【メモ】東京地判平成30・10・11裁判所Website

第1 事実の概要
 

 X1はベトナム国籍の女性で、X2はX1の息子である。

 X1は、平成25年、日本の永住者資格を有するベトナム国籍男性Aとベトナムにおいて婚姻した。平成28年、X1はX2を出産した。X2は超低出生体重児であり、生命維持のために治療を継続する必要があった。

(X2はその後、乳児院に入院し、体重増加が図られた。しかし、退院後の平成28年11月14日から25日まで、複雑性尿路感染症によりE病院に入院した。その後も、平成29年3月8日から同年6月12日までの間、喘息性気管支炎、右外鼠径ヘルニアなどにより、断続的に入退院を繰り返している。また、それ以外にX2はE病院に月1・2回ほど通院している。東京入管の捜査関係事項照会に対してE病院が平成29年4月7日付けで作成した回答書には,ベトナムでの治療継続のための条件として,①夜間救急のある施設が望ましい,②集中治療ができる施設が望ましい,③小児外科医師がいる施設が望ましいという3点が挙げられる旨の記載がある。)

 X2を妊娠中の平成28年6月24日、X1は神奈川県警α警察署において,Aとの婚姻が偽装結婚であると述べ,同日,電磁的公正証書原本不実記録・同供用の被疑事実により逮捕された。X1は、同年7月15日に不起訴処分となった。偽装結婚である旨の申告は、Aとのトラブルに起因した虚偽のものであった。X1とAは、平成29年に離婚した。同年、X1は永住者資格を有する別のベトナム国籍男性Bと婚姻した。BはX2を認知した。

 X1は入管法24条4号ロに、X2は同条7号に該当するとの認定を受けた。それぞれ入管法49条1項に基づく異議の申出をしたが、法務大臣から権限の委任を受けた裁決行政庁から異議の申出は理由がない旨の各裁決(「本件裁決1」、「本件裁決2」)を受けるとともに,処分行政庁から,それぞれ同条6項に基づき各退去強制令書の発付処分(以下,X1に対する処分を「本件退令処分1」といい,X2に対する処分を「本件退令処分2」といい,これらを併せて「本件各退令処分」という。)を受けた。

 Xらは、平成29年3月3日、本件各裁決は裁量権の範囲を逸脱・濫用したものであって違法であるなどと主張して、本件各裁決及び本件各退令処分の各取消しを求め、本件訴えを提起した。

第2 争点

①本件各裁決の適法性


②本件各退令処分の適法性

第3 結論

①違法


②違法

第4 判決理由

1. 本件各裁決及び各退令処分の適法性についての判断枠組
 憲法上、外国人は、入管法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ本邦に在留し得る地位を認められているものと解すべきである(最大判昭和53・10・4[マクリーン事件]、最大判昭和32・6・19)。


 入管法50条1項4号は,「法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」と規定するだけであって,その要件を具体的に限定しておらず,入管法上,法務大臣が考慮すべき事項を掲げるなどしてその判断をき束するような規定も存在しない。また,このような在留特別許可の判断の対象となる者は,在留期間更新許可の場合のように適法に在留する外国人とは異なり,入管法24条各号の退去強制事由に該当し,本来的には退去強制の対象となるべき地位にある外国人である。さらに,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健及び衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって,その性質上,広く情報を収集し,その分析を踏まえて,時宜に応じた専門的かつ政策的な判断を行うことが必要であり,高度な政治的判断を要する場合もあり得るところである。

 以上を総合勘案すれば,入管法50条1項4号に基づき在留特別許可をするか否かの判断は,法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねられており,その裁量権の範囲は,在留期間更新許可の場合よりも更に広範であると解するのが相当であって,法務大臣等は,前述した外国人の出入国管理の目的である国内の治安と善良な風俗の維持,保健及び衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って,当該外国人の在留の状況,特別に在留を求める理由の当否のみならず,国内の政治,経済及び社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲等の諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているものと解される。したがって,同号に基づき在留特別許可をするか否かについての法務大臣等の判断が違法となるのは,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等によりその判断が全く事実の基礎を欠き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等によりその判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に限られる。

 なお、ガイドラインは在留特別許可の許否の判断における検討要素にとどまり、法務大臣の裁量を拘束するものではないから、Xらにガイドラインの積極要素に該当する事実が認められたとしても、在留特別許可を付与しなかった判断が直ちに裁量の逸脱・濫用に当たるということはできない。

2. 裁決2の適法性
 X2が不法残留となったことについて、X2には何ら帰責性がない。また、その期間も短期間である。そうだとすると、不法残留の事実自体は消極要素と評価されるとしても、その程度は限定的である。

 本件裁決2当時、X2の予後は不透明であり、治療継続の必要性が極めて高い状態にあった。また、担当医師も、送還には否定的であった。そして、本件裁決2時点では、X2の肺や肝臓の機能不全が改善しない可能性が十分にあった。

 さらに、ベトナムに送還された場合、X2が従前と同水準の治療を受けられなくなる可能性は非常に高かったのであって、裁決行政庁が,本件裁決2の時点において今後ベトナムでの治療が可能であると評価したのであれば,時期尚早な極めて安易な評価といわざるを得ない。

 以上の事情に照らせば、少なくとも本件裁決2の当時は、X2は、その生命の維持,身体の発育のため本邦での治療を必要としており、この点で、ベトナムに送還することについては著しい支障があったというべきである。

 以上の通り、X2については、消極要素である不法残留の事情は限定的に考慮すべきものであるところ、裁決行政庁はかかる事実を重大な消極要素と評価しており、この点につき、評価を誤った。

 また、裁決行政庁は、X2の治療の必要性の程度を過小評価し、ベトナムでの治療の可能性についての評価も誤ったのであり、X2の生命の維持・身体の発育という人道上極めて重視すべき事情に関して、事実の誤認・評価の誤りがあったといえる。

 以上から、本件裁決2は、重要な事実について、事実誤認・評価の誤りが存在し、これがなければ在留特別許可を与えるべきとの判断に至った可能性が高く、本件裁決2は、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであって違法である。


3. 裁決1の適法性
 X1が不法残留となった経緯に照らすと、X1は適法な在留資格を得ようとする意思があり、在留資格制度を軽視していたとはいえない。また、不法残留の期間も短い。したがって、X1の不法残留の悪質性は強くない。
一方で、不法残留の原因となった逮捕・勾留を引き起こしたX1による虚偽申告は、悪質な行為であり、X1の在留状況には一定の悪質性が認められる。

 Bとの婚姻状況については、殊更X1に有利に考慮すべき事情でない。

 また、X1自身は、ベトナムで生活することに特段の支障はない。

 しかし、X2については、本件裁決1当時、我が国での治療を必要としている事情があった。また、本件裁決1当時、Bが認知していなかったため法的父子関係が存在していなかったことからすれば、本件裁決1当時、X2にはX1の看護が必要であった。

 X1については、X2の看護をする必要があったといえ、この点において、X1をベトナムへ送還することには著しい支障があった。かかる事情は、在特許可の許否において、重要な積極要素として考慮されるべきである。

 裁決行政庁は、X1によるX2看護の必要性という人道上極めて重視すべき事情に関して、評価を誤った。

 以上から、本件裁決1は、重要な事実について、看過できない事実の誤認又は評価の誤りが存在し、X1によるX2の看護の必要性を正当に評価すれば、X1の在留状況の悪質性を考慮しても、X1に在留特別許可を与えるべきとの判断に至った可能性が高く、本件裁決1は、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであって違法である。


4. 各退令処分の適法性
以上のとおり,本件各裁決がいずれも違法である以上,これらを前提としてされた本件各退令処分もいずれも違法である。

第5 判決全文

第6 その他

ガイドラインについて。原告は、合理的理由なく法務大臣が通達に従わない場合には、原則として裁量の逸脱・濫用が認められると主張(ガイドラインが裁量基準であるため)。被告側は在留特別許可は恩恵的基準であって、固定的な基準は存在せず、ガイドラインは考慮事項を例示したものに過ぎないと反論。


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