見出し画像

日本のウイスキーが抱える問題

2021年現在、日本国内におけるウイスキーの価格が次々に高騰し、飲食店を筆頭に業態を問わず仕入れが困難になっているという話をよく聞きます。
では、なぜ国産メーカーのウイスキー価格はこれほど高騰し、仕入れが困難になっているのでしょうか?
国産メーカーのウイスキーの価格が高騰する理由や、品薄状態によって仕入れが難しくなってしまった背景と、そこに付帯する日本のウイスキーが抱える現在の問題点を合わせて考えたいと思います。

現在の日本国内におけるウイスキー市場の中でも、特に価格の高騰が著しく仕入れが困難なものが国内メーカーの純国産カテゴリーである「ジャパニーズウイスキー」です。
2021年4月に日本洋酒酒造組合(東京都中央区)が決定した「ジャパニーズウイスキー」の厳格な定義付けにより、ジャパニーズウイスキーという言葉に更なる付加価値が付与されました。
その新たな基準の策定により、日本のウイスキーにおける純国産(原材料の産地は不問)を指し示す言葉「ジャパニーズウイスキー」の注目度は飛躍的に上昇しました。
そういった品質基準の透明化なども重なり、この先まだまだ日本産のウイスキー需要は伸びると考えられます。
しかし、現在のウイスキーブームに至るまで日本のウイスキー市場は数々の艱難辛苦を味わってきました。
ウイスキー人気が日本国内でこれだけ湧出した背景には近年のウイスキー市場の栄光と挫折からの学びがあったからこそだと感じます。

では、それが何であるのか?
近年の国内のウイスキー事情を追っていきましょう。

そもそも日本のウイスキー市場は日本の経済成長と共に伸長し、1980年代前半に第一次ピークを迎えます。
1981年当時の国産ウイスキーでは代表的銘柄であった、サントリー「オールド」の出荷本数は1億3000万本以上、ケース換算で約1000万ケースを売り上げていました。
その頃の日本の人口が1億人程度ですから、日本の成人男性1人あたりオールドを6本を消費していたと言われる程の圧倒的な売れ行きで、この記録は原酒不足に悩むほどの売れ行きを叩き出す現在においても、未だ破られていません。
しかし、1980年代中盤頃になると酎ハイが市民権を得て台頭してきたことや、洋酒でもワインやカクテルなど様々なタイプへ消費者の好みが拡散したことにより、その後の日本のウイスキー業界は長い低迷期に突入することになります。
2000年以降も国内のウイスキー需要に復活の兆しは見られず、何をやっても需要が伸びない供給過多の時代が長く続きました。
結果、数多くの国内メーカーは減産や規模縮小、場合によってはウイスキー製造事業からの撤退を余儀なくされました。

その暗黒期の暗闇に一転、ウイスキーの需要を満たす光明が射し込みます。
それは従前から存在していた「ハイボール」という飲み方でした。

ウイスキーをソーダで割った「ハイボール」というスタイルは、昭和のおじさん世代が飲むお酒の代名詞的存在でした。
そこに決定的な楔を打ち付けたのが、サントリーが長年取り組んできた「角瓶」をメインに据えたハイボール市場の開拓でした。
サントリーの徹底したマーケティング戦略が日本のウイスキー消費量を増加へと転じさせ、市場の数字全体を上昇させたのです。
そして、2008年頃から若い世代を中心に角瓶を使ったハイボール「角ハイ」による空前のハイボールブームが巻き起こり、ウイスキーを飲む世代が一気に拡大しました。
また、2014年9月から始まったNHKの連続テレビ小説「マッサン」の放映により、日本国内におけるウイスキーへの関心が更に高まり、国内市場の拡大にも繋がりました。
この「角ハイ」ブームからNHK「マッサン」放送の一連の流れによって、国内のウイスキー需要が急増したことにより、あっという間にサントリーやニッカといった国内のウイスキー製造大手メーカーの原酒が枯渇することとなりました。
その理由として、国内でウイスキーを求める需要に対し、供給が全く追いつかなかった背景があります。
熟成させたウイスキーを作るためには安価なウイスキーですら最低でも3年程度の歳月がかかるため、製造後即出荷できるビールなどと違い、増産を行ってもすぐに出荷することはできません。
2015年頃から始まった「ジャパニーズウイスキー」の価格高騰と品薄状態はこれら一連の流れを受けて始まったものです。

では、何故国内メーカーのウイスキー価格が高騰し、品薄状態が続いているのでしょうか?
それらの理由として、主に以下の3つが挙げられます。

先ず、前述した「角ハイ」ブームからNHK「マッサン」放送の一連の流れに乗った日本国内のウイスキーブームに起因する原酒不足による商品の品薄状態が挙げられます。
国産ウイスキーの低迷が長らく続いた1990年代から2000年代、その消費量はピーク時だった1980年代前半の約10分の1程度にまで落ち込んだことで、国内の各メーカーは需要が無い状況下でコンスタントに原酒を仕込めない状態に陥ってしまいました。
生産設備を維持する程度の稼働率で運用するのがギリギリの状況という中、長らく続いた生産量の低下もあり、2010年代にアジアを中心とした唐突で急激な需要の増加に国産ウイスキーメーカーは全く対応できませんでした。

次に考えられるのが、日本のメーカーが生産しているウイスキーが権威ある国際的な酒類品評会やコンテストで近年高評価を得ていることが挙げられます。
ジャパニーズウイスキーに対する注目度が高まった結果、国内で製造されたウイスキーの消費が国内市場という小さい需要ではなく、遥かに大きい海外市場へ数多く流れたことにより、消費量が生産量を大きく上回ることで需要と供給のバランスが大きく崩れたことも価格高騰の大きな要因でした。

全てを紹介すると数多くのボトルや会社の概要説明が必要になるので代表的な一例を紹介させていただくと、国際品評会「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ2015」で『サントリー響21年』が最高賞を受賞。
同時にニッカは最も優秀なメーカー1社のみに贈られる「ディスティラー・オブ・ザ・イヤー」を受賞したことで、日本のウイスキーに対する国際的評価は飛躍的に高まりました。

日本のウイスキーが国際的に権威のあるコンテストで受賞する機会が増えたことで海外市場での評判が上がり、繊細な味覚を持つ日本人らしい味わいが世界的に評価された結果、輸出量が急増しましたが、海外の広大な市場を満たすにはあまりにも供給量が不足していました。
供給量が不足しつつある中、国内においても数々の受賞により海外での評価が高まったという話題を巧みに利用し「日本のウイスキーは海外で認められた」というマーケティングをウイスキー業界全体で取り組んだ結果、年々評価は上がり認知も広がっていきました。
国内メーカー各社の販促活動が実を結び、ウイスキー消費量が日本国内で拡大した同時期に、海外での人気が高まり全方位的に需要が増加した結果、需要と供給のバランスは砂上の楼閣の如く崩壊することになります。

そして価格高騰の理由として最後に考えられるのは、訪日外国人観光客の増加が国産ウイスキーの人気に拍車を掛けたと推測できます。
日本を訪れた外国人観光客が、お土産品としてお酒を選ぶ場合、日本酒以上に日本のウイスキーを購入して母国へ持ち帰る人が多いようです。
理由としては日本のみで限定的に飲まれている「日本酒」よりも世界各国で飲まれている「ウイスキー」の方が海外では馴染みがあり、知名度に付与された安心感もあるからだと言われています。
内閣府知的財産戦略推進事務局によると、インバウンド需要最盛期の2017年におけるウイスキー輸出額が約136億円で酒類に占める輸出金額の24.2%にも及びます。
2008年のウイスキー輸出額が約14億円程度だったことを踏まえると、たった10年で10倍近く輸出金額が増加したことになります。

これら前述した3点の理由が国内メーカーのウイスキー在庫を枯渇させてしまい、その結果として品薄が常態化したことで価格高騰になってしまった大きな理由ですが、それら3点の理由全てに共通する要因が「原酒不足」です。

この「原酒不足」こそが現在の国産ウイスキー市場全体が抱える問題の共通項なのですが、この「原酒不足」という躓きはより大きな問題を数多く呼び込むことになります。

日本のウイスキー市場がここまで成熟するまでに約100年。
これまで「本物」を作ってきた大手メーカーは「原酒不足」による品薄状況に対して完全に及び腰となり、極端な出荷規制や明らかなクオリティダウンのラインナップ刷新を断行し、更に昨今の人気に乗じて定価の倍以上の価格で流通させることを黙認するほどになってしまいました。
そういった「ぼったくり」販売は罪悪感を希薄化する「プレミアム価格」と字面を変え、自由な値付けが行われる混沌の時代になりました。
その結果、ネットオークションやフリマアプリに代表される酒販免許を持たない転売屋の跋扈やお酒買取業者への持ち込み等が常態化し、加熱した国産ウイスキーブームの裏側では、既に多層化した危機的な状況が蔓延しています。

「原酒不足」に起因する国産ウイスキー市場が抱える問題点はそれだけではありません。
国内メーカー大手各社が販促活動を地道に取り組み、少しづつ評価を上げて認知を拡大した国産ウイスキー人気に平然とタダ乗りする素行不良の中小メーカーや低レベルな流通業者たちの存在が顕在化してきています。
そして、その代表的な悪例として「国産風ウイスキー」(フェイクジャパニーズウイスキー)の存在が挙げられます。
それは2021年4月に行われた日本洋酒酒造組合による「ジャパニーズウイスキーの定義」決定より前に利益優先主義の中小メーカーによって「ジャパニーズウイスキー(MADE IN JAPAN)」と称して製造され、目先のカネしか追えない貿易商たちの手によって世界中にばらまかれた数多くの謎ボトルを指します。
それらの中身は往々にして日本で蒸溜されていない出所不明の海外原酒が過半を占めていたりします。
そこに至るビジネスライクな考え方を要約すれば次のようになります。

日本国内のウイスキーが「原酒不足」ならば、海外からウイスキー原酒を買ってきて日本で瓶詰めすれば簡単じゃないか!

極端な粗悪ボトルになると中身は樽の風味を付けた単なる焼酎(蒸溜酒)だったり、自社蒸溜を全く行わず全量海外からの輸入原酒だけで構成して加水工程のみを日本国内で行い、日本の水で割り水したから「これはジャパニーズウイスキー(MADE IN JAPAN)だ!」と一切の迷いなく名乗る商品まであります。そういったメーカーは逆に自社の水質の良さやブレンド能力の高さをドヤ顔で喧伝し、まるで本物を扱っている様なアピールをする厚顔無恥さを平然と持ち合わせていたりします。
結果、海外のウイスキー市場では情報が錯綜してしまい、正確性に乏しい情報ソースだけが乱立し、本物も偽物も「ジャパニーズウイスキー(MADE IN JAPAN)」の文言だけで同列に扱われてしまうことになります。

「国産風ウイスキー」(フェイクジャパニーズウイスキー)という「毒」は既に日本国内市場にも及んでいます。
スーパーや百貨店、コンビニエンスストアにも「製造メーカーが国内」というだけで、原酒混和率が10%程度の粗悪なウイスキー風スピリッツや海外原酒全量使用のウイスキーが平然と「日本のウイスキー」という漠然としたジャンル分けをされた棚に溢れかえっています。
日本において素晴らしいものであったはずの「ウイスキー」の流通、それが今や最も恥ずべき分野になりつつあり、そこには“日本人”の”モノづくり”に対する誇りも矜持も皆無です。
このまま無為無策のまま時を浪費すれば、数年後には日本のウイスキーの品質に対する信頼は失墜し、ジャパニーズウイスキー離れが加速するでしょう。

所謂「本物」と言われる日本のウイスキー製造の醍醐味とは徹底的な品質管理だけでなく、日本の酒造りの伝統を踏襲し、常に試行錯誤を重ねていく日本の職人の不易流行の精神が息づいている点にあります。
その大切な根幹を無視し、愛好家の諫言を傾聴せず、ビジネスライクな粗悪品を乱発するメーカーに対して、品質基準の透明化を前面に押し出したより強く厳格な定義付けと基準の策定が急務だと感じます。

その混沌とした状況下に加えて昨今ブームになっている日本各地におけるクラフトウイスキーメーカーの設立ラッシュが混乱に拍車をかけます。
当然、ここにも問題は潜んでいます。
主に地方都市メインで日本酒の酒蔵や地ビール会社に焼酎メーカーを中心としたウイスキー蒸溜所への新規参入ブームは「ジャパニーズウイスキー」という本物志向で活路を見出すべく競争が始まっています。
地方都市を舞台にしたクラフトウイスキーメーカーの設立は特に熱量が高く、過疎化により若い働き手が減ることで地元の日本酒や焼酎の消費が落ち込むことから、地域完結型の商売を続けていても立ち行かなくなるのは明白ということで、どこも鼻息は荒く本気度が高いです。
そうなると観光資源や税収の増加など地域の包括的な活性化の一助になればと自治体も協力的です。
しかし、蓋を開けてみればそういった志を持った熱いメーカーがある一方で、実は外国人がオーナーでジャパニーズウイスキーの金看板が目当ての新興蒸溜所や、国産もどきのフェイクジャパニーズを乱発していたメーカーが隠れ蓑となる別会社を設立して蒸溜所を建設などという怪しい話もあることから、良いもの悪いものが乱立し、玉石混淆状態でとんでもなくややこしい舞台裏が存在しています。
外国人オーナーにしてみれば、日本国内の地方創生や過疎問題などどうでもいい話で、単に日本国内に蒸溜所を建てて「日本で製造されたウイスキー」というブランドを母国へ届けたいだけであり、国産風ウイスキーを乱発している会社にしてもポットスチルを導入して「自社蒸溜やってます!」という形式的な愛好家向けアピールポイントが欲しいだけで、より良いウイスキー造りをしっかり長い時間をかけて腰を据えて取り組もう!など、微塵も考えていない人たちが続々と参入を試みています。
そうなれば本物志向の会社と金儲けがメインの会社が「クラフトウイスキーメーカー」のくくりだけで、本物も偽物も十把一絡げに扱われてしまうことになります。

現在、国産ウイスキーが抱える問題点は相当多層的で複雑です
国産ウイスキーのブランド力維持も困難な状況が既に顕在化しつつあります。
「原酒不足」「価格の高騰」「品薄と出荷規制」「品質の低下」「国産風ウイスキーの存在」「新興蒸溜所の玉石混淆ぶり」

たった10年足らずでこれだけ数多くの課題が次々と浮き彫りになってしまうと日本国内のウイスキー愛好家の興味が今以上に盛り上がることは難しいと考えられます。
過日、過去10年の終売や休売、そして品薄の波とプレミアム価格や抱き合わせ販売の常態化、そこに加え無免許販売者によるネットでの転売の横行で、国内のウイスキー愛好家だけでなく海外の愛好家も大いに疲弊してしまっています。

実際、ジャパニーズウイスキーだけではなく、スコッチやアメリカン、カナディアン、アイリッシュ、台湾にインドなどウイスキーの選択肢は世界を見渡せば数多く存在します。
既に国内のウイスキー愛好家も海外の愛好家も日本以外の国のウイスキーへと軸足を移しつつあります。
ここからもう一度、日本人が育んできた日本のウイスキー史100年を見つめなおす時が来ているのかもしれません。
国産ウイスキーの灯を消さないためにも、数多くある課題の解消に向け、生産者・消費者一体となる必要があると考えます。