ほむら

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千字百夜の三題噺 第十一夜

ストレート•年相応•1月  ストレートがロジンを纏って彼の手を離れた次の瞬間、高い音ともにキャッチャーミットに収まり、僕の夏は終わった。  彼のチームはそのまま県大会を勝ち進み、遂に甲子園に出場した。  僕はその日、クーラーの効いた部屋で彼の高校の第1戦を観ていた。  特に感慨というものもなく、ソファに丸まってただ眺めていた。  対峙した時の彼はピッチャーにして4番のエース。同い年の高校2年生なのに、怪物のように感じた。だがテレビの画面越しに観る彼は年相応のニキビ面にしか見

    • 千字百夜の三題噺 第十夜

      ビーフジャーキー•嘘八百•亀裂  中天に差し掛かった太陽から降り注ぐ陽射しでビーフジャーキーみたいにひからびた俺は冷たい飲み物を求めてコンビニに入った。 「らさーせー」  気の抜けたコンビニ店員の挨拶とガンガンに効いたクーラーの冷気に迎えられる。レジの店員の前を通るのはなんとなく憚られいつものように左に曲がり雑誌コーナーを傍目に冷蔵庫の並ぶコーナーに向かう。  店員が傍で品出しをしていたが幸い、お目当てのスポーツドリンクの棚の前は空いていた。冷蔵庫の扉を開けて飲み物を取ろう

      • 千字百夜の三題噺 第九夜

        需要と供給•腫れ•憲法 「結局これも需要と供給というやつだよ」  庭を流れる小さな川の水音だけが響く料亭にて司法省の官吏である私はただ黙って彼の語る言葉に耳を傾けていた。 「これが草稿として形を成すまでには、様々な人を説得する必要があったし国の思惑をいなす必要もあった。我々がこの焼け野原から再び立ち上がるには、まずはしっかりした足腰が必要だからね。国民が求めた新しい国のかたち。それの青写真がこれなのだよ。これは私の人生の中で最も有意義な仕事だったと自負できる」  法律を司る

        • 千字百夜の三題噺 第八夜

          梨•砂時計•オレンジ  静物画を描こう。鉛筆を持って約50秒。机の上に並べた洋梨と砂時計とオレンジを目に焼き付ける。朽ちゆく物と流れ落ちる物。ヴァニタス。眠気がピークを迎える昼食後の30分。鉛筆を目の前の画用紙に擦り付けていく。美術室には誰も来ない。きっとみんなクラスメイトと食事中。  後輩が2人入部した。今まで私ひとりと顧問の先生しかいなかったこの部活に。  初めての後輩に舞い上がる私。若干引いている後輩たち。  人物画を描こう。鉛筆を持って役50秒。椅子を並べて座った後

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        千字百夜の三題噺 第十一夜

          千字百夜の三題噺 第七夜

          発音記号•夕方•今更感  中国語の発音記号、拼音[ピンイン]の歴史は古い。  1958年というのだから、私も、私のお母さんもまだ産まれておらず、 私のお婆ちゃんが青春を謳歌していた頃だろうか。とにかくずっと昔だ。  一週間前に私が中国語教室に通い始めたと言った時、母は呆れた顔をしていた。 「なんでまた急に?」 「色々考えたんだけど、やっぱり最後は自分の好きなひとに思いを伝えたいなって」 「えっあんた彼氏なんていたの!?」 「ううん、ブルース•リー」 「あっそう。残念だわぁ、

          千字百夜の三題噺 第七夜

          千字百夜の三題噺 第六夜

          東京タワー•ブランド品•もみあげ  逆さになって宙に浮いた東京タワーは私と彼女を乗せゆっくりと回転してた。  60年以上ものあいだ、その電波塔としての役割を終えてなお東京という街を睥睨する赤い巨大建築。それが逆さになって夜の闇の中、宙に浮く姿はさながら深海へと潜航するマッコウクジラのようだった。  紅く塗られた鉄の骨組みの間を駆けながら次の手を探す。私の手にはレイピアが握られている。追い縋る彼女の手にはハルバード。リーチの差というのはシンプルだが、それゆえに覆し難い。  こ

          千字百夜の三題噺 第六夜

          千字百夜の三題噺 第五夜

          視力検査•始業式•交通事故  目の良さだけが取り柄だった私は高校2年の春、遂に視力検査のランドルト環に敗北した。  始業式が終わって数日後に執り行われた健康診断で、私は遂に1.0の世界から転げ落ちたのだった。 「たしかに最近先生の解像度が低くなったと思ったんだよー」 「小皺が隠れていいかもね」 「うわー、ひど! もしかして数学の成績が落ちてきてるのもこのせいだったか?」 「それは焦点が違うでしょ」  木原と家までの帰り道、言葉を交わす。 「そうだ! 神崎は眼鏡掛けないの?

          千字百夜の三題噺 第五夜

          千字百夜の三題噺 第四夜

          電池•戦闘服•ガードレール  <バックパックの蓄電池:残り10% カートリッジの換装を推奨〉 「出来たらとっくにやってるよ」  戦闘服の戦術支援AIに愚痴りながら、敵兵の放った弾丸を横っ跳びに避ける。  そのまま裏路地に滑り込んでビルを障壁にひと息吐こうとするも敵のセントリーガンはコンクリートを削り崩す勢いで銃弾を撃ち込んでくる。  流石に拠点に繋がる大通りなだけあって防衛のための装備も潤沢だった。  一分隊で突っ込むのはやはり無理があったとしか言えない。ここ1時間ほど我ら

          千字百夜の三題噺 第四夜

          千字百夜の三題噺 第三夜

          マスタード•異常気象•ソロ  手もとの文庫本に目を落としていると、不意に視界の隅に鮮やかなマスタードイエローが飛び込んできた。 「やっ。待ったかい?」  視線を上げると神崎が立っていた。ソール厚めの黒いハイカットスニーカーに辛子色のロングスカート、黒のMA1。秋の昼下がりにぴったりだと思った。 「30ページくらい読んだ」 「むっ。そこは”全然待ってないよ“でしょ?」 「嘘は嫌いなの。行こっか」  文庫本を閉じて鞄に仕舞うと私は先に歩き出した。 「あっちょっと田中! 待ってよ

          千字百夜の三題噺 第三夜

          千字百夜の三題噺 第二夜

          歌詞カード•近所迷惑•憂鬱 My Chemical Romance のアルバムの歌詞カードは中学生の彼の宝物だった。 古びた英字新聞みたいな段組に所狭しと並んだ歌詞は、見るたびに彼を何処でもないゴシック建築の並ぶ街並みへと連れて行った。 周囲のもの全てが薄っすらと嫌いだった彼は自分自身と一切交わらない遠い異国の空気を纏ったそのアルバムを愛していた。 社会に出て数年、金曜の夜にくたくたになって帰ってきた彼が突然そんなことを思い出したのは隣室からWelcome To The B

          千字百夜の三題噺 第二夜

          千字百夜の三題噺 第一夜

          最高峰•ビッグバンド•地下水路 マディソン•スクエア•ビッグバンドの名ドラマー、ニコル•グッドマンが8番街の路地裏で死体となって発見されたのは11月の或る冷えた朝のことだった。 胸部に拳銃で3発。誰がやったかは定かではないが2度とドラムスティックを握れないことは誰の目にも明らかであった。Who done it?それはNYPDの考えること。プロモーターであるテゼレット•ブレイクの目下の関心事は3日後に控えた公演の穴を如何にして埋めるかであった。 保険屋嫌いでこだわりに強いのテ

          千字百夜の三題噺 第一夜

          箱・塀・部屋【2022年上半期の読書振り返り】

          今年も半分が終わったので上半期に読んで面白かった本を3冊挙げてみたいと思う。 コンテナ物語 マルク・レビンソン 一月。コロナ禍に端を発する混乱でコンテナの価格は高騰しコンテナ船の沖待ちが発生するなど海上輸送を取り囲む状況は悪化の一途を辿っていた。仕事柄その様子を日々注視せざるを得なかったが、そんな時に書店で目についたのがこの本だった。 片田舎のトラック野郎のひとりに過ぎなかったマルコム・マクレーンという男が輸送に投じたコンテナによる規格化、大量輸送という一石が徐々に大き

          箱・塀・部屋【2022年上半期の読書振り返り】

          王の歩む道【トップガン マーヴェリック感想】

          いつから自分は王道という言葉を冷笑あるいは嘆息とともに使うような人間になってしまったのだろう。 いつから自分は王道とは陳腐で寒いものだと考えるようになってしまっていたのだろう。 いつから自分はお約束を並べた真似事だらけの作品を王道の作品と見做して勝手に落胆していたのだろう。 昨日までの自分にそれは違うと云いたい。 王の足跡は、それそのものが続くものにとっての道となるのだ。 トム・クルーズ演じるミッチェル大佐、マーヴェリックは長い年月を経て伝説としてパイロット育成校、トップ

          王の歩む道【トップガン マーヴェリック感想】