千字百夜の三題噺 第十夜
ビーフジャーキー•嘘八百•亀裂
中天に差し掛かった太陽から降り注ぐ陽射しでビーフジャーキーみたいにひからびた俺は冷たい飲み物を求めてコンビニに入った。
「らさーせー」
気の抜けたコンビニ店員の挨拶とガンガンに効いたクーラーの冷気に迎えられる。レジの店員の前を通るのはなんとなく憚られいつものように左に曲がり雑誌コーナーを傍目に冷蔵庫の並ぶコーナーに向かう。
店員が傍で品出しをしていたが幸い、お目当てのスポーツドリンクの棚の前は空いていた。冷蔵庫の扉を開けて飲み物を取ろうとした時、隣から声を掛けられた。
「あっお客さん」
「えっ? はい、なんかまずかったですか?」
「いえいえ。涼しくなる飲み物買われるんですよね? でしたら今日入ったばっかのそれ、おすすめですよ」
店員が指差す先を見るとシンプルな白いラッピングをされたスポーツドリンクみたいな色合いの500mlのペットボトルが並んでいた。ラベルには青字でこう書かれていた。
「嘘八百エリアス…?」
「はあい、新発売です」
レジで会計を済ませ、灼熱の炎天下の中に戻ってくる。あのあと口車に乗せられるまま買ってしまったが、味はどうなのだろうか。
蓋を開け、恐る恐る口に付けると幸いにも無難な味がした。喉の渇きを潤すため、そのまま3分の1くらいの量をひと息に飲みほす。
うまい。やはり真夏に飲むスポーツドリンクは格別だ。
空を見上げると入道雲が空高くまで伸び、夏の濃い青空に聳えていた。梅雨明けを迎えたばかりの空は、まだしばらく雨を降らしてくれそうになかった。
「ここから先もしばらく雨降らねーらしいからなー。勘弁して欲しいよ」
あまりの暑さに思わず独り言をこぼしてしまう。
その時だった。
突然、遠くで雷鳴が聞こえたかと思うと夕立が降り始めた。
「おわ! 傘持ってねーよ!」
慌ててコンビニの店内へ避難する。
突如降り始めた大粒の雨は乾いたアスファルトを叩き、あっという間に黒く染めていく。
「しばらく雨宿りするかぁ」
その時ふと違和感を感じて左手を見るといつのまにか傘を持っていた。
「えっ?」
店先の傘立てから勝手に持ってきてしまったのかと思ったが、よく見るとそれは家に置いてあるはずの自分の傘だった。
どういうことだ?
「何がどうなってるんだ? 夢じゃあるまいし」
まさか…。右手に持ったままのペットボトルを見る。
嘘八百エリアス。
待て。俺はさっき何と呟いた…?
“夢じゃあるまいし”
もし、さっきの言葉が嘘と認識され、それが本当になったとしたら?
今までの事象は全て紛れもない夢で起こっているということになる。
バキッという大きな音がしたかと思うと空に大きな亀裂が入っているのが見えた。
裂け目から覗くモノを認識した瞬間、俺は何か言葉にする前に意識を手放していた。
薄れゆく意識の中で、俺は目を覚ますことだけを祈っていた。
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