王の歩む道【トップガン マーヴェリック感想】

いつから自分は王道という言葉を冷笑あるいは嘆息とともに使うような人間になってしまったのだろう。
いつから自分は王道とは陳腐で寒いものだと考えるようになってしまっていたのだろう。
いつから自分はお約束を並べた真似事だらけの作品を王道の作品と見做して勝手に落胆していたのだろう。

昨日までの自分にそれは違うと云いたい。
王の足跡は、それそのものが続くものにとっての道となるのだ。

トム・クルーズ演じるミッチェル大佐、マーヴェリックは長い年月を経て伝説としてパイロット育成校、トップガンに帰ってくる。生徒たちのあのちょっと斜に構えた反応に私は公開前の世間の反応を連想せざるを得なかった。
”トップガン? あぁ、あのトム・クルーズの出世作ね。今観ると結構冗長に感じるとこもあるよね”
”今どきの空戦ではF-14(トムキャット)の出番はないでしょう”
”懐かしいなぁ。でもまた名作のリブートかぁ”

トップガンの一作目が公開されたあの頃と今では全てが変わっている。
鑑賞者である私たちは歳を重ねたし、映画という娯楽だって配信サービスに侵食され劇場という特権的地位を独占出来なくなった。最近のマーベル・DCの映画を観ているとヒーロー像というものも複雑化している。銀幕のヒーローはもはや深い深い苦悩なしには戦えない。ご都合主義は駆逐され、トム・クルーズが銀幕デビューした頃の直球のヒーロー像は古いし陳腐になってしまったのではないか。
劇中では有人飛行機のパイロットという存在自体も同様に前時代的なものだと冒頭に提示される。トム・クルーズ演じるミッチェル大佐はそれに対して絶滅するかもしれないが今日ではないと言い切ってみせるがそれは延命措置に過ぎないのではないかとこの時点では私は感じていた。

教壇に立ったミッチェル大佐から候補生たちに提示されたのは、時代遅れの機体で曲芸染みた飛行を成功させ2回の奇蹟を起こしたうえで全員生還しろというご都合主義のオンパレードのような命令。生徒たちは必死に取り組むがミッチェル大佐ですら同時にこれらのことをこなしたことがないということを言い訳にどこか諦めている。

ミッチェル大佐に投げかけられた有人戦闘機自体が時代遅れというのはトップガンを優れた成績で卒業した生徒たちですら分かっていたはずだ。自分たちはいずれ滅びゆく存在。もはや空の主役は自分たちではない、と。あなたは恵まれた時代に運良く居合わせただけだろう。それが今さら過去の栄光を引っ提げて御高説ねぇ。過去の自分の成功体験を持ち出して不可能じゃないと言われても。このシーンの候補生たちと自分の作品に対する鑑賞の態度をどうしても私は重ね合わせてしまった。

そしてこの後、ある出来事を経てマーヴェリックは教官を外される。マーヴェリックの教官の任を引き継いだサイクロンは大幅にミッションの数値目標を引き下げる。それは一見候補生たちの練度を鑑みて、現実的な目標を再設定したように見える。しかし、それは同時に離脱時の敵第五世代機との邂逅−実質的な死−を意味するものだった。
不可能を拒んだが故に候補生たちに突きつけられる現実。これは頼みごとではなく命令。サイクロンはエースパイロットであれば旧式の戦闘機でも第五世代ともやりあえる、と述べる。
現実とはそういうものだ。信じている、と思考停止の言葉を投げかけて奇蹟という神頼みに縋る。犠牲なしには目標は達成出来ない。主だった登場人物の死は”現代風”の映画には付き物だ。

しかし。

奇蹟とは待つものでなく、起こすものだと我々は納得させられる。

ご都合主義とは、それを叶えることを諦めた者の言葉だ。それを叶えるため、挑戦し続けてきたものにとっては、ただの結果。積み上げてきた事実なのだ。

あの2分15秒。

”一匹狼”のコールサインを持つ男が演習空域に飛び込む。

あの瞬間、世界は奇蹟を起こす男と奇蹟を見守るそれ以外に分かたれる。

ミッチェル大佐=トム・クルーズとそれ以外だ。

観客も、劇中の演者たちもただただ男の伝説が更新されて行く様を見守ることしか出来なくなる。

みんないつのまにか拳を握っている。

少しずつ自分の口角が上がるのを感じている。

色々と考えていた頭が雲ひとつなく晴れ渡った空のようにクリアになっていく。

その快晴の空を飛ぶことを許されるのはただ一機。コールサインはマーヴェリック。

考えるな、感じろ。

あの2分15秒。

あれこそがトム・クルーズの生き様だ。

実のところ冒頭のDanger zoneが流れた瞬間からにやけが止まらなかったのだけれど、あまりにも自分の中のひねくれ者が気持ち良くノックアウトされたのが清々しくってこんな感想を書いてしまった。浜辺のトップガン式フットボールとかアイスマンとのあのやりとりだとか、他にも好きな箇所を挙げ始めたらキリがないけど久々に一体感を感じられるシーンに出会えたのが嬉しくて当分この作品のことは忘れられないだろうなと思う。

やっぱりトム・クルーズって最高にかっこいいなぁ!

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