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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第14話❷

6,674文字13分

●2036/ 06/ 21/ 10:00/ 管理区域内・平泉寺邸・工場
 
 薄暗い工場にある少ない窓から差し込む日差しが暖かい照明のように、立ち並ぶ古い機械をふんわりと照らしている。自転車の車輪のような輪っかが、細長い工場の奥までまるでトンネルのように並んでいて、かしゃんかしゃんと糸を巻き上げる優しい音を響かせている。
 コフネがクズリュウに告白した。あたしが思っていたより世界は変わらなかった。クズリュウは泣いていた。どんな気持ちなのか表情から読み取ることはできなかったけど、結局クズリュウはコフネのものにならなかった。
 他人に気持ちを伝えること。それだけのことだけど、あたしはコフネが羨ましいと思った。それができるコフネがかっこいいと思った。
 
 外に滴る水で、工場内は暑くなくて、といって寒くもなくちょうどいい湿度に保たれている。PFCスーツの感触に似ているような気がして妙に納得してしまう。さっちゃんとクズリュウが、マホロを連れて少し遅れて角度のきつい木の階段をギシギシと軋ませながら登ってきた。
 
 マホロを先頭に、あたしたちは薄っすらと油の匂いのする古い機械の間を歩いた。
 間近に見ると、構成する部品の数はものすごい多いけど、アナログというか、大きな金属の歯車や木のハンドルなど意外とシンプルな構成をしている。
「ここのマシーンはね100年以上も前のもので、電子機器が一切使われていない。複雑な自転車みたいなものね。ペダルを漕げば力が伝わって前に進む。要するにスチームパンク。」
 
 マホロが立ち止まったのは、工場の雰囲気とかけ離れた近代的な平らな金属の壁の前だった。彼女が指先で触れると、アワラの研究室の隠し扉のように上下に開いて、壁の中に空間が現れた。
「やっぱりアワラの弟子だね〜。」さっちゃんが突然失礼なことをいうから、あたしは彼女のお尻を引っ叩いた。さっちゃんがびっくりしてあたしを見る。
「そうね、師匠みたいな人かもね。」マホロは振り向いて、少し寂しそうに微笑んだ。
「だったらマホロは、さっちゃんの姉弟子だね。」マホロの表情を察知したさっちゃんは彼女の肩にそっと手を置いたのだけれど、その大人びた行動にマホロはふふっと笑みを吹き出した。
 
 壁の中の狭い空間はやっぱりエレベーターで、地下と思われる深さで再び壁が開くと、サイズこそ半分くらいだけどアワラの研究室と似たようなSFチックな部屋が現れた。マホロが奥の壁の裏側に入るとぶうんという低い振動音がして、スクリーンモニターが光った。あたしたち三人は見慣れないマシーンの前にセットされた椅子に、それぞれ腰を下ろした。
 PFCスーツに着替えたマホロがモニターの前に戻ってくる。モニターにはAG-0を中心とした管理区域のマップが表示された。
 
 そして、見慣れないマシーンの上に音もなくAG-0が現れた。直径1メートルほどのワイヤーフレームのホログラムだ。
「お、銀の卵。ひさしぶり。」さっちゃんが声に出したが、あたしもそう思ったし、クズリュウも絶対思ったはずだ。
 
「集まってるねみんな。ついにブリーフィングの時間ね。」
 
 エレベーターに入る前の少し寂しそうな表情に比べると、今のマホロは少し楽しそうだった。きっとアワラと過ごしたATMA時代は、毎日こんな感じだったのだろう。
 まず最初に、彼女はホログラムのAG-0を指でポイントアウトしながらAG-0の説明を始めた。連動するモニターには彼女が撮ったという内部の画像が映し出される。
 
 自信に満ちた瞳のマホロの話をこうして聞いていると、あんなに大きくて何物も寄せ付けなさそうな銀の卵が、私たちの手に追える大きさに見えてくる。
 と思ったのも束の間、AG-0の地下深くに何十キロもの長さの巨大なトンネル状のタンクが岐阜県の神岡? って言うところまで繋がっていて、もともとそれはニューなんとかという素粒子? みたいな物理の実験をする場所だったらしい。今はそれが採掘地から運ばれたZENを含む溶液をPFC溶液に変換し保管する施設になっているのだけれど、その実験が行われていた当時、その上につくられたのがAG-0とのこと。
 そしてマホロの工場から運ばれたプローブという糸をPFC溶液に浸す浸透プールがそのトンネルに繋がっていて、AG-0の最下層になっている。そこから階層を積み上げるように謎のPFCカプセル群がある空間や、脳にプローブを挿入するというクリーンルーム、そして何ヶ所もある研究室や何本もあるエレベーターやエスカレーターを一通り辿って見た。なんと言っても、その中にはコンビニやいくつものレストランや宿泊施設さえもあるらしい。それはまるで一つの都市のよう。想像するとワクワクした。
 
 一通り施設の説明を終えると、マホロはモニターの前で大きく一呼吸してゆっくりと口を開いた。
「荒鹿君のプロトタイプの話を聞いて私は確信した。ぶっちゃけると、RTAはおそらくぷるぷるパンクの調和が実現したことを隠している。そして、私たちはそれを暴く。調和の証拠を手にいれる。」
 さっちゃんの目が輝く。あたしだって同じ気持ちだよ。さっちゃん。いいよ、行ってみよう、どこにだって。
 興奮するあたしたちを前にして、マホロはもう一つ付け加えた。
「その『証拠』でRTAの陰謀を暴く。」
 クズリュウが顔を上げて口を開いた。
「でもどうして・・・。 どうしてその証拠はRTAに都合が悪いんですか?」
 
「彼らの目的はおそらく世界のエネルギーの安定化。聞こえはいいけど、ようするに強引なエネルギーの独占ね。私の推測では、それを可能しているのがここにある装置、おそらく曼荼羅の本体。一辺が50センチほどの黒い金属の立方体キューブ・・・。」
 彼女はAG-0の最上階をポイントアウトしながら言った。
 
 彼女は不意に言葉を止めてAG-0を見つめた。
「RTAは地球上のエネルギー全てを、いや、宇宙のエネルギー全てを解析することで、宇宙の法則を見つけ出し、それをコントロールしようとしている。それがおそらくあの『式』の正体。」
 クズリュウがごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた。さっちゃんも静かだった。
 
 さっちゃんが出せるようになった金色の光、調和のエネルギー。
 アートマンのプロトタイプを見て、アワラやマホロはぷるぷるパンクの調和を確信している。ミクニが言った調和が金色の光を生み出したように、調和がエネルギーの元になるということが今はなんとなくわかる。
 
 空港襲撃事件を自ら変えてしまったことによって、用済みになったあたしたちはこの世界から抹消されるはずだった。それはRTAだけが持つ秘密である調和に関連するアートマンのエネルギーのことを知っているから。だからアワラもマホロも裏に沈んでいなければならなかった。
 金色の光が、剥がせなかった遠隔起爆装置をいとも簡単に剥がして、あたしたちを自由にしてくれた。それでも、サマージやRTAがあたしたちを自由にしてくれるわけなんかない。
 
 AG-0の最上階に、その調和の証拠がある。それを手に入れることで、RTAの違法な独占を止める。世界が味方になってくれれば、世論やなんかが動けばきっとRTAは解体される。2020年までPUNKのエネルギーがそうだったように、ぷるぷるパンクの調和のエネルギーが、地球で生きるあたしたちみんなの共有財産になるのだ。そうなってはじめて、あたしたちは晴れて自由の身。
 
 マホロが再び口を開いた。
「宇宙のエネルギーとかコントロールなんて言うと大袈裟に聞こえるけど、狙いは単純。エネルギー独占による、富の独占。RTAは彼らを中心とした、彼らが裏で全てをコントロールできる世界の構造を作り上げようとしているの。そして、それはもう始まっている。オイルショックや世界恐慌で世界の治安は日々悪化している。ナイトマーケットの周辺を見たでしょ? 嶺姉妹は空港の事件にも巻き込まれた。
 彼らには平和が必要ないの。平和という概念だけあれば、その概念のために人々は戦い続ける。そこに兵器や技術を流し込むことで、富を自分たちの方向に流し込む。」
 
 なんとなくでしか考えていなかった、あたしたちの住むこの痩せていく世界の構造がはっきりと暴き出された。さっちゃんがしつこく言っている「世界を救う」が現実味を帯び出している。荒鹿は歯を食いしばってマホロを見つめている。さっちゃんは・・・、ほら、やっぱりにやにやしていた。
 
「そのために、私たちは大野ちゃんの力を借りないといけないの。」続けてマホロが当たり前のように言った。突然登場した大野琴の話が世界の話と繋がらず、あたしたち三人はゆっくり順ぐりに目を合わせた。二人とも、引き締まって真面目な顔をしていた。
 
 それから彼女があたしたちにブリーフした内容を簡単に要約してしまうと、こういうことになる。
 あたしたちは今夜AG-0を襲撃する。
 
 作戦は大きく分けて二つ。まずは大野琴。彼女を幻覚マーヤー状態から引き出し、実体に還す。そして彼女なら使えるはず必殺技で曼荼羅を停止・奪還する。
 名付けるなら、『大野琴ならびに曼荼羅奪還作戦』だ。そのまんまだけど。
 
 そしてその詳細はこうだ。
 
①19:00。あたしたち三人はこの工場で集荷される荷物(カーボンボックス)に紛れて、AG-0内部に直通する定期便の貨物車両に潜入。AG-0の最下層、PFC浸透プールに運ばれる。
 
②浸透プールの底で、あたしたちが入ったボックスが開く。あたしたちはプールを上昇し、ポイントP3でマホロと合流。最上階の曼荼羅へ向かう。
 
③まず最上階で、さっちゃんが立方体キューブの黒い曼荼羅を使ってクズリュウに技業わざを当て、大野琴を出現させる。その大野は幻覚マーヤーの中の大野琴。いつも通りセーラー服を着ているはずだ。
 
④彼女を連れて地下6階カプセル群へ。マホロの予想だとそのカプセルで意識を失っている抜け殻の大野琴、彼女の実体が入っている。そして彼女はPFCスーツを着ているはず。
 
⑤二人の大野琴とともに地下3階のクリーンルームへ。まずはBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)を介してセーラー服大野の意識をプローブに移す。意識を抜かれたセーラー服の彼女は光の粉になって消えてしまうだろう。それからその意識をPFCスーツの大野琴の脳細胞に挿入する。意識が戻るはずの大野琴と共に再び最上階へ。
 
⑥④で実体が存在しなかった場合は、最下層より下にある地下のタンクに移動し、セーラー服の大野琴を直接ZEN溶液に浸け、無理矢理実体化。成功するかどうかは未知数。マホロも試したことがないと言う。
 
⑦最上階で大野琴による禅のことわり、四つ目にして最後の技業わざ『禅のことわり空劫くうこう』によって曼荼羅を停止、世界はRTAが目論む未来から解き放たれる。そしてあたしたちは自由。
 
⑧その後のことは、その後のこと。
 
●2036/ 06/ 21/ 11:44/ 管理区域内・平泉寺邸・工場
 
 ブリーフィングが終わると、その空間であたしたちはアートマンに変身した。
 マホロのアートマンのアーマーは周りを写し込むように透き通って輝く金色で、あまりにもかっこいいその存在感に三人は言葉を失ってしまった。
 特にさっちゃんとクズリュウはあたしが肩を揺らさないと気が付かないくらいに、マホロのアートマンに見惚れていた。
 
「曼荼羅に辿り着いたからこうなったの。スリランカでいっぱい修行したから。今度詳しく教えてあげる。まずは、今日の作戦に集中しよう。」
 
 マホロはそう言って、あたしたちのアートマンを確認した。やっぱりクズリュウのプロトタイプは玄人の琴線にふれるみたい。マホロのテンションが上がった。
 さっちゃんとマホロが必殺技の話を少しした後、クズリュウとさっちゃんは奥の空間で大野ちゃんを出す練習を始めた。
 
「ノース。」一人部屋に残ったあたしに振り返ってマホロがマスクを上げた。彼女は何かの技業わざを使ってあたしのマスクも上げると、お互いの鼻がくっついてしまうくらいの距離感であたしの瞳を覗き込んだ。
 
「マホロ?」あたしはびっくりして後ずさった。
「あなた、綺麗な瞳してるのね。」あたしじゃなくて、あたしの目を見ながらマホロが囁く。
「多分、いける。目を閉じて。」
 
 あたしは、心臓のどきどきを喉辺りで感じるくらいに緊張しながら目を閉じた。
 
「力を抜いて、意識を集中して。」
 
 マホロに言われるがまま目を閉じて意識を集中する。しばらくすると、視界に残っていた残像が消え、完全な闇が現れた。
 弱い衝撃波を感じると、真っ暗な視界の中に薄っすらと光る曼荼羅の平面が現れた。すぐにマホロの声がした。
「見える?」あたしは黙って頷く。
「近づいてごらん。真ん中に自分を持っていくような感じで。」マホロの声がママみたいに優しい。
 なんていうか、体は動いてないけど、歩いているようにゆっくりとあたしはそこに近づく。真っ暗な地面に光る曼荼羅が、足元を流れるように動く。
 
「はい、ストップ。まだ目を開けないで。私もそこにいるよ。分かるかな?」目を開けたらそこにマホロがいるのは感じる。でも、曼荼羅の中に彼女を見つけることはできない。
「だいじょうぶ。むずかしいね。」囁くような彼女の声にあたしは黙って頷く。
「拳に光を集めてみて。いつものような感じで。」
 言われるがままに、拳に力を込める。マホロはあたしに必殺技を教えようとしているのだろうか。
 
「いいよ。曼荼羅の中に拳の光が見えてる?」
 それは見える。それはあたしの拳の光だから。あたしは再び頷いた。
「はい。では、手のひらを上に向けて開いて。」
 
 真っ暗な視界の中、あたしの手があるところに二つの丸い光の面ができた。それをじっと見つめていると・・・。
 いや、これって感じているだけ? 『見る』のとは、なんか違う感覚。
 とにかく、光るそれを感じていると、光は横に伸びてお互いに触れ合って、一つの塊になった。
 
「じゃあ、ちょっと踏ん張ってね。」さっきまで催眠術みたいに静かだったマホロの声が大きくなった。
 
「うわあ!」突然現れて、手のひらにどすんと乗った細長い光の塊に驚いて、あたしはそれを落としそうになってしまった。
 
「いけた。」マホロの声と共に、視界の中で曼荼羅と光が消えてしまった。だけど、その重みだけはしっかりと残っている。なんだろう。暖かい。
 
「いいよ、目を開けてごらん。」マホロの言葉に目を開くと、あたしの手のひらの上には、アートマンのアーマーと同じ素材の、なんていうか、未来の宇宙船みたいな、真っ白くてきれいな銃があった。
 長さ1メートル、直径は30センチくらい。なんと言っても、かっこいい。黒い武器は色々使ってきたけど、これって、めちゃくちゃかっこいい。さっちゃんにも見せてあげたい。
 
「ヴァジュラ。かっこいいね。私も初めて見たよ。」
 マホロも目を輝かせている。
金剛杵こんごうしょ素粒子砲って言ってね、粒子と反粒子の反応をエネルギーにする武器。アートマンと原理は一緒なんだけど、エネルギー変換の効率がいいの。あなたの武器だよ。」
 
「ヴァジュラ・・・。あたしに、これを?」ずっしりと両手に重いヴァジュラ・・・。あたしは溢れ出すその存在感を一身に感じながらマホロを見つめた。
「そう、あなたが実体化したんだから。」マホロは優しく微笑んだ。

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 あたしは早速、腰の前でそれを構えてみた。
「おおおお。かっこいい・・・。」なんていうか、やばい。めちゃくちゃかっこいい。にやにやが止まらない。
「変身すると、一緒に現れて、解除されると消える。アタッチメントも現れているはずだから。」そう言って彼女はあたしの後ろに回って、背中に生えたアタッチメントに触れた。
 
「これって・・・。」
 あたしはヴァジュラを見たさっちゃんのテンションが上がることも、そのあと不機嫌になることも予測できたから、この武器を受け取っていいものかどうか迷ってしまう。
 
「あの子はもっとすごいと思う。」マホロはあたしの沈黙を読み取ってそう言った。

つづく


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