NIKKA「フロム・ザ・バレル」
強くて濃いウイスキーは旨味に溢れ味わい深く、 佐藤卓氏のボトルデザインは素敵だが注ぎにくい…けど、存在感が憎めないニッカ党御用達の銘柄。
そんな樽から原酒を塊で切り出したような『FROM THE BARREL(フロム・ザ・バレル)』は、ニッカニッカウヰスキーが製造し、アサヒビールが販売する1985年に発売された歴史あるブレンデッドウイスキーです。
なお、原酒の一部に海外産の原酒が使用されているため、日本洋酒酒造組合の定めるジャパニーズ・ウイスキーの表示基準に合致しないワールドブレンデッドウイスキー、またはジャパンメイドウイスキー扱いの商品となっています。
『フロム・ザ・バレル』の歴史は実に長いのですが、特に2000年代後半より海外での評価が高まり、今までに数多くの賞を受賞しています。
先ず、イギリスのウイスキー専門誌「ウイスキー・マガジン」が主催している「ワールド・ウイスキー・アワード(通称WWA)」と呼ばれる国際ウイスキーコンテストで「ベスト・ジャパニーズ・ブレンデッドウイスキー[ノンエイジ部門]」で2007年から2011年に渡って5年連続で受賞をしています。
その中でも2009年は、いわゆる17年ものや21年ものといった長熟エイジング商品を押さえ、サブカテゴリーの枠を超えた日本代表として「ベスト・ジャパニーズ・ブレンデッドウイスキー」に選出されました。
それと同様にイギリスの酒類専門誌「DRINKS INTERNATIONAL」が、毎年主催している世界的な酒類品評会「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(通称ISC)」にて2011年から2016年まで5年連続で金賞を受賞。
その中でも特に2015年は同ウイスキー部門の金賞の中から選ばれたカテゴリー最高賞となる“トロフィー”を受賞しています。
受賞に至るまで長い雌伏の時代を過ごしてきた「フロム・ザ・バレル」ですが、その一般的な知名度が低かった原因として販促や宣伝活動を長らく殆ど行っていなかったことが主な要因で、世界を舞台に様々な賞を受賞したことにより話題となったため、2010年代から一定の知名度と評判を獲得し、一躍人気のあるウィスキーとなりました。
では、ここからは「フロム・ザ・バレル」の成り立ちから掘り下げていきたいと思います。
「樽から出した、ありのままのウイスキーを飲む体験を味わってほしい」という想いを内包し、誕生したウイスキー「フロム・ザ・バレル」。
その最大の特徴は熟成を経たモルト原酒とグレーン原酒をブレンドした後、そこから更に再度樽詰め貯蔵を行い、再度熟成工程を行う造り方の「後熟」が施されている点が挙げられます。
この再貯蔵する後熟工程は"マリッジ(結婚)"と呼ばれ、個性の違うウイスキー原酒同士が、あたかも後熟樽の中で結婚したかの様な調和のとれたブレンド構成となり、原酒が深く繋がって馴染むことで、しっかりとした美味しさが生まれるそうです。
「フロム・ザ・バレル」で円熟味を帯びているニッカの後熟工程"マリッジ(結婚)"は1978年に発売した1級ウイスキー「黒角ニッカ」にて初採用され、続いて「フロム・ザ・バレル」の源流となった1983年発売の特級ウイスキー「マイルドニッカ」でも採用され、そこで一定の評価獲得と実用化への道が開かれ、「フロム・ザ・バレル」の味わいへと繋がっています。
1977年には現在の栃木県さくら市に蒸溜所の様な製造施設ではないブレンドやマリッジ工程と貯蔵のための工場が建設され、現在では中層貯蔵庫10棟と高層貯蔵庫3棟の合計18万樽もの貯蔵能力を有し、本格的な量産体制が整備拡張されています。
そして「フロム・ザ・バレル」における、もう一つの特徴が、アルコール度数を「51.4度」(商品表記上では51度)にする様、加水を極限まで抑えている点にあります。
再貯蔵された多くのウイスキーは、瓶詰め前に割り水によってアルコール度数を40~45%程度に加水調整されますが、この割り水の量をごく最小限に留めてアルコール度数を「51.4度」に設定することで、骨太な飲みごたえを実現しています。
この51.4度という何とも中途半端な数字ですが、イギリスにおける蒸溜酒のアルコール度数を表す際に使われる「ブリティッシュプルーフ」という単位において「90プルーフ」に相当することに由来します。
簡単に説明すると「ブリティッシュプルーフ」では「100プルーフは57.1度」「75プルーフで43度」「70プルーフで40度」となります。
つまり一般的なウイスキーの度数である43度、40度というのも、実はこのブリティッシュプルーフが基準となっているのです。
その中で「フロム・ザ・バレル」のアルコール度数「51.4度」は、ブリティッシュプルーフにおける「90プルーフ」に相当するので「100プルーフは57.1度」その0.9倍で「51.4度」となります。
実はこういった伝統的、慣習的な観点から「フロム・ザ・バレル」のアルコール度数「51.4度」は定められていたのです。
安易に「手間暇惜しまず、拘りがあるなぁ!?」と言いたいところですが、現在のウイスキー製造現場においてマリッジ(後熟)工程自体はブレンド全般を見ると割と通常の工程と言えますし、ハイプルーフ(低加水)仕様もウイスキー界全体を見渡せば、これもまた特別な仕様ではありません。
では、結局のところ「フロム・ザ・バレル」というボトルの何が凄いのかを補足するならば、この500mlで2640円(税込み)という価格帯のウイスキーにおいて、マリッジの行程までやって樽出しハイプルーフという全てが揃っている部分が特筆すべき点と言えるでしょう。
通常の低価格帯ブレンデッドウイスキーは、大型ステンレスタンクに大量投入して短期間寝かせた後で40%でボトリングという流れが一般的ですから、そういった細かい違いこそ「フロム・ザ・バレル」が、国内のみならず海外でも評価されている証左とも言えるでしょう。
加水を最小限に抑えたマリッジ製法ウイスキー「フロム・ザ・バレル」の魅力はそれだけではありません。
再貯蔵(マリッジ)工程で生まれた濃厚にして繊細な香りと味わいのハーモニーは勿論ですが、その誕生の歴史やボトルにまつわるエピソードもまた魅力に溢れています。
「フロム・ザ・バレル」のボトルデザインを担当したのは、当時20代の新進気鋭デザイナー佐藤 卓氏です。
彼は「フロム・ザ・バレル」発売の前年(1984年)に発売した「ピュアモルト」シリーズのボトルデザインも手掛けた方で、現在に至るまで”明治おいしい牛乳”や”ロッテキシリトールガム”に”カルピス”など、誰もが知っている著明な商品を数多くデザインされています。
「フロム・ザ・バレル」のボトルデザインのコンセプトは人間心理に則ったもので、少ない量で塊に見えるような小振りなデザインを目指した「ウイスキーの小さな塊」。
確かにボトル形状は独自性があり個性的です。
多くのウイスキーボトルは円柱形の丸型で容量が700mlが一般的ですが、それに反して「フロム・ザ・バレル」は500mlで少し小さく四角い形状が特徴的です。
佐藤 卓氏の著書「クジラは潮を吹いていた。」では、
『強くて濃いウイスキーが、どのようなボトルであるべきか。
私は「小さな塊」にしたいと思った。
濃いものは少ない量のほうが美味しそうである。
~(中略)~味の濃いものは少ない量。
つまり、小さな塊という隠喩に則ってこのような首の短い四角いボトルをデザインした。
四角いボトルは同量の円柱ボトルとくらべ、正面から見て小さくなる。』
(ニッカウヰスキーHPより)
佐藤卓氏はニッカ「ピュアモルト」の開発に続いて「フロム・ザ・バレル」の開発においてもボトルだけのデザインに収まらず、俯瞰的にウイスキーの全体像をデザインされました。
「ピュアモルト」の開発イメージ同様、ニッカ2代目マスターブレンダーに就任した竹鶴威氏の考える「ウイスキー本来の価値に光を当てるために敢えて飾り気を排除したシンプルなスタイル」を実現するべく、佐藤卓氏自身が「飾り気を排除したシンプルさ」を「どうすれば手に取りたくなるのか」について、中身や内容量とイメージコンセプトなど、あらゆる部分を「ピュアモルト」と同じテーマ性で、どの様な表現方法を用いて具現化出来るのかという難題の果てに辿り着いた答え、それが「ウイスキーの小さな塊」だったそうです。
佐藤卓氏のデザインコンセプトは「ピュアモルト」ボトルの開発と同様に「時代の移り変わりで核家族化が進む中、少人数でも飲み干せる500mlのボトル」で「価格はLPレコードと同価格帯の2500円程度」であること。
さらに「どこでも馴染む様にボトルのデザインは個性を抑える」ことで「空の容器がまた別の用途で使ってもらえる」というユーザーの導線まで設計したウイスキーであるという基本姿勢の維持。
「フロム・ザ・バレル」はそのピュアモルト路線の第二弾ということで更に発展型に昇華させる必要性がありました。
そこで先ず取り組んだのが「ピュアモルトの円柱型ボトル」と対をなす様な角ばったボトルデザインでした。
ウイスキーとしては一風変わった他に見かけない四角いボトル形状は、同容量の円柱型ウイスキーボトルと比較すると、正面から見て小さく見えるという佐藤卓氏が拘った形状だそうで、キャップもアルミの質感を強調するため印刷加工も一切施さず、薬品の瓶に使用されている様な無機質で薄いものを採用して飾り気を排除したシンプルなスタイルで勝負しています。
その四角いボトルのデザインイメージは「小さな塊」。
これには「フロム・ザ・バレルのアルコール度数の高さ(51.4度)」と「佐藤卓氏が持つ独特の感性」が大きく化学反応を起こした結果で、「濃いものは少ない量の方が美味しそうである」という考え方がボトルを形作っている要因となっています。
佐藤卓氏曰く(からすみや塩辛など)味の濃い珍味というものは小さな器に適量入るからこそ美味しそうに見えるし、そういうものを日常的に見ていると「濃いものは小さい容器が美味しそう」という意識が潜在的に日本人の脳にインプットされている、そういった理由からから着想を得ていた様です。
あくまでも「濃いものは小さく」そういったイメージモデルからデザインされているボトルの佇まいは佐藤卓氏ならではのデザインセンスと言えるでしょう。
そして「フロム・ザ・バレル」と言えば、そのボトルのネックの短さ故に「注ぎにくい」ことで有名でもありますが、注ぎ口をあれほどまでに短く注ぎづらい形状に仕立てた理由とはどういったものだったのでしょうか?
一般的なボトルとは明らかに異なる首の短い注ぎ口は、誰の目にも明らかなほどに注ぎにくい形状にデザインされていて「短い形状の次ぎ口には日本酒の徳利とお猪口の注ぎにくさから生まれる人と人との関わり合いをそこで表現している」のだそうです。
酒と人とのインタラクティブ性を強く意識した極端に短い次ぎ口と無骨な角ばったボトル形状、そこに日本料理における「味の濃いものは少ない量」である考え方を融合させて「小さな塊」を演出し、日本酒における徳利とお猪口の関係性に着目した「日本酒のスタイル」の想起。
それら多様なイメージの融合から生み出された形状は、日本的な精神をその造形に宿し、これぞ日本のウイスキーボトルといえる存在感溢れる作品が誕生しました。
結果、現在も基本的には数十年前と同じボトルデザインなのに、ボトルのどこを見ても古臭さを感じない洗練された不変的なデザインとなっています。
この「フロム・ザ・バレル」と、その源流「ピュアモルト」におけるデザイナー「佐藤卓」氏の特異性と役割の大きさは他のウイスキーには無い面白い側面だと感じます。
2015年9月の「ニッカショック」という大変革を乗り切ったことは、「フロム・ザ・バレル」という銘柄が、単に受賞歴やブランドイメージなどという形式的なものではなく、30年もの長きに渡って多くの人を惹きつけて内外から評価されたウイスキーだったからこそ、あの難局を乗り越えられたのだということでしょう。
甘くまろやかな味わいとしっかりとした飲みごたえは、今宵も晩酌ウイスキーとして世の飲み手の心を癒していることと思います。
名称:「フロム・ザ・バレル」
種類:ブレンデッドウイスキー
販売:アサヒビール株式会社
製造:ニッカウヰスキー株式会社
原料:モルト、グレーン
容量:500ml 51.4%
所見:あらゆる意味で存在感抜群のブレンデッドウイスキー