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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第3話❶ カワサキ・サマージ

2,362文字4分

●2036 /03 /30 /12:33
  大船(空港襲撃事件から約2ヶ月前)

 お昼休みは郵便局脇の用水路に面した桜並木の花壇の縁にブランケットを敷いて、本を読んだりするのが嶺ノースの日常だ。

 この季節は川沿いの桜が綺麗だから好き。日本人は、桜の儚さの美徳が日本人にしかわからない感覚だというけれど、ベネズエラハーフの日本人のあたしにだってそれくらいわかる。
 冬の間に休んでいた植物たちがざわつき始める感覚が空気に混じって賑やかだから、春が好き。桜が咲き始める直前なんかは、そのざわつきに満たされて空気がはち切れそう。そして春が終わるとすぐに雨季になってしまうから、やっぱり、春が好き。

 もうすぐお昼休みが終わる頃には、あたしのバイト先のカフェ・ヒュッテに双子の妹さっちゃんが、冬眠明けに食料を求めて山を下りる熊みたいにやってくる。これは春だからじゃなくて、毎日のこと。
 店長の秋吉はさっちゃんがかわいいから、さっちゃんがただ飲みただ食いしても何も言わない。

 さっちゃんは、自分のことをさっちゃんと呼ぶ。かわいいね。

 本当はね、羽田空港の襲撃なんて参加したくない。仲間がいっぱい死ぬだろう。関係のない人も死ぬだろう。子どもも大人も死ぬだろう。いい人も、悪い人もみんな死んで、あたしとさっちゃんは生き残る。アートマンだから。

 こんなことのために大人になったんじゃないのに、と思う。

 ヒュッテに着くと、外のベンチでさっちゃんが待っている。さっちゃんは遠くからあたしを見つけると立ち上がって満面の笑みで手を振る。
 さっちゃんはずっと子どものまま。さっちゃんを連れて逃げ出したい。どこか遠くに。

 さっちゃんとあたしは、ベネズエラで日本人の父とベネズエラ人のママの間に生まれた。物心つく前に日本に来たからあっちのことはほとんど何にも知らない。

 ママは体が弱かったから、日本で闇医者をやっている親戚にお世話にならないといけなかった。ベネズエラは世界恐慌が始まった頃に時に産油国側だったから急に物価が上がって、ママには病院に行けるお金がなかった。

 さっちゃんは、RTAって組織に、あたしたちとママを捨てた父親がいると信じている。そうやってママに言い聞かされて育ったから。
 ママは五歳になったあたしたちを連れて父親を探すために日本に来た。あたしたちは父親に会ったことがないけど、父親はママに嘘をついていただけだと思っている、あたしはね。

 あたしたちは何年か前に、カワサキ・サマージに合流した。デジタルデトックスを受けに来たわけでもないし、トゥルク教から派生した教えに傾倒したわけでもない。
 あたしたちが入った頃にはすでにサマージにはRTAの資金が流入し始めていて、武装したただの半グレ集団のようになっていた。あたしとさっちゃんにはお似合いだ。
 でもサマージのZEN的社会主義とかトゥルク教の調和とかの考え方とかはなんとなく共感できる。二重国籍だから余計にね。

 もうちょっと背景を話すと、まわりの子どもたちが小学校に行き始めた頃から、ママは入院しなくちゃいけなくなって、あたしたち姉妹もママと住んでいた家には帰らないようになった。私たちは窃盗や詐欺で生計を立てた。ママに迷惑をかけないように。
 大人が用意したアパートに同じような境遇の子どもたちと雑魚寝して暮らしていた。
 さっちゃんは勘がいいから、色んなことがうまく行った。
 あたしたちは重宝されて、10歳くらいの頃には大人たちと対等に交渉できるようになったし、分け前も対等になっていた。
 あたしたちは最強の双子だった。あたしたちはストリートの色々な犯罪組織を渡り歩いた。

 そんな中でRTAやサマージの話が聞こえてくるようになり、数年前にカワサキ・サマージにたどり着いた。あたしたちがサマージに入ると言うと、ほとんどの犯罪者たちはもったいないと言ったけど、あたしたちには目的がある。

 サマージに入ると、RTAを調査した。
 RTAはサマージの資金源で、サマージに人間型の兵器アートマンやその他の武器を流しているんだけど、その関係性の解像度はいまいち低いまま。ただのサマージ構成員からは、RTAはよくわからない。
 ちなみにさっちゃんは、RTAに父親を見つけたら殺すそうだ。そんなことのために、人生をかけて父親を探しているさっちゃんの考えてることも、あたしにはよくわからない。

「ノース、見て、すごいよ」と言ってさっちゃんがスマートフォンの画面を見せる。あたしはエプロンの紐を後ろで結んで、仕事を再開する。

 お昼休みの間に溜まった洗い物をしながら、あたしは昨日深夜の会議を思い出していた。
 RTAのア国人に呼び出されたのは、何人かの大人のアートマン。
 サマージの中でも宗教色が色濃く残り、比較的RTAのコントロール下にある団体ブレーンの伝道班から班長イケダ。そして比較的独自路線の実行部隊・武装班の班長サカイ。それからあたしとかトゥルクの僧侶とか。そんなメンバーに向けて羽田の襲撃計画が共有された。

「何それ」さっちゃんのスマートフォンの画面を覗き込む。
「やばいの。ビットコイン。爆上げ。」さっちゃんはあたしがカフェでバイトしている間、こうやって、ずっとビットコインの情勢を見守っている。さっちゃんは子どもの頃からビットコインを持っている。

 七歳で初めて銀行強盗をした時の分け前を強盗グループの大人に全部ビットコインのアプリに入れてもらってから、ずっと。
 その頃から比べたら400倍くらいになったらしい。億万長者だ。でも、
年の連邦政府のロッテルダム宣言で、法律とか銀行法とかもいろいろ変わって、あたしたちには本当はもう換金できないんだ。

 さっちゃんはそれを知らないの。悲しいね。

つづく


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