに何事かを怒鳴りつける様も、連結した長いカートの列を運ぶ空港職員がスローモーションのようにゆっくりとすすむ様も、保安検査場の前で恋人を見送った青年が立ち尽くす様も、いつも通りの空港の風景だった。
 午後11時17分。突然、空気を裂いてガラスが砕ける音がすると、少しの間を空けて、大量のガラスの破片がロビーの床を叩きつける大きな音が続いた。その刹那、甲高い女性の悲鳴に紛れて天窓から何本ものロープが投げ落とされた。
 全身を暗い迷彩のアサルトスーツで身を包んだ者たちが、ロープを伝って音もなく降下した。息を飲むような、ほんの一瞬の間の出来事だった。

 空港利用客や空港職員たちは状況を把握できずパニックに陥りながらも、散らばったガラスの破片にまみれた荷物の影やチェックインカウンターの裏に、慌てて身を守れる場所を探している。親とはぐれた子供が泣き叫ぶ声が響く。

 粗雑に積み上がった重いガラス破片の下には、かつて生きた人であった肉塊から広がる血溜まりが、みるみるうちに形を変えて広がった。耳をつんざく旅客機のエンジン音と共に、場違いな強風が天窓から吹き下ろし始めた。

 思い出したようにあちこちから不快な警告音が鳴り始めると、直径50センチほどの円盤の形をした警備ドローンが、地上5メートルほどの高さに一斉に姿を表した。そのそれぞれからぎこちない男性のAIボイスで、頼りない警告アナウンスが響いている。
 サブマシンガンの低い連続音とともにあたりに血飛が飛び散る。土嚢を地面に勢いよく投げつけるような、重みを伴った低い音がして、次々と人が地面に崩れ落ちる。
 ロビーの照明が一斉に消えてしまうと、警告音とアナウンスの存在感が際立った。

 時折、ストロボのような閃光が走り、ロビーの凄惨な光景が連続写真のように浮かび上がる。
 どこかで音の無い閃光が走るたびにドローンが破壊され、人間が破壊された。閃光の周囲には割れた水風船のように血や肉が飛び散っていた。

 空港の周辺に続々と到着する近隣の警察・消防車両から洪水のように吐き散らかされるサイレン音と赤色灯がランダムに入り乱れる中、唐突に起こった巨大な地響きのような轟音と振動が暗いロビーをぐらぐらと揺らした。

 その直後、立て続けに起こった巨大な爆発音とそれに続く衝撃波で、建物に残っていたガラスや壁面のほとんどが吹き飛び、建物の骨組みが顕になった。時を同じくして空港周辺の空気を粗雑に埋め尽くしていた警告音やサイレン音が一斉に途絶えた。不安定な静寂が空港全体を覆っている。
 天を焦がすように揺れるぎらついた炎が、ロビーの残骸に不穏に踊る影を落としていた。
 これが2036年6月4日に起こった、カワサキ・サマージによる羽田空港襲撃事件の始まりである。

 公安調査庁による破壊活動防止法調査対象団体であるカワサキ・サマージは、午後11時16分に管制塔を制圧し、コントロール機能をシャットダウンすると、空港内の民間人・空港職員をランダムに人質にとり、空港を占拠した。
 続く午後11時32分、駐機場を滑走路に向かっていたシンガポール航空の旅客機のオペレーションを何らかの方法でハックし、その機体を空港建物に衝突させることで誘導的に大爆発を引き起こした。
 この爆発によって初動で集結し始めていた警察・消防の車両が一掃され、この後に集まった関係車両は、空港からある程度離れた場所に引き直された警戒線の外側で待機することを余儀なくされた。

 翌6月5日午前2時6分に霞ヶ関の日本政府は対策室を緊急招集。総理大臣を筆頭に4時間にわたった閣議の末、自衛隊と駐留ア軍への介入要請を閣議決定した。
 明け方には、要請を待機していた自衛隊と駐留ア軍が警戒線の正面ゲートにて合流、閣議決定直後の午前6時17分、その場所を「羽田空港襲撃テロ制圧本部(仮)」とした。

 地上部隊合計860名、戦車9輌、装甲車25輌、関係車輌120台の規模であった。両部隊は自衛隊の玉田環中佐を司令官、ア軍のミラーナ・イラスベス少佐を副司令とすることで合意、被害状況を確認するため警戒線沿いに8つの拠点を交互に設営した。またア軍は、羽田上空の制空麻痺状態を回復するため、羽田空港を含む東京湾全域を一時的に横田空域と接続した。

 事件発生直後には集まり始めたメディアに対して敷かれた警視庁による報道規制のため、深夜ということもあり、マスメディアによる報道は一切なかった。

 しかし生き残った空港内部の職員・民間人に加えてテロ組織の構成員と思われるSNSアカウントからは、空港内部の惨状を捉えた画像や動画が発信されただけではなく、実況映像までもが配信されていた。 
 さらに、配信者が配信中に射殺されるというショッキングな映像が出回ったため、瞬く間に世界中でシェアされバズが発生していた。
 また、午前4時頃には突入時の監視カメラの映像を手に入れた海外のハッカーが、海外の主要マスメディアやSNSに映像を流出させたことなどで、国内のマスメディア以外で事件報道が加熱し始めた。

 現場で取材を続けていたメディアだけではなく、SNS上でも報道規制に対する不信感が募り始めていた。
 午前7時には自衛隊による本部横特設テントで行われた記者会見を皮切りに、報道規制が正式に解かれることになった。
 自衛隊の報道担当官による記者会見では、昨夜の事件発生から現在までの経過と、自衛隊と駐留ア軍によって被害状況確認・救助が進行中であること、付け加えて、今後周辺地域での治安悪化への懸念・警笛が繰り返された。

「今回の事件に関連して、空港周辺域の治安悪化が懸念されます。この映像の、ここにあるようにフラッシュライトのような閃光に合わせて、その中心から数メートルの周囲に被害が確認されていますが、このような閃光状の現象を利用した襲撃事件が、今年に入ってこの湾岸地区でも数件確認されております。外出の際にはくれぐれも気を付ける、夜間の外出を控えるなど、自ら危険に近づかないよう、くれぐれも注意して行動してください。」

 惨事の規模感や残虐性に併せ、迷彩服を着た自衛官による記者会見は、日常的に軍事報道を見慣れない日本の国民に大きなショックを与えた。
 主要報道メディアはその後数日間に渡り非常時編成で羽田空港襲撃事件を報道し続け、テレビモニターからは突入の瞬間の監視カメラ映像が繰り返し流れ、憶測でカワサキ・サマージの関連性が取り沙汰されていた。

 そしてこれは、テレビモニターの前で事件を繰り返し見ることとなった一人の少年のお話です。

つづく


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