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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第4話❸ 幼馴染み

3,181文字6分

●2036 /06 /06 /16:38
  大船

 大船の事件現場にも程近いヒュッテ。公安のアートマンの情報が手に入るかもしれない。というわけで、あたしは今日もバイト。雨季の晴れ間は、空気が重くて、ぬるくて、息苦しいくらい。通りに人はほとんどいない。老人たちは出不精なのだ。

 さっちゃんとふざけて撮ったスケートの映像が、サマージの関連映像としてテレビに映った結果ものすごいバズってしまった。逃げるようにSNSアカウントを削除するまでは、ずうっとスマートフォンが通知で振動し続けていたから、あたしとさっちゃんはずっとドキドキしっぱなしだった。
 せっかく生まれて初めてバズったポストなのに、消しちゃうのはちょっと寂しかった。さっちゃんとの思い出も、知らない人の温かいコメントも、全部なくなってしまった。バレないように対応してはいるけど実は、通報されて捕まった方が逆に安全かもしれないという考えも捨てきれない。RTAに監視されたサマージのアジトなんて刑務所とそんなに変わらないだろうし。

 スポンジボブが大きくバックプリントされたオーバーサイズのTシャツと、相棒のパトリックがリピートパターンでプリントされたカラフルなバケットハットを深くかぶりティアドロップのサングラスをしたバカンスなさっちゃんは、カフェのカウンターでスマホから顔を上げずに、ずっとビットコインのチャートを見つめている。

 店のドアが開き、気配がないまま恰幅のいい男がカウンターの前に立っていた。サングラスをしてニットキャップを深く被っているけど、ぴちぴちのTシャツからはみ出した太い腕に、地球そらを模したこのトゥルクのタトゥーはあいつしかいない。模擬戦闘訓練でこいつの裸は何回も見ているから分かる。

 あたしはコーヒーマシーンを点検しているふりをして屈み込み、カウンターの陰に隠れた。さっちゃんはまだ男に気がついていない。

「さっちゃん」彼女の隣のスツールに腰をかけながらそいつは彼女の名前を呼んだ。さっちゃんはひどく驚いて、スツールから転げ落ちてしまった。
「ミクニ!」彼女は何故かまずスマホの画面を隠して、背筋を伸ばして直立した。
「ミ、ミクニ、し、失踪したって・・・。」あたふたしているさっちゃん。ミクニがニットキャップを脱ぐと、わけのわからない弁髪とか言う三つ編みが、今日はぼさぼさだった。
「そうなんだけどさ。十字(麻薬108+のことモルヒネと同等の効果がある)がないから大変で。ノースちゃん、コーヒー、ホットで。」
「あ、あ。はい」カウンターの裏の、あたしもバレバレだった。

 サマージでの僧侶たちは、ほとんどが団体のブレーンである伝道班に所属していたけれど、肉体派のミクニはあたし達と同じ武装班だから、よく模擬戦闘訓練で世話になっていたのだ。

「RTAも、ひどいな。」
 さっちゃんがぶんぶんと首を縦に振ってうなずく。
「みて、これ、首の」といって、うなじを見せるさっちゃん。
「そうか、僕にも、あるよ。」
「あれ? じゃあ、逃げられないじゃん。」首を傾げるさっちゃん。

 あたしはソーサーにカップを乗せて、コーヒーを出しながらミクニに尋ねた。
「これからどうするの?」

「僕はね、あと何時間かで、最後の十字がきれるんだ。そうなったらアートマンを纏って、自分をコントロールできずに暴れるだろうね。その時は君たちに殺してほしいな。」
「なに言ってるのミクニ。」あたしは彼の悲しそうな瞳を見た。
「さっちゃんに?」さっちゃんも、彼の悲しみを捉えている。
「そうだよ、さっちゃんにだよ」ミクニは、にっこりと笑った。

 RTAはこうやって、薬漬けにしたり、未来の技術を使わせたり、移民を煽ったり、都合のいい宗教的な理想を信じさせたりすることで、サマージに人を増やしたり、その人たちを飼い慣らしたりしていたんだ・・・。サマージにいる大勢の身寄りのない子どもたちだって・・・。

「昨日もこの辺で、逃げた仲間が捕まったって・・・。僕も例の公安のアートマンに殺される。そうじゃないなら、あいつみたいに自爆に見せかけて殺される。RTAは僕たちをわざと逃がして、薬切れにして厄介払いさ」ミクニはカウンターに肘をついて、すでに諦めたように喋った。

 そういうことだ。
 空港の計画が失敗して襲撃とサマージの関係が公表された以上、裏で暗躍しているRTAに批判が向くのだろう。

「ミクニ、あたしね、ずっとサマージを離れたかった・・・。空港の件を頑張って、さっちゃんと次に行こうって・・・、外国とか・・・。だけど、ミクニが、サマージに十字で繋がれていたなんて知らなかった。」
「そら、自分の責任だけどね。」
「首のこれ。あたしたちはもう、どこにも行けない・・・」
「そう、剥がれないの、絶対。」
 さっちゃんはシートを無理矢理剥がそうとしていて、あたしはキッチンシンクに溜まったコーヒーカップをぼんやり見つめていて、ミクニは黙ってコーヒーを啜った。

「ノース」ミクニが姿勢を正してあたしに向き直った。
「双子のパワーあるだろ? あれは、双子だからじゃない」
「え?」あたしたちとさっちゃんは目を見合わせた。
「君たちの力は、トゥルク教の教義にある調和だと思う。僕たちが空港で盗んだZEN、あるだろ」
 あたしたちは黙って頷く。

「ZENはぷるぷるパンクと同じ調和の物質なんだ。理論的に。」ミクニの声は少し明るくなった。
「パンクって、PUNK発電の? 保管用のPFC溶液とZENは互換性があるってサカイに聞いたけど」

 あたしは首を傾げる。さっちゃんは理解の許容量を超えたのか、急に興味を失ってさっとスマホに戻った。

「うん。10年くらい前に。ある関係式がwikiリークスにアップされた。ZENとパンクのそれぞれの調和がイコールで結ばれた式だ。トゥルクにはそれ以来、調和を待つのではなく起こそうとする勢力が生まれた。過激派だ。」
 ミクニはそこまで言うと、はにかむように笑顔を隠し、首を傾け苦い顔をした。

「そしてちなみにアートマンのタコと、発電所に保管されているぷるぷるパンクって形が同じらしい。とにかく、君たちのアートマンは偶然じゃなく、自発的に調和状態を作ってるんじゃないかって思ったんだ。」
「はあ・・・。」あたしは話に追いつけない。さっちゃんは現実逃避中。

「次を考えてるなら、ZENの採掘地を探すといい。」ミクニは狭いカウンターの向こう側、どこかとても遠く、どこか見えない世界を見ていた。数時間後、薬切れと共ににたどり着く涅槃だったりするんだろうか。

「まって、あのタコと、ぷるぷるパンクが同じなの? 放射能の?」恐怖心100%を隠せないさっちゃん。確かにそれって、かなり怖い。

「じゃあな」
「ミクニ、サマージに戻ろう。一緒にサマージを立て直そう?」あたしの声に頷いたのかそうじゃないのか、分からないくらいの微かな反応を残してミクニは店を後にした。
 同時に外から入り込んだ、温くて重たい空気の匂いと、ドアにかかった竹細工の乾いた音と、ほとんど口をつけていないコーヒーカップだけが後に残った。

 ZENの採掘地/パンクの調和/エネルギー/関係式
 いや・・・、なんか、情報量、多すぎ!
 その後あたしとさっちゃんは、別段会話を交わすこともなく、それぞれの場所でぼうっとしながら時間を潰し、6時前には店をでた。夏休みが近づく最近の夕方は、なぜか年の近い子たちが街に出てくるから苦手。ミクニのことは気になるけど、どうすることもできないあたしたちは、電車に乗ってアジトへ戻った。

 つづく


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