
自己都合の嘘と優しい嘘を混同しない
人は誰しも嘘をつく。
「優しい嘘」なんて表現があったりするが、そんなものはほとんど存在しない。
自分のための気持ちがなければ、嘘などつかないのだ。
本当に相手のためなの?
「本当のことを言えば相手を不快にさせるだけ」
「伝えたら心配をかけてしまう」
何かと理由をつけて真実を隠そうとする人がいる。
相手の心情を慮る気持ちは嘘ではないだろう。しかし、それを免罪符にして自分のための気持ちを隠すのはおかしい。
嘘がバレた時は「責められる」と思うから言い訳のように「相手のため」と言いがちだけれど、本当はありのままの気持ちを伝えるべきだろう。
自分にとって都合のいいことも悪いことも両方開示して初めて、相手の信用が得られるというものだ。
では「そもそも最初から嘘をつかないのが最良なのか?」と言えば、そういうわけでもない。
「知らなくていいコト」
2020年1月から放送されたドラマ「知らなくていいコト」で示されたのがまさにこの典型であるように思う。
週刊誌記者が様々な悪事やスキャンダルを調査し記事にすることで、自己都合で良い面だけを見せている人たちの裏を暴いていく。
それはただ糾弾するものではなく、事実を事実として伝えるものだ。
そして物語が進み最終回、そこには「知らなくていいコト」がある。
「優しい嘘」によって隠された真実は、暴くことなく、誰にも知られないままでいい。
たしかに嘘をついた当人は犠牲を払ったが、それによる結果が本人の望みだったのだ。
そしてその嘘によって守られた人は、確実に、幸せだった。
見極めて行動する
嘘の種類の線引きは難しい。
優しい嘘でも自己都合の嘘でも、バレずに墓場まで持っていけるのならそれは無いものと同じである。
それを前提として、なるべく自己都合の嘘はやめようね、と言っているのだ。
純粋な「優しい嘘」なんてものはほとんどないけれど、自分にも相手のためにもなる隠し事は、普通に生きていれば発生する。
重要なのは、嘘をつく時の自分自身の覚悟。
言葉のもつ意味と重さを理解して、発言には責任をもてるように意識していたいと思う。
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