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【SF小説】ぷるぷるパンク - 第6話❶ 腰越漁港の死闘

4,596文字9分

●2036 /06 /08 /19:34 /腰越漁港
 
 ノースによる閃光のマシンガンのような攻撃を受けてめり込んだ崖から、なんとか這い出した荒鹿だったが、一気にトドメを刺しに来たサウスが、間髪を入れずに上空から降下し荒鹿の目の前に着地するとそのまま腰を落とし、顔が地面に届きそうなほど低く屈み込んだ。
 着地の衝撃波が荒鹿を襲う間もなく、フルパワーのサウスが荒鹿のみぞおちを下から殴り上げる。
「死ねえーーー!」
 二人はその勢いのまま宙に舞った。それは宇宙空間を漂うデブリみたいに、重力や摩擦を感じさせないまっすぐな美しい物理運動のようだった。
 
 刹那、荒鹿のみぞおちをえぐる彼女の拳から金色の眩い閃光が走り抜け、まるで地球環のように二人を中心にして広がった。、地上でそれを見上げていたノースは、顔の前で腕をクロスさせ、襲いかかる衝撃波を凌いだ。
「うおりゃあああああ」サウスの叫び声と共に二人はみるみるその高度を上げ、そのまま空の高みにまで昇り続ける。金色の閃光が走り、二度目の衝撃波が地上を襲う。
 
 それをただ見上げるノースは、あっけに取られて膝をついた。体から力が抜けたノースは衝撃波をまともに受けることになり、背中から地面に叩きつけられてしまった。
「金色の光?」
 トゥルクの調和・・・。仰向けのまま二人を目で追うノースの脳裏に再びミクニの言葉がよぎる。
 上空の二人を包む金色の光に重なるように輝く地球そら。その刹那、ノースにも翼を広げた天使が見えた。
 後光を受けて眩く光り、その輪廻から人々を救い出す金色の天使。まるで、あの男が赦されている、そんな光景にも見える。
 
 その瞬間、ばごんっ、という大きな鈍い音がして、上空の光の塊からさらなる金色の閃光が炸裂し再び地球間のように広がった。
 それと同時にサウスと荒鹿の纏うアーマーは光を失い、上空に金色の光の塊を残したまま、頭から勢いよく落下し始めた。
 三度目の衝撃波を受け、ノースは押さえつけられるように、地面にめり込んだ。
 すぐにどすん、どすんという大きな衝撃音と共に落下した二人が地面に叩きつけられ、サウスに至っては頭から地面に突き刺さった。
 上空に浮かんだままだった金色の光の塊は、一呼吸遅れて、突然浮力を失ったように崩れ、砂のような光の粒になって、金色の雨のように、地上に、そして三人の上にぱらぱらと降り注いだ。
 
 どごっ。
 三つの目の落下による大きな衝撃音がした。音のした方向には落下物を隠すように霧のような土埃が舞っている。
 立ち上がったノースは、頭から地面に突き刺さったままのサウスに駆け寄ると、彼女を引き上げ、ぐったりと地面に横たわる彼女を抱き上げたまま、舞い続ける土埃から離れた。
 背中から地面に叩きつけられた荒鹿は、呼吸が一瞬止まり仰向けのまま動くことができない。しかも視界は土埃の霧で遮られている。
 
 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと土埃が収まり始めると、その中心には、体の表面に光を纏った女の子がふわりと、そして、すっと背筋を伸ばして立っていた。
 
 さらさらと光る黒髪がやわらかく揺れる。セーラー服のスカートがふんわりと膨らんで戻る。あの子だった。
 
 いつの間にか強く吹き付けていた海風は止んで、こころなしか波の音も和らいでいるように感じる。金木犀の香りが立ち込めて一帯をゆったりと包み込む。地球環がきらきらと、一層その輝きを増したようにも見えた。
 
 少女がゆっくりと目を開くと、彼女の体を包み込む光がその肌や髪や制服に、そして彼女自身に戻るように、するすると吸い込まれた。
 光を失った彼女は、まるで現実に実在する少女のように、この2036年6月の夜、この場所に、この漁港に、当たり前のように存在していた。
 まるで、今、学校からの帰り道のように、光の中の幻ではなく、実在する一人の人間として、そこに在った。
 
 嶺サウスを抱き抱える嶺ノース。立ち上がれずに仰向けに横たわる息も絶え絶えの九頭竜荒鹿。その間に存在する謎の少女。黒髪とセーラー服が優しい海風にはためく。
 さっきまでの激しい戦闘がまるで嘘だったかのように、腰越漁港には平和な空気が漂っている。母なる海ときらめく地球環に包まれて、荒鹿は双子から受けたダメージさえも暖かくて心地よく感じていた。回復している?
 
「は? 何これ?」少女が辺りを訝しげに辺りを見回している。
 
 無言のアートマン三人が彼女を見上げている。一陣の突風が少女をふらつかせた。それをきっかけに辺りには海風が戻り、波の轟音も戻った。
 
「あ・・・、クズ。」風に靡く髪を押さえながら少女が言った。未だに立ち上がることができないばかりか、精神的にも立ち上がれなくなるほど呆然とする荒鹿。どうにか立ち上がった双子の姉妹。三人ともその少女から目を離すことができないでいる。
「君、負けてるの? そういう感じ?」
 三人の視線をよそに少女がツカツカと荒鹿に向けて歩き始めた。
 荒鹿の頭の横で立ち止まった彼女は、かがみ込むと荒鹿の首根っこを片手で掴んで引き上げ、彼を立ち上がらせる。ただ為されるがままにぐにゃりと持ち上げられた荒鹿は、地面から少し浮いたところで使い古されたぼろ雑巾のように強風に煽られる。
 
 その一部始終を訳もわからずに見守った双子は、全く状況を飲み込むことができないまま、どうにか気を取り直して再び拳を握り締めた。
 
 まずはノースが飛び上がり、セーラー服の少女に襲いかかる。
 少女は咄嗟に掴んでいた荒鹿を投げ飛ばし、胸の前で拳を構えた。荒鹿はごみのように地面を転がった。
 アートマンと生身の人間、力の差は歴然のように見えた。
 ノースはしかし、動揺していた。そして、それは目の前の少女に対してではなく、調和について。サウスから金色の光が出現した。それが自分ではなく荒鹿を介して起こったことにノースの動揺が止まらない。
 ミクニが言ったように、調和は必ずしも双子であることが理由ではないかも知れない。と言っても、それはノースとサウスの二人だからこそ発揮できる力だと信じていたのだ。
 
 同じ日に生まれ、先に大人になった自分が、いつまでも子供のままのサウスを守っていかなければならない、いつからか、ノースはそんなことを思うようになっていた。
 今ノースの胸の中ではっきりと形になり始めたサウスへの愛が、そのきっかけを生んだ荒鹿への嫉妬が、心臓の辺りを猛スピードでぐるぐると回る。
 愛や嫉妬で尖ったいくつもの鋭い先端が、その回転から不規則に飛び出して、勢いよく胸の内側に何度も当たって傷をつけた。
 鼓動にあわせて傷口からまるで血のように、サウスへの想いが噴き出す。ジンジンと痛くて呼吸が苦しい。
「さっちゃん・・・。」
 
 胸を締め付ける痛みに耐えながらノースは少女を殴り続けた。ノースの拳が、そして足が繰り出す打撃群が、まるで一方的に少女を押し込んでいるかのように見えた。
 白く光る軌跡を伴ったその打撃を、少女は僅かに後退あとずさりをくり返しながら全てを受け止め続けた。どうにか打撃の勢いを殺しながら、生身の腕、手の甲、手首、肘のラインでその全てを受け止めている。
 傍目には白い光の塊からがマシンガンのように飛び出す閃光の数々が、無防備な少女を襲い続けているように見えた。
「なんなのあんたは!」打撃を繰り出し続けながら、ノースが叫んだ。
 
 ぱらぱらと降り出し空気を濡らす雨の気配が、あっという間に豪雨に変わり、乾いた地面がすぐに雨粒の冷たい絨毯に埋め尽くされた。
 
 ノースの連打は今、激しい雨粒の一つ一つでさえもを殺すように少女に叩きつけられ水飛沫を上げる。それを生身で受け続けながら、反撃の機会を伺う少女は、しかし海側の港の端に向かってゆっくりと後退していた。敷き詰められたタイルのように襲い掛かるノースの攻撃に、反撃の隙を全く見い出せないでいる。
 
 少女を殴りつけるごとに、蹴り付けるごとにノースの心臓付近でジンジンする痛みは増長した。血のように噴き出す想いが、ノースの体力を削ぎ続けた。
 
 少女の右足の踵が港の地面から海側に離れ、足元にあった小石がぽろぽろと海に落ちる。それが岸壁にぶつかるドス黒い波に飲み込まれると、少女がバランスを取るために体制を崩した。
 
 その瞬間、そのチャンス。ノースはしかし、躊躇してしまった。とどめを刺すチャンスにも関わらず・・・。
 
 躊躇の理由はノース自身にも分からない。分からないけれど、それはサウスへの愛に決まっていた。
(さっちゃんは、あたし抜きでも金色の光を出せたんだ。)サウスは自分が守らなくたって、もうちゃんとした大人なのだ。一人でも大丈夫、生きていける。
 そう考えると、心臓の中のをぐるぐる巡る刃物のような想いが次第に穏やかになって、じんじんとした痛みが和らぎはじめた。
(あたしがもし、ここで死んでも、もし、このあいだの空港で死んでいたとしても、サウスはだいじょうぶ。あの子なら、ちゃんと生きていける。二人は双子であり、そしてそれは永遠に変わらない。そしてもう一方で、あたしたちは一人づつ、二人の人間なんだ。)
 そう考えると、ノースは嬉しかった。激しく叩きつける何百もの雨粒がアーマーに当たり、さらに小さな沢山の粒に分かれて弾ける。一抹の寂しさはあれども、ノースは嬉しかった。心臓の痛みが一転して、体にじんわりと広がる暖かいお風呂のお湯みたいに感じられた。彼女はゆっくりと目を閉じた。
 
 その一瞬、ノースの体の表面に沿って電流のように閃光が走り抜け、光をみなぎらせたオーラが右の拳に集まった。
(とどめ! これを打てば勝てる。)そう思った瞬間、脳裏にサウスの横顔がチラついて拳が止まった。理由はわからないけれど、言葉にするとこんな感じだろうか。
(さっちゃんは一人でも生きていける。でも、あたしはさっちゃんと生きて行くんだ。)
 その気持ちが、何故かノースの拳を止めた。
 
 連打が緩んだその隙をついて、少女はノースの鳩尾みぞおちを思い切り殴り上げた。少女の腕や、たなびく髪の毛から水滴が揃って飛び散る。
 閃光が衝撃波と共に雨粒を外側に弾き出しながら広がると、目を瞑ったままのノースは、軽い石ころみたいに吹っ飛ばされて宙に舞った。そして、ずっと様子を見守っていたサウスの足元の水たまりに勢いよく突っ込み飛沫をあげると、水蒸気を出しながらアーマーが消え去り、裸のまま何度も地面を転がった。
 ノースは裸で、頭のてっぺんから足の先まで、髪の毛から爪先までずぶ濡れで、全身泥まみれのまま意識を失った。
 
 サウスは咄嗟にノースに覆い被さり振り向くと、ゆっくりと近づく少女をきっと睨みつけた。強い視線を逸らさずにノースを仰向けの楽な姿勢に直してから、ようやくその視線を外し横たわるノースの顔を確かめた。
 そして彼女の顔をやさしく拭って泥を落とす。ちょうど近くに転がっていたバッグを漁りノースのパーカを見つけると、裸のままでぐったりしている彼女の両腕を上げ、まるで母親が子どもにするようにして、優しくそれを着せ付けた。

つづく


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