千字百夜の三題噺 第十一夜

ストレート•年相応•1月

 ストレートがロジンを纏って彼の手を離れた次の瞬間、高い音ともにキャッチャーミットに収まり、僕の夏は終わった。
 彼のチームはそのまま県大会を勝ち進み、遂に甲子園に出場した。
 僕はその日、クーラーの効いた部屋で彼の高校の第1戦を観ていた。
 特に感慨というものもなく、ソファに丸まってただ眺めていた。
 対峙した時の彼はピッチャーにして4番のエース。同い年の高校2年生なのに、怪物のように感じた。だがテレビの画面越しに観る彼は年相応のニキビ面にしか見えなかった。
 テレビ越しでも伝わってくる球場の熱気。彼の額にも汗が浮かび、投げる球も精彩を欠いているように見えた。
 3回裏、相手の攻撃。彼の投げたスライダーが甘く入り、相手のバッターに捉えられた。打ち上げられた球はぐんぐんと伸び、ホームランになった。
 そこからは完全に相手チームに流れを持っていかれ、延長に入るまでもなく3ー7で負けてしまった。僕はぼんやりと試合の振り返りと相手の主将のインタビュー、そして泣きながらマウンドを去る彼の背中を観ていた。
 そして、その試合から2週間ほど経ったある日のこと。彼は野球とは全く関係のないところで交通事故に巻き込まれ亡くなってしまった。このことはある高校球児の死として全国ニュースにもなった。短い夏休みが明け、顧問の先生から彼のお葬式が親族とごく僅かな友人たちのみで行われたと聞いた。黙祷を捧げた後、その日の練習はいつも通り始まった。

 1月。僕はマウンドに立っていた。春の選抜に向けた練習試合。冷えたグラウンドにはチームメイトが散らばり、相手チームの選手は2塁、3塁まで出塁していた。
 9回裏。リードは1点。ここを抑えるかどうかが勝敗の鍵を握っている。
 相方はフォークでとサインを送ってくる。僕はそれに素直に従おうとしたがふと彼のことが脳裏に浮かんだ。
 僕の夏を終わらせたあいつ。
 全国の舞台で嘘のようにあっさり負けて泣いていたあいつ。
 その後の交通事故でリベンジの機会も与えてくれないまま旅立ったあいつ。
 あいつなら、こんな時には、きっと。
 僕は、サインに首を幾度か振るとストレートでようやく頷いた。
 速球勝負。僕はあの日のあいつを超えてみせる。
 足を踏み出し、大きく体を捻り、全力で指先から球を解き放つ。

 ミットが高く鳴った時、僕はあの夏の日をようやく抜け出せた気がした。
 頬を何かがつたった気がするが、ミットで拭うと後には何も残らなかった。
 
 

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