コロナ禍での舞台上演の変遷を振り返る
「新型コロナウイルス感染症の拡大状況を鑑み、全公演の中止を決定致しました。」
何度も何度も見てきたのに、毎回新鮮に心をえぐる一文。
私の大好きな舞台というエンターテイメントはある日突然、予想もつかない形で生活から失われてしまった。
【第1波到来前:2020年2月】客降りのハイタッチがなくなる!?
この時期、私はミュージカル『テニスの王子様』3rdシーズンの締めくくりとなる全国立海公演に12月から通い詰めており、最終公演地である2月の東京凱旋公演ももちろん観る予定であった。
「客降りのハイタッチがなくなるらしいよ」
えっ!?
TLに流れてきたツイートを二度見した。
舞台上で演じているキャストが客席通路に降りてきてファンサービスをする「客降り」。後方席でも近くまでキャストが来てくれたり、通路席ならハイタッチがもらえたりと、2.5次元作品では特にこれを楽しみにしているファンも多い。
ハイタッチがなくなることに関しては驚いたが、「そういえば最近妙な感染症が流行ってるんだったな」と納得した。
一昔前も新型インフルエンザで日本中大騒ぎになったけどまたか、そんな時期にテニミュの大事な公演が重なって運が悪かったなぁ、とぼんやりと考えていた。
今だから言えるが、3rdシーズン最後の本公演が2月16日で綺麗に終わることができたのはむしろ奇跡的なことだったのである。
【第1波:2020年3月、緊急事態宣言4月7日〜5月25日】暗転
3月は大学の春休みでアルバイトの毎日だったが、出勤してもバイト先の飲食店は閑古鳥が鳴いていた。
ニュース番組ではどのチャンネルも新型コロナウイルスを取り上げ、今日はどこで何人の感染者が、という話を毎日繰り返した。近所の薬局では開店時間前から長蛇の列ができ、マスク・紙類は品薄。スーパーからは乾麺やインスタント食品が消えた。
世の中は災害時のように混乱していたが、お気楽な思考回路の私は、4月に行く予定の舞台のことだけが頭にあった。
3月公演予定の舞台が軒並み中止になっていることは知っていた。そんな中でもキャストたちが「絶賛稽古中です!」「感染対策をして頑張っています!」と日々ツイートしていたので、「公演やるのかな?」と少し期待していた。
そして3月末。
「新型コロナウイルス感染症の拡大状況を鑑み、全公演の中止を決定致しました。」
あ。やらないんだ。
期待10%、諦め90%で公式のお知らせを待っていたため、ショックというよりはやっぱりそうだよな、という感情だった。
緊急事態宣言下で公演を強行するのは各方面から批判されることが目に見えている。何より本当に未知のウイルスだったため、キャストとスタッフの健康が第一だと思った。
チケットの払戻しによって、人生で一番喜べない10000円が手元に返ってきた。
4月上旬も、中止の文字を見ない日はなかった。
「全公演中止」「誠に残念ながら…」「東京・大阪公演中止」「重要なお知らせ」「開催を見送ることに」「中止」「中止」「中止」……………………
毎回毎回、たった10%の期待であっても、ちりも積もれば山となる、である。
行きたかった公演、会いたかったキャスト。ことごとく期待が打ち砕かれていくのは、行く先を照らす街灯が一つずつ割れて暗くなっていくような感覚だった。
そんな中でも特段楽しみにしていた、ミュージカル『テニスの王子様』Dream Live 2020。3rdシーズンキャストの卒業公演。渋谷の109に大きな広告が張り出され、豪華な日替わりゲストの発表にファンは盛り上がっていた。
2020.04.16
【重要】ミュージカル『テニスの王子様』コンサート Dream Live 2020全公演中止のお知らせ
4月11日は感染者数720人を記録し、第1波ピークの真っ只中。分かってはいたのに、いざその文字を見ると一瞬息が止まった。大好きな人たちの卒業を見送れないんだな。
その後は日々流れてくるイベントや公演の中止の文字を見ても特に何も思わなくなった。唯一残っていた光があっけなく消え去ってから、真っ暗な自粛期間が始まった。
【自粛期間:2021年6月〜7月】エンタメは不要不急なのか?
6月、大学3年生だった私は、就活の順調な滑り出しのために夏インターンに参加しようとエントリーシートを書いていた。
新型コロナウイルスによる自粛、景気停滞、不況、新卒採用人数カット、内定取り消し…
就活を控えた私にとって、感染拡大による経済状況の悪化は人生に大きく影響するものだった。不安をかき消すため、オンライン授業の合間にも毎日慣れないエントリーシートをとにかく書き、提出し、面接で話す自己PRを壁に向かってひたすら練習した。
先の楽しみがないのにやるべきことは当然のように押し寄せてくる。この無機質な日々は、コロナ禍で失われた娯楽を元々糧にしていた全ての人に共通していたと思う。
先の楽しみ。思えば、舞台を好きになってからこんなに長いこと劇場に行かないのは初めてのことだった。
1回目の緊急事態宣言で、エンターテイメント全般は原則中止か延期とされた。
「不要不急の外出は控えるように…」
エンタメは不要不急なのだろうか?
100歩譲って私が観劇に行くのは不要不急として、それで生計を立てている人にとってはどうだろうか。
キャスト、美術、音響、照明などのスタッフ、その他にも舞台を作ることでご飯を食べている人はたくさんいる。
舞台は基本的に1公演ごとに給料が発生するため、無給の稽古期間だけ参加して公演中止の場合、グッズなどの売り上げを除けば収入は0。チケットの売り上げを見込んで立てた制作予算も、直前で払い戻しになれば当然運営は赤字である。
不要でも不急でもない。生活がかかっている。
そしてそれを楽しむ側の私は、生活がかかってこそいないが舞台を生き甲斐とし生活をかけていた。拠り所を失って徐々にしおれていく自分は、支柱が抜かれた朝顔みたいだなと思った。
就活が思うように進まないという悪条件も重なり、7月に入る頃には明け方まで寝付けない日が増えた。何かをしていても頻繁に虚脱感に襲われた。このままでは鬱になるのではないかと怖くなったため、一旦就活を中断した。
エンタメは、人によっては人生の支柱なのである。舞台は私にとって、あらゆる物事を頑張るためのモチベーションの源泉だった。
【第2波:2020年8月〜9月】コロナ禍で舞台を上演するということ
感染者数が減少したのも束の間、8月7日の1605人をピークとする第2波が訪れた。
しかし幸いなことに、世の中のエンターテイメント全般の潮流は、闇雲に中止・延期ではなくどうやったら開催できるかを検討する方向に動き始めていた。
この時期に舞台を一つ作るとする。
稽古期間前のPCR検査。稽古期間中のソーシャルディスタンス。マスク着用の徹底。差し入れ・ケータリング中止。そもそも向かい合ってセリフを言い合うような演出は一から作り直さなければならない。
そして公演前のPCR検査。公演中のフェイスシールド着用。公演期間キャストとスタッフは移動制限のため自宅に帰らず、ホテルと劇場を往復し、誰とも会わずに一人で食事をとる。演技の話し合いも対面で長時間はできない。心身を削りやり切った千秋楽の後も打ち上げは無く、一人で帰路につく。2週間の潜伏期間を何事もなく過ごしてやっと「公演が無事に終わりました」と言える。
私たち観客が知り得る範囲でこれだけあるのだから、実際はもっとたくさんの苦労があるのだろう。
ここまで徹底しても陽性者が出ることはある。キャスト降板により中止になった作品をいくつも目にしたが、4月頃の中止とは訳が違い、「自分のせいで中止になる」という可能性が常につきまとう。
「いや〜、何度受けてもPCR検査の結果を見る時は緊張するね(笑)」
ある俳優が、冗談のようにツイートしたのを見た。面白おかしく言ってくれているが、その結果次第で現在稽古している作品の幕が上がるか中止かが決まるのだから、その言葉には笑い飛ばせない重みがあった。
そんな状況下で無事幕が上がり完走した作品の一つ。
MANKAI STAGE『A3!』~WINTER 2020.8~(2020年8月16日〜22日)
演劇を題材としたゲーム「A3!」が原作の舞台である。2020年4月から6月にかけて東京、兵庫、香川で予定されていた公演が延期となり、東京のみ5日間に規模を縮尺して上演した。県を跨ぐため現地は断念したが、全公演配信があった。
心底楽しそうに芝居し、カーテンコールで安堵の表情を浮かべるキャスト達を見て、ずっと涙が止まらなかった。演劇ができない中どんな思いでここまで過ごし、一人でも陽性になれば全てが崩れるという極限状態でどれだけ精神をすり減らしながら稽古期間を終えたんだろう。
千秋楽の最後の最後、アンコール曲の前ふりの言葉は、「全ての演劇、全てのエンターテイメントに祈りを込めて、俺たちMANKAIカンパニーからこの曲をお送りします」だった。
演劇を題材にした「A3!」という作品、その舞台化であるMANKAI STAGE『A3!』、そしてそこで舞台を愛し演劇で生きるキャストたち。作品を超えて紡がれたその言葉は、エンターテイメントが局地に立たされたこのコロナ禍の中で絶大な力を持ったエールだった。
そして、エンタメを届ける側ではないものの、それを愛し応援する側の人間として、この言葉に心底救われた自分に気がついた。
「中止の文字を見ても何も思わなくなった自分はもしかすると、観劇に対して言うほど思い入れはないのではないか?最悪舞台がなくなっても生きていける人間なのか?」そういった疑いや迷いはやっぱり自分は舞台が好きだ、という気持ちで上書きされた。
アンコール曲のタイトルである『The Show Must Go On!』だが、これは「何があってもショーは続けなければならない」という慣用句だ。もっと簡単に言えば、「どんなことが起きてもやめない」という覚悟のフレーズである。
コロナ禍。たとえ舞台が延期になっても、中止になっても、作り手の覚悟と努力によってエンターテイメントは続いていくのである。
【自粛期間:2020年10月〜12月】コロナ禍で舞台を観に行くということ
10月12日の感染者は278人にまで減少し、街にも人が増え、アルバイト先の客足も若干だが戻っていた。go to事業も始まり、世の中の自粛ムードは薄れつつあった。
私はというと、10月、11月、12月で計4回舞台を観に行くことが叶った。関係者の陽性判定により地方公演が中止になった作品もあったが、本当に運良く私の行く東京公演は上演された。
県を跨いで移動するので、自分が感染するリスク・自分が周りに移すリスクを少しでも減らすために、とにかくアルバイト以外で他人との接触を控えた。
コロナ前は大学の友人とよく遊んだが、この数ヶ月は会うとしても複数人は避けて二人、短時間で解散するという自分ルールのもと、健康第一で生活した。
以前だったら舞台の前後に買い物をしたりツイッターのフォロワーさんに挨拶をしたり、予定が合えばオフ会や連番をしたりしていたが、そういった行為も控え、舞台の開演直前に劇場に到着し、終演後は直帰した。
客から感染者が出れば運営にも迷惑がかかる。神経をすり減らしながら、こんな情勢でも感動を届けてくれる舞台関係者の覚悟と努力に対して、相応の姿勢で報いたいと思った。
半年ぶりに生で観た舞台は言い表せないような感動だった。ソーシャルディスタンスのために1席ずつ間隔が空いた座席で寂しくはあったが、好きなものに直接拍手を届けられる喜びは何にも変えがたいものである。
早く前のように、満席の劇場をキャスト・スタッフに見せたいと思った。収容率50%なので単純に拍手も以前の半分になるかと思ったが、私含め客席の全員が本気の喝采を届けたのか、劇場には100%、なんなら120%の割れるような拍手の音が響いた。
【第3波:緊急事態宣言2021年1月8日〜3月21日】イベント開催制限緩和
ここで第3波がくる。2021年1月8日には、感染者は7955人まで急増した。
2度目の緊急事態宣言が発令され、イベントについては「上限5000人かつ収容率50%以下で開催要請」とされた。2020年4月、1度目の宣言の「原則中止か延期」からやや緩和された。
私がチケットをとっていたミュージカル『新テニスの王子様』The First Stageだが、キャスト・スタッフの努力と強運により1公演も中止にならずに2月14日の大千秋楽を迎えることができた。
この時期の自分は3月1日の就活解禁を前にオンラインインターンシップや面接の練習などで忙殺されていたが、ツイッターで舞台の情報は欠かさず追っていた。
自分が行く予定のない作品でも、幕が上がったと聞けば心底嬉しかった。昨年の舞台の中止ラッシュで見るからに暗く沈んでいたツイッターの舞台アカウントのTLは「やっぱり生の舞台って良いな!」「ひさびさに見た推しやっぱり好きだ!」など楽しそうなツイートが飛び交っていた。
エンタメは少しずつだが、前のように戻りつつあるのかもしれないと明るい気持ちになった。
【第4波:緊急事態宣言2021年4月25日〜5月11日、5月12日〜6月20日】原則無観客要請で再び中止ラッシュに
明るい気持ちになったのも束の間。3月下旬から再び感染は拡大し、来たる第4波、5月8日には全国で7234人の感染者を記録した。
3度目の緊急事態宣言のイベント制限は、
「原則無観客」。
血の気が引いた。昨年テニミュのDream Live 2020が中止になった時と同じかそれ以上に心にズシンと来るものがあった。
舞台についていえば、どの運営も感染症対策を徹底してクラスターを発生させたなんてほとんど聞いたことがない。そもそも前を向いてマスクをし、黙って観劇してるだけである。これは同様に休業要請対象になってしまった映画館も一緒だ。
私が観劇した作品では劇場ロビーは私語厳禁で、葬式会場のように静まりかえっていた。会話する人がいればスタッフが飛んできて注意した。検温、アルコール消毒、足裏除菌マット、会場物販廃止、規制退場、やれることは全部やっていた。
現場のこうした取り組みを知ろうとしていないのか、娯楽だから切り捨てられたのか。どちらにせよ、1年経っても何も変わっていなかった。
たくさんの舞台がまた次々と無観客または中止になっていった。ゴールデンウィーク最終日、5月5日にチケットをとっていた舞台『文豪ストレイドッグス DEAD APPLE』の千秋楽も無観客になった。
就活を乗り越え久々の観劇だったので二重でショックだった。4月27日の公演は上演されると知り、どうしても観たかったため急遽一般発売でチケットを購入し観劇した。
お気づきの方もいると思うが、無観客要請が出されたのは2021年4月25日〜5月11日なのに、なぜ4月27日の公演はできたのか?という点である。
結論からいえば、この3度目の緊急事態宣言はあまりにも急だったからである。23日の夕方に「25日から発令。イベントは無観客。」と発表されたため、運営が開催可否を判断している間にも次の公演の開演時間はどんどん迫っている、そんな時間的猶予がない状況だった。
そして混乱したのは私たち客側も同様だった。
「25日って明後日!?やるの?やらないの?」「27日行く予定だったけど、中止だとしたら何日前かでホテルのキャンセル料変わるから早めに知りたい…」「どうしよう。飛行機キャンセルした方がいいのかな」
みんながみんな、パッと劇場に来られる距離に住んでるわけではない。好きな舞台、好きな役者のために、場合によってはチケットより高いお金を出して遠征するのである。
そんな中、舞台『文豪ストレイドッグス』の運営は、迅速かつ模範的な対応だった。
【公演に関するご案内】政府による「緊急事態宣言」発出に伴う内閣府からの事務連絡に基づき、4/25~27までは混乱回避および周知期間として、
引き続き万全な予防対策を講じたうえで開催させて頂きます。4/28以降は決まり次第、改めてお知らせ致します。(18:30 2021/4/24)
突然公演を中止することによる混乱を避けるため、緊急事態宣言下でも3日間は上演するとしたのである。これによって私は4月27日の公演を観ることができたというわけだ。
3度目の緊急事態宣言によって私たちは、手元にあるチケットの日付が一日違うだけで上演か中止か運命が決まる、完全運ゲームに突然参加させられる状況に陥った。27日のチケットはセーフ、28日のチケットはアウト。こんな酷なことがあるのか。
そして2021年5月12日、同じ緊急事態宣言下にも関わらず、イベントは「上限5000人」に緩和された。
大型連休が明けたため緩和したとのことだが、ゴールデンウィークに有観客で舞台を上演していたとして爆発的に感染者数は増えただろうか?
4月末からゴールデンウィークにかけての舞台は無観客または中止になり、ゴールデンウィーク明けの舞台は上限5000人で上演される。大型連休を境に形式的に定められたそのイベント制限の差は、誇張抜きに天国と地獄だった。
私が行けなかった千秋楽、無観客にした意味はあったのかな。舞台をはじめとするエンターテイメントとそれを楽しみにしていた私たちは、突発的で実益のないイベント制限の変更に振り回されただけだった。
「無観客でも、中止にならないだけ良かったね」
コロナ禍初期の私ならこう思うだろうが、有観客でも感染拡大が起きないことを1年かけて知ったからこそ、納得できないまま無観客になったことにただ悔しさが残った。
「お客様の笑顔はマスクをしてても顔半分で分かるし、拍手を聞くとつらかったことなんて吹き飛んで『ああ、やって良かったなぁ』って思うんですよね。楽しんでほしくて役者やってるし、反応が返ってこないのはやっぱりつらいものなので。」
私が観劇した舞台の出演者がこう言っていた。
無観客開催はチケットの払い戻しにより運営が赤字になるが、誰もいない客席に向かって芝居を届ける役者たちにも多かれ少なかれ影響がある。
空っぽの劇場を見せてしまって、拍手を届けられなくて、ごめんね。心の中で謝ることしかできない観客という立場の力の及ばなさを心底不甲斐なく思った。
【第5波:緊急事態宣言2021年7月12日〜9月30日】緊急感のない緊急事態宣言下
6月の情勢は落ち着いていたが、7月はオリンピックを境に感染が急拡大して第5波が来る。7月31日には全国で1万2342人、8月20日には全国で2万5871人と、過去最多を更新し続けた。
4回目の緊急事態宣言では、イベント制限は「上限5000人かつ収容率50%以下で開催要請」とされた。
「エンタメは不要不急なのか?」について最も活発に議論されていたのが、私も腑に落ちていなかったGW付近、3度目の緊急事態宣言中であった。しかし、4回目の宣言ではイベント制限の話題を大々的に取り上げる人も見なくなり、それだけエンターテイメントが日常の一部として復活してきていた。
7月というよりはもう既に、6月頃には街に自粛の様子はなく、アルバイト先の飲食店もコロナ禍以前のように忙しくなっていた。
公演中止の文字もあまり見かけなくなった。時折出演者の陽性が判明し降板した話を聞くくらいだった。月に2回ほどのペースで観劇のために東京に行ったが、上演か中止かを心配して余計な神経を使うこともなくなった。
国内でワクチン接種率が上がっていったこともあり、9月には緊急事態宣言下ということを忘れかけるほどいつも通りだった。4回目は特に抑止力のない名ばかりの宣言であった。
【おわりに:幕が上がるということ】
「初日おめでとうございます!」
「千秋楽おめでとうございます!」
コロナ禍前は当然のように飛び交っていたフレーズだが、久々に目にした時は言いようのない嬉しさがそこにあった。
以前の自分は、もちろん上演を祝う気持ちは十分あったものの、半分くらいは「なんとなくそういうものだから」という軽い気持ちでこれらの言葉を使っていたような気がする。
コロナ禍ではたくさんの公演が失われた。表に出ないまま企画の段階で消えたものも無数にあるのだろう。
初日の幕が上がること、千秋楽まで駆け抜けられることは当たり前ではない。
コロナ禍を抜きにしても、舞台が完成して初日を迎えられるのはたくさんの人の努力の上で成り立っていることである。
舞台が上演できることのありがたさ、生で観られることの貴重さ、自分は舞台が大好きだということを改めて胸に留めておきたいと思った。
エンタメ界という大枠で見ても、未曾有の大災害とも呼ぶべき世界的な感染症の流行は大打撃であったことには違いない。
しかし、舞台やライブを届ける側の人々が「コロナ禍でもできること」「コロナ禍だからこそできること」を生み出し、挑戦し、試行錯誤した数ヶ月は、今後のエンターテイメントの発展において、決して無駄ではない財産として今後も在り続けるだろう。今や当たり前のようになった舞台・ライブの配信もその一つである。
そして、エンタメに生かされている側の私たちにできることといえば、コロナ禍前も今も変わらない。エンタメを心から楽しみ応援することである。
至ってシンプルだが、それができることは当たり前ではないという事実を噛み締めながら、今日も私は劇場で拍手を届ける。